第20話 【帰宅】

車内は更に驚くべきものだった。


後部座席のスペースはリムジンカー並みに広大で、四人が十分座れるスペースに座席が二つしか置かれていないという、極めて贅沢なレイアウトになっている。


白い本革張りの座席は左右が完全に分離されており、私が手足を伸ばしても、まだ余裕がある。


さらに座席には180度の電動リクライニング機能が付いているため、乗員はスイッチ一つで完全に横になる事さえ可能なのだという。


航空会社のテレビCMで良く見かけるビジネスシートを豪華にしたものという表現がピッタリで、快適性をとことん追求したシートである。


恐らくこのシート一つだけで、軽く100万円を超える事は間違いない。


『一体いくらする車なんだろう・・・』


一般庶民の私には想像も付かない世界である。


そしてニューヨークで乗ったリムジンカーと同じように前席と後席は仕切られており、仕切りに設けられた小窓を閉じれば完全なプライベート空間が出現する。


「笹井さんと話をしたい時はどうするの?」


「マイクとスピーカーで会話が出来るのよ。」


「なるほど・・・」


さらに防音は完璧で、ドアが閉まると社外の音はもちろん、エンジン音すら全く聞こえなくなる。


本物の高級乗用車というのは、タクシーやコンパクトカーとは別次元の乗り物であった。


私は今乗っている車についても十分に驚いているのだが、それ以上にもっと根本的な疑問があった。


『これから何処どこへ行くんだろう?』


私は勇気を出して、本人にたずねる事にする。


「あの、私達の目的地って真夕さんの家かな?」


「これから帰宅するのだから、そうなるわね。」


「ですよねぇ・・・ハハ。」


真夕さんは元々無口な人だが、時々必要な説明まではぶく癖があるため、注意が必要だ。


高速道路を使ったため、真夕さんの自宅がある松濤しょうとうまでは、40分程で到着した。


後部座席からは進行方向が見えないため、車が自宅に入る時に様子を確認する事は出来ない。


家の敷地内に入ると同時に、後部座席の窓と後部ウィンドウのカーテンが自動的に閉じられ、外の様子が全く見えなくなる。


元々エンジン音が聞こえないため、外の様子が見えなくなると、車が動いているのか止まっているのかすら分からない。


程なくして、スピーカーから笹井さんの声が聞こえてきた。


「到着しました。」


こうして私は全く心の準備が無いまま、真夕さんの自宅に招待される事になった。

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