第22話 【真夕さんの本心】

自宅への帰り道、私は前席と後席の仕切りにある小窓を笹井さんに開けてもらったため、運転中の笹井さんと直接話をする事が出来る。


「行きも帰りも送って頂いてありがとうございます。」


どうぞお気遣いなく・・・こちらこそありがとうございます、真夕お嬢様とお友達になって頂いて」


「そんな、お友達になって頂いたのは私の方です。」


「お嬢様とこれほど親しくなられた方は、大汐様が初めてでございますよ。」


「あの・・・それなんですが、実は『大汐様』という呼び名に慣れなくて・・・別の呼び方にならないものでしょうか?」


「左様でございますか。では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」


「珊瑚でいいですよ。皆そう呼んでいます。」


「承知しました。私の方も実を申せば、珊瑚様に会わせて欲しいと、以前から真夕お嬢様にお願いしておりました。」


「え!私に?」


「そうです。私は珊瑚様に直接お会いし、是非ぜひともお礼を申し上げたかったのですよ。」


「笹井さんにお礼を言われるような事を何かしたのでしょうか?」


「それを説明するには昔話から始める事になりますが、よろしいですか?」


「ええ、もちろん構いません。」


「ありがとうございます・・・真夕お嬢様は橘家の令嬢れいじょうというお立場ゆえ、小さな頃から普通の少女として扱っては貰えませんでした。もっとはっきり申せば、お嬢様に打算ださんで近づく人間が数多くいたのです・・・学校でも、学校以外でも。」


「!」


かしこいお嬢様は、そのような人間を直ぐに見抜かれてしまいます。そのような事が重なって、お嬢様は次第しだいに他人を近付けないようになってしまわれました。だからイギリスは真夕お嬢様にとって、とても過ごしやすい環境だったのです。橘家の令嬢れいじょうではなく、一人の人間として伸び伸びと日々を送る事が出来ましたからね。」


「・・・・・・」


「それがご両親の方針で、真夕お嬢様の意思とは無関係に日本に呼び戻されてしまった。お嬢様としては牢獄ろうごくに連れ戻されるようなお気持だったに違いありません。それでもお嬢様は一言の文句も言わず、運命に従おうとされました。そんな最も苦しい時に、まるで彗星すいせいのようにお嬢様の目の前に現れたのがあなた様だったのです。珊瑚様と出会われてから、お嬢様はとても明るくなられた。本当にありがとうございます。あなた様は、真夕お嬢様を心の牢獄ろうごくから救い出して下さいました。」


「そんな・・・いくら何でも買いかぶりです。」


「いいえ、買いかぶりでも大袈裟おおげさでもありません。お嬢様はよこしまな下心を持つ人間を決して近づけようとはされません。ましてや、一緒の車に乗せるなどあり得ない事。それはお嬢様が如何いかにあなた様を信頼されているかの証拠かと存じます。」


「私は自然にやっているだけで、信頼されるような特別な事なんて何もしていません。」


「そこが良いのですよ。珊瑚様は今のまま自然にお嬢様とお付き合いして頂ければ良いのです。」


「それでいいんでしょうか?」


「ええ、決して御自身では口に出されないでしょうが、お嬢様はあなた様をとても信頼されているのです。」


私は以前に真夕さんが、自分は出戻りだと言った事を思い出した。


その時は特に意識せずに聞き流してしまったのだが、彼女の短い言葉には深い意味があったのだ。


『私は一体、真夕さんの何を見ていたのだろう・・・』


私が見ていたのは完璧なお嬢様としての表面的な真夕さんだけであり、その裏にある悲しみや孤独について全くおもいたらなかった。


笹井さんからは感謝されたものの、真夕さんの気持ちを何も理解していなかった事に気付いた私は、少なからずショックを受けていた。

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