第8話 【Impromptu Bar】

そのバーはアイランド形式のカウンターになっており、バーテンダーの後ろには見た事も無い種類のお酒が並べられている。


「ねぇ、私は未成年だからお酒は飲めないよ。」


「大丈夫、ちゃんとソフトドリンクも用意されているから。コーラだってあるのよ。」


「じゃあ私はそれで・・・」


「そんなのつまらないわ。私が選んであげる。」


そう言うと叔母は短い言葉でバーテンダーにドリンクをオーダーした。


待つ事数分で私はバーテンダーからあわい黄色の液体が入ったシャンパングラスを受け取る。


良く冷えたシャンパングラスからは気泡きほうき上がっており、炭酸入りである事は間違いない。


『見た目はシャンパンにしか見えないんだけど、本当にソフトドリンクなの?』


またサプライズを仕掛しかけられたのではないかと疑った私は、恐る恐るシャンパングラスに口を付ける。


『あ、美味しい』


「レモネードソーダよ、美味しいでしょう。」


叔母のチョイスに間違いは無かった。


プロのバーテンダーが作ったレモネードソーダは、蜂蜜はちみつの甘さとレモンの酸っぱさが絶妙ぜつみょうで、良く冷えた炭酸水のおかげで喉越のどごしもさわやかだ。


『コーラにしなくて良かった。』


レモネードソーダを一息に飲み終えた私は、お代わりを自分で注文する。


「Please have another drink of the same thing.」


「Very well.」


ドリンクを待つ間、叔母は私に質問する。


「さて、今日はあなたにTPOを学んでもらった訳だけど、そもそも服装やメイクの意味って何だと思う?」


『・・・服装やメイクに意味なんてあるのか?』


今までそんな事を考えた事も無かった私は、答えに詰まってしまった。


そんな私の様子を見た叔母は、といった表情で説明してくれる。


「服装やメイクってね『主張』なのよ。『自分はこういう人間です』という事を、言葉で主張するのではなく、外見がいけんで主張するの。一番分かりやすいのが警察官ね。制服を着る事で、周りに一言も説明しなくても警察官だって分かるでしょう?」


「なるほど、確かにそうだ。」


「あなたが見た麗央れいおう大学の内部進学者の女子達は、『自分は麗央れいおうの学生です』という事を主張したいだけなのよ。可愛いものじゃない。あなたが引け目を感じる必要なんて全く無いわ。」


叔母の助言は私の悩みを明らかに軽くしてくれた。


「ありがとう。出来るだけそう考えるようにするよ。」


「どんな服装をするか、どんなバッグを持つか、どんなアクセサリーを付けるかというのは、言葉をえれば自分が何者であるかの表明ね。人間には自分が何者であるかを表明する欲求があるのよ。もしそれが無かったらファッションなんて成立しないわ。」


「私もファッションに関心を持った方が良いかな?」


「ファッションは人間を自由にしてくれる。だから社会にとって大切な要素なの。例えば全員が同じような制服を着ていたって生活に不便はないわ。でもそれは人々に自由が無い全体主義の社会よね。多様なファッションは自由の象徴なのよ。」


叔母の話は次第にレベルが高くなり、その全てを理解する事は出来なかったが、それでも私にとって十分勉強になるものだった。


私がレモネードソーダのお代わりを受け取ったタイミングで開場のアナウンスが流れ、ロビーで待機していた招待者たちはと式典会場内に吸い込まれて行く。


「あなたのグラスが空になったら、私達も移動するわよ。」


いよいよ受賞式典の始まりである。

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