第21話 【リビングルーム】

『え、どういう事!?』


後部座席のドアが開けられ、車外に降り立った私は思わず眼を疑った。


そこは庭先でも、玄関の車寄せでもなく、ましてや駐車場でもなかった。


そこはどう見てもだった。


『何で私リビングルームにいるの?』


まるで瞬間移動が行われたような感覚であり、私は現在の状況が理解出来ないでいた。


だがサプライズは終わらなかった。


真夕さんと私を降ろした車が無音で移動を始めたのだ。


下を良く見ると床の一部がゆっくりと動いており、まるで自動車工場で製造ラインにせられた車が流れていくかの様に、リビングルームの外へ去って行く。


車が完全にリビングルームの外まで運び出されると、リビングルームと外を仕切る扉が自動的に閉じられ、リビングルームにいる私たちの視界から車は完全に消え去った。


私は今、目の前で起きた信じがたい出来事の一部始終を、唖然あぜんとした思いで見届みとどけた。


ただし唖然あぜんとしているのは私だけであり、他の人は至って落ち着いたものだ。


「真夕お嬢様、お茶の用意が出来ています。」


車のドアを開けてくれた女性が、何事もなかったかのように真夕さんに報告する。


「ありがとう。ところでお母様は?」


「奥様は買い物にお出かけです。」


「そう・・・」


ホテルのロビーのように広々としたリビングルームは続き部屋になっており、私達は隣の部屋に移動した。


どうやら隣がメインで使うリビングルームの様だ。


私はソファーに座ってレモンティーを頂く事で、多少は落ち着いたものの、いまだに信じられない気分だった。


『車から降りたらリビングルームだなんて、こんな家が本当に存在するんだ・・・家族に話をしても、多分誰も信じてくれないよね。』


リビングルームには本物の暖炉だんろが備え付けられており、重厚さを演出している。


一方でソファーやテーブルは使い勝手を重視したモダンなデザインであり、部屋全体として重厚さと快適さを両立させていた。


「珊瑚、お茶を飲み終えたら私の部屋に来ない?」


「お邪魔していいの?」


「構わないわ。」


『一体どんな部屋なんだろう?』


真夕さんの部屋を訪ねるのは楽しみなのだが、驚愕きょうがくの体験をしたばかりの私は、そこでもまた驚かされるかもしれないという不安を同時に感じていた。


だが結局その日、私が真夕さんの部屋を訪れる事は無かった。


お茶を飲み終わった私達が真夕さんの部屋に向かおうとしたその時、私のスマートフォンから呼び出し音が鳴り始める。


電話の相手は私の母だった。


「珊瑚、パートの田中さんのお子さんが熱を出しちゃって、店に出れないって言うんだよ。急で悪いんだけどさ、今から戻れる?」


「分かった、戻るよ。」


電話を切った私は、真夕さんに予定変更を告げる。


「真夕さん、ごめんなさい。急用が出来て家に戻らなくちゃいけないんだ。」


「それは残念ね・・・では笹井に家まで送らせるわ。」


「え、いいよ。ここまで送って頂いたばかりなのに、笹井さんに悪いよ。」


「急用なのよね?」


「それはそうだけど・・・」


「では決まりね。笹井を呼んでくれる。」


かしこまりました。」


こうして私にとって初めて訪問した真夕さんの家は、非常に短い時間にもかかわらず、強烈きょうれつな印象を私に残した。


「またいらっしゃい。」


「ええ、かならず。」


真夕さんに見送られた私は、あわただしく帰途きとにつくのだった。

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