閑話休題 【本物のラスク】

「何これ、全然別物じゃん。」


後日、母がスーパーで買ってきたシュガーラスクは、まりもが断言するように、真夕さんから頂いたものとは似ても似つかない代物しろものであった。


「おかしいねぇ、袋にはちゃんと『シュガーラスク』って書いてあるんだけど・・・」


母が買ってきたシュガーラスクは味は勿論もちろんだが、何より食感が全く異なっていた。


実際に食べてみた私も、まりもと同じ感想である。


「真夕さんのシュガーラスクを食べていなければ、こんなものかなって思ったかもしれないけど、あれを食べた後では、とても同じお菓子とは思えないよ。」


結局、母も私も一枚食べただけで手が止まってしまった。


そんな私たちの様子を見たまりもは、信じられない提案をする。


「誰も食べないんだったら、私が貰ってもいいよね?」


「まりも・・・アンタは食べられるものなら何でもいい訳!?」


私は心底呆れたように問いかけるが、まりもは全く意に介さない。


「だって捨てるのは勿体もったいないし、学校へ持っていって部活の仲間に分けするよ。」


「何だか食べ残しを分けするみたいで気が引けるわね・・・」


「そこは大丈夫、うちの部に味の分る奴なんていないし、お金の無い運動部女子は質より量なの。」


まりもは自信満々で断言する。


「まあ、お母さんが反対しないなら、別にいいけど・・・」


「ねぇお母さん、いいよね?」


「別に毒をあげようって訳じゃないし、いいんじゃない。」


「やった!絶対みんな大喜びで完食するよ。」


こうしてラスクの行き先が決まったところで、突然ひらめいた私は、母に確認する。


「そうだお母さん、真夕さんから頂いたラスクの空箱ってもう捨てちゃった?」


「ああ、あの箱? あんまり綺麗な箱だから何かに使えるんじゃないかって、まだ取ってあるよ。」


「すぐに持って来れる?」


「ちょっと待って」


母はそう言うと、奥に引っ込んだ。


しばらくして戻って来た母から箱を受け取った私は、表面に書いてあるドイツ語らしき単語をスマートフォンに打ち込むと検索をかける。


「出て来た・・・」


検索結果には、有名デパートの通販サイトがヒットした。


「あった!」


そのサイトに表示された商品は、正に真夕さんが持ってきたラスクそのものだった。


そして商品の価格を見た私は驚愕する。


「えっ!12,000円?」


「まさか、1,200円の間違いじゃないのかい?」


もう一度ゼロの数を数え直した私は、母に返答する。


「間違いないよ。」


『まさかそんな高価なお菓子だったなんて・・・』


私達は全員言葉を失ってしまった。


沈黙の中、まりもがポツリと感想を述べる。


「そりゃあ12,000円のラスクと298円のラスクが同じ味だったら、その方がおかしいよね・・・」


いつもはまりもの言葉に文句を付ける事が多い私も、今回ばかりは全面的に同意せざるを得ない。


『次に彼女まゆさんに会ったら、絶対に改めてお礼を言おう。』


私は固く心に誓うのだった。

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