第16話 【厨房】

大正末期に建てられた店は、当時の店舗としては一般的な長屋ながや造りのため、間口まぐちに比べて奥が非常に長い構造になっている。


そして細長い土の通路が店舗をつらぬいており、それが廊下の役割を果たしている


私達は靴のまま通路を進んで行くと、間もなく厨房ちゅうぼうに到着する。


厨房ちゅうぼうは、製造途中の佃煮が入った大鍋おおなべの熱気に包まれ、醤油しょうゆ味醂みりんにおいが充満じゅうまんしていた。


真夕さんはと煮えたぎる大鍋おおなべを興味深そうに見つめている。


私にとっては毎日見ている普通の光景だが、真夕さんにとっては相当そうとうめずらしいものにうつるらしい。


そして厨房ちゅうぼうの奥にいた父を見つけた私は大声で話しかける。


「お父さん、ただいま!」


珊瑚さんごか?おかえり。」


シャツ一枚で作業中だった父は、汗をぬぐいながら私たちに近付いてきた。


「お父さん、さっきまで外国のお客さんが大勢おおぜい来ちゃって、まりもは部活で居ないし、お母さん一人で大変だったんだよ。たまには店に出てもばちは当たらないんじゃないかな?」


「バカ言え!シャツ一枚で接客なんか出来るかよ!」


「服着ればいいじゃん。」


「お前最近生意気になってないか?それに俺は母さんを信頼してるの・・・ところで隣のお嬢さんは誰だい?」


「紹介するよ、大学の友達のたちばな真夕まゆさん。」


たちばな真夕まゆと申します。」


真夕さんの姿をしばらく見つめた父は、ストレート過ぎる感想を述べる。


「なるほど、こりゃあさんだ。お前が自慢するだけの事はあるな。」


「もう!なんてこと言うのよ、お父さん!」


私は顔を真っ赤にして抗議する。


「何が?」


そもそも職人気質かたぎの父にデリカシーを期待する方が無理な話だ。


小さくめ息をついた私は、話を切り上げる。


「もういいよ・・・真夕さん、こっちだよ。」


「それでは失礼します。」


「ああ、ごゆっくり。」


厨房ちゅうぼうの隣には階段があり、私達はそこで靴を脱ぐと、二階へと上がって行った。

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