第19話 【執事】

話は真夕さんが我が家を訪問した1週間前にさかのぼる。


午後の授業が終わった私達は、教室に残っておしゃべりをしていた。


「そう言えば大学で真夕さんと初めて会った日に傘を持ってきてくれた男性が居たじゃない?」


「笹井の事?」


「笹井さんって言うんだ・・・あの人は何者なの?」


「笹井は橘家とうけの執事ね。」


「執事!?今の日本に執事って本当にいるんだ。凄い。」


「凄いかどうかは知らないけど、笹井は私が生まれる前から執事を務めているわ。」


「ベテランの執事さんなんだね」


「・・・・・・」


真夕さんは無言で何かを考えている。


「真夕さん?」


「・・・珊瑚、今日はもう授業は無いわよね?」


「うん、今日はもう終わり。」


「この後何か用事はある?」


「特に無いけど・・・」


「そう・・・行くわよ。」


そう言うと真夕さんは席を立ち、出口に向けてスタスタ歩き出した。


「待って、行くって何処どこへ?」


私はあわてて彼女を追いかける。


真夕さんが向かったのは、大学の裏門だった。


裏門は駅の反対側にあるため、ここを利用する学生はいない。


その代わりキャンパス内の駐車場が近いので、自家用車で通勤する教員や出入りの業者などが主な利用者である。


私たちが裏門を出てから少し歩いた先の駐車場に、一台の高級乗用車が止まっていた。


麗央れいおうキャンパスの周辺は、行き交う車の大半が高級乗用車という環境であるため、それ自体は決して珍しいものではない。


ところがその車は、私のような車に詳しくない人間から見ても、街中で良く見かける高級乗用車と明らかに違っていた。


シルバーの車体には傷一つなく、まるで展示中の新車のようにピカピカに磨かれていた。


車のボンネットには銀色のエンブレムがかがやいていたが、見た事の無いエンブレムだ。


私たちが車に近付くと運転席のドアが開き、姿を現したのはあの時の老紳士だ。


「お帰りなさいませ、真夕お嬢様。」


「今日は珊瑚も一緒よ。」


「お久しぶりです、大汐様。私は橘家の執事を務めております笹井と申します。」


「あっ、いや、どうもご丁寧ていねいに・・・」


『大汐様』などと呼ばれたのは生まれて初めてな私は、どぎまぎしながら返答した。


「先に乗って。」


真夕さんにうながされるまま、私は笹井さんが開けてくれた後部ドアから車に乗り込んだ。

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