第15話 【臨時アルバイト】

店の異変は一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


いつもは落ち着いた様子の店内が、その日はまるで違っている。


何しろ店の中に入り切らないお客が、店の外まであふれ返っているのだ。


しかも、その全員が外国人の様に見える。


『一体何事なにごと?』


私は急いで暖簾のれんをくぐると、母に声を掛ける。


「ただいま、母さん。」


「ああ!ちょうど良いところに帰って来た。今すぐ手伝って頂戴ちょうだい!お客が全員外国人で、言ってる事がチンプンカンプンなのよ。アンタ英文科でしょ、何とかしなさい!」


母はてんてこ舞いで、殺到さっとうする客の応対をしていた。


「分かった。」


まずはこの状況を何とかしなければならない。


商売人スイッチが入った私は手早くエプロンを付けると、彼女に説明する。


「真夕さん。ご覧の通りの事情で今すぐ店を手伝わなくちゃいけないの。少しのあいだだけ待ってくれる?」


「私も手伝うわ。」


「え!そんな・・・いいよ、真夕さんはお客さんなんだから。」


遠慮する私に対して、猫の手も借りたい母が素早く反応する。


「お嬢さん、アンタも手伝ってくれるのかい?助かるよ。アルバイト代ははずむからね。」


「お母さん!」


「エプロンを貸してもらえますか?」


「ほら、これを使いな!」


私が止める間もなく、彼女は母から渡されたエプロンをさっさと身に付けてしまう。


そう、真夕さんはと言ったら絶対にやるのだ。


「私は何をすればいい?珊瑚さんご


説得をあきらめた私は彼女にも手伝ってもらう事にした。


「それじゃあ真夕さんは注文を取ってくれる?私がレジを打つから。」


そこからは真夕さんが英語で注文を聞いて内容を母に伝え、母が商品を包装ほうそうし、私がレジ打ちをするという分担で、テキパキと接客せっきゃくを行ってゆく。


その結果、店の外まであふれ返っていた客は見る間に減っていき、30分程で店はすっかり落ち着きを取り戻した。


後で分かった事だが、どうやらの店がアメリカの有名な旅行サイトで紹介されたようだ。


「ふぅ、一時いちじはどうなる事かと思ったよ。ありがとうね、お嬢さん。」


「お役に立てたのなら良かったです。」


「お母さん、こちらは友達のたちばな真夕まゆさん。」


「ご挨拶が遅れました。たちばな真夕まゆと申します。」


母は一礼した真夕さんを見ると、感心したような顔で感想を述べる。


「そうか、アンタが真夕ちゃんかい。娘から話は良く聞いているよ。さすが麗央れいおうさんは礼儀正しいねぇ・・・珊瑚さんご、アンタも少しは見習わなきゃね。」


「もぉ!どういう意味よ!?私だって礼儀正しくしようとすれば出来るんだから。」


「アハハ、冗談冗談。こっちはもういいから家の中に入りな。後で何か持って行くから。」


「ありがとう・・・そう言えばは?」


「まりもは部活で遅くなるってさ。」


「もう!忙しい時に限っていないんだから。」


「まあそう言いなさんな、それに今日はの代わりに真夕ちゃんが手伝ってくれたからね。」


「今日は本当に助かったよ。ありがとう、真夕さん。」


「私の方こそ楽しませて貰ったわ。そうそう、こちらをよろしければご家族でお召し上がり下さい。」


真夕さんは持参じさんした紙袋を母に手渡す。


「へえー、若いのに気がくねぇ。せっかくだし、ありがたく頂くよ。」


「店が忙しくなったら遠慮なく呼んでね、お母さん。」


「ああ」


「真夕さん、このあたり足元あしもとせまいから気を付けて。」


私は彼女を先導せんどうし、店の奥へと招き入れた。

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