第17話 【初めてのお菓子】

「ここが私の部屋だよ。」


私は真夕さんを二階の自室にまねき入れた。


一階と同じように二階も純和風であり、私の部屋は店の入口の反対側、つまり一番奥まった場所にある。


その先は小さな庭になっているため、私の部屋は長屋の奥にしては陽当ひあたりが良い。


部屋の広さは八畳あるので、真夕さんと一緒でも手狭には感じない。


「静かね。」


真夕さんは庭をながめながら、そうつぶやく。


「ここは一番奥だからね、車の音は聞こえないんだ。そう言えば長屋に来たのは初めて?」


「初めてよ。見た事が無いものが多くて楽しいわ。」


「気密性なんて皆無だから、夏は暑くて冬は寒いけどね」


家を見せる事で真夕さんが引くのではないかと恐れていた私は、彼女が喜んでくれた事に安心した。


それから15分ほどして、母が私の部屋をおとずれる。


珊瑚さんご、入るよ。」


部屋に入って来た母は、早速真夕さんに話しかける。


「真夕ちゃんが持ってきてくれたお菓子、私も一枚頂いたけど美味しいものだねぇ、あれは何て言うお菓子なんだい?」


「シュガーラスクです。」


「へぇー、あれがラスクなんだ。今度買ってみようかね。近くのスーパーに売っているといいけど。」


「ラスクは珍しいお菓子ではないので、大きなスーパーマーケットなら売っていると思います。」


「今度探してみるよ・・・そうそう真夕ちゃん、これは今日のアルバイト代ね。」


そう言うと母はお金の入った封筒を彼女に差し出すが、真夕さんは受け取ろうとしない。


「いえ、今日の事は私の方から勝手に言い出した事ですし、お金を受け取る訳には参りません。」


「ダメダメ、家族でもない人間をタダ働きさせる訳にはいかないね。」


「でも本当にそういうつもりでは無かったので・・・」


かたくなに断る彼女に対して、頑固がんこさでは決して引けを取らない母も引き下がらない。


「いいかい、真夕ちゃんは今日働いてくれたんだ。それに対価が支払われる。真っ当な取引じゃないか?だから変な遠慮なんかしないで、素直に貰えばいいんだよ。」


「・・・分かりました。ありがたく頂きます。」


「それでいいのさ。」


母はニッコリと微笑ほほえむと、すぐに話題を変える。


「ほい、これ食べな。お代わりもあるからね。」


母はゴトリと木皿を置くと部屋を出て行った。


木皿に山盛りになった「それ」を見た私は貧血ひんけつを起こしそうになる。


木皿には、真夕さんが持ってきたシュガーラスクも入っている。


これは特段問題ではない。


問題なのは、もう一種類のお菓子だ。


『ひぃぃ、これはハッピー〇ーンではないですか?何てものを出してくれるんですか、母上。いや、ハッピー〇ーン美味しいけど、私も好きだけど、せめてコージー〇ーナーのお菓子とかにして欲しかったよ。』


真夕さんが持参した高級ラスクとハッピー〇ーンが一つの皿に同居しているカオスな風景に、私は思わずのけ反りそうになる。


そんな私の困惑をよそに、真夕さんは木皿のお菓子に興味きょうみ津々しんしんの様子である。


私は恐る恐る彼女の意思を確認する。


「ええっと・・・食べる?ハッピー〇ーン」


「頂くわ」


いつもながらの即答だ。


ハッピー〇ーンを口にした彼女の表情を私はしながら見つめる。


「どうかな・・・?」


「不思議な味ね・・・でも美味しい。」


『セーフ!良かったー!』


真夕さんがお世辞を言う人でない事は分かっていたため、どうやら庶民しょみんの食べ物ハッピー〇ーンは彼女の口に合ったようだ。


私が胸をなでおろした時、部屋と廊下をへだてているふすまがガラリと開けられた。

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