第9話 【Presenter】

私の隣に着席した叔母は、本日何度目になるか分からないサプライズを私に仕掛しかけてくる。


「もし今日私が受賞したら、あなたも一緒にステージに立ってみない?」


つつしんでお断りします。」


私は叔母の無茶振りを即座そくざに拒否した。


私の返答を聞いた叔母は明らかに不満顔であったが、これ以上叔母のサプライズ攻撃に付き合うつもりは無かった。


ニューヨーク映画祭は、定刻通り13時に始まった。


オープニングテーマと共に男女ペアの司会者がステージに現れ、会場を大いに盛り上げながら各賞を発表していく。


アカデミー賞のように全世界に中継されるレベルのイベントではないが、地元のテレビ局では生中継されるため、テレビカメラを意識した派手な演出となっていた。


プログラムは順調に進んで行き、いよいよ最優秀美術賞の発表である。


最優秀美術賞にノミネートされたのは5作品、絶対的な本命となる作品は無かったため、どの作品が受賞しても不思議ではない。


私は祈るような気持ちで発表の瞬間を待つ。


「Award for best production design is ... Eternal Journey!」


発表と同時に場内のスクリーンが私たちの姿を大きく映し出す。


受賞のテーマ曲が流れる中、惜しみない拍手が私たちに贈られた。


興奮した私は隣に座っている叔母に抱きつき、その様子はテレビカメラを通じて生中継される。


そしてまわりにいた出席者にうながされた叔母は、ほこらしげにステージへと上がって行った。


それは叔母にとって活躍の場が世界に広がっていく運命の瞬間であったのだが、私にとっても別の意味で運命の瞬間となった。


ステージに立った叔母にトロフィーを渡すプレゼンターとして現れた黒髪の女性を一目ひとめ見るなり、私は息が止まりそうになる。


『何・・・何なのこの人!?』


スポットライトにらされた黒髪がキラキラとかがやいて、私はその美しさと彼女の真っ直ぐなひとみに一瞬で心を奪われてしまう。


綺麗きれい・・・』


それは私が理想とする女性像が現実にあられたかのような存在だった。


「Congratulations.」


彼女は短い祝福の言葉と共に、叔母にトロフィーを手渡す。


トロフィーを手にした叔母のスピーチは堂々としたもので、本来ならに注目すべきなのだが、私は叔母の隣にいる女性の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくに全神経を集中させていた。


彼女は髪の色せいもあって、一見いっけん地味な印象を受ける。


しかしその黒髪を良く見るとしっかり手入れがされており、ツヤツヤと光っている。


そして服装も、プレゼンターとして相応ふさわしいものでありながら、これ見よがしなところが一つも無く、上品という表現がしっくりくるものだった。


叔母のスピーチが終わり、関係者が壇上だんじょうから去っても、私は熱に浮かされたように茫然自失ぼうぜんじしつとしていた。


彼女が発したのは一言だけであり、それだけでは日本人なのか、日系アメリカ人なのか、それ以外なのかすら見当も付かない。


それでも彼女は私があこがれる要素を全て持ち合わせているように思えた。


そして何の脈略みゃくりゃくも無く、一つの強烈な想いが私の中にき上がる。


『彼女と友達になりたい!』


これが私と、のちに親友となる彼女との出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る