第3章

第15話:降下

 地上降下に関する作戦を担う、強襲偵察大隊を正式に組織する。

 さらに、強襲偵察大隊の一部にて、先遣隊を組織する。


 先遣隊は、遺物資料により存在の判明した、旧人類文明の亡都遺跡へと降下する。

 遺跡付近において、地上の探索、ならびに、触媒の試験採取を実施する。


 なお、これらの任務中、竜を発見した場合は、対応する。

 万一、主格竜を発見した場合は、ただちに全戦力を以て対抗する。

 なお、当該主格竜は、確認された波及効果から今後〈ねむり竜〉と呼称する。


 最高賢者カールハルト・フォン・イフリテスの発議を経て、管理収録者委員会の承認を受け──本計画は、大隊の編成発表から更に一週間後の本日、午前零時に発令。


 その十二時間後──現在時刻から三十分後である、正午に発動の予定である。

 都市の命運をかけた計画を達成するため、次々と先遣隊に繰り込まれた魔法使いたちが雲海へと没していく。

 小隊戦力のみならず、兵器、設備類を含む、残存触媒のほぼ全ても、この作戦に投じる計画とのことだった。


 都市防衛戦での、小規模で一時的な連携は茶飯事だが、これほど多くの魔法使いたちが一個の大隊として同時刻に、同目標へ向かって行動するのは、これまでにないことだった。

 進行、編成上の安全を考慮し、昼間の作戦発動が選択された格好である。


 「先遣隊だけで、この頭数か。壮観だな」

 獅子守小隊の住処がある浮島の縁に腰を下ろし、面々は昼食にウルリカ手製のサンドイッチを頬張っている。


 既に戦闘服をまとい、防護衣マフラーを展開し終えているうえ、彼女たちもまた先遣隊に名を連ねているのだが、未だ先達を見送る以外に動きを見せない。

 さらに鼎の隣では、一口で昼食を食べ終えたトリーシャが、低い声で唸っている。


 編成を統括する〈英究機関〉から指示された、獅子守町の配置は、先遣隊の編成全体の後方、殿しんがりに近い位置だったのだ。


  ──大隊副長の詰める位置としては、あながち間違いではないと思うけど。

 「確かに。でも、アンナ先生は先遣隊の先陣を切って行っちゃいましたね」

  ──先生は、ああいうお方だから。後方で待たれたほうが違和感がある。

 「だな。で、我らが副長殿は、それをずるいって怒ってるんだろ?」

 「別に……怒ってないし。全然冷静だし」

 「冷静なやつは、そんなに声を震わせないんだよ」


 たしなめつつも、鼎は、はるか下方まで展開し、漂う先遣隊の様子を見据えている。

 今まで雑然としていた隊列が、徐々に整い、陣容として機能しつつある。陣頭指揮を執るアンナ・アシュレイが、わずかな混乱をも看過するはずがないのだ。


 間を置かず、的確な指示が全小隊に対して下され、魔法使いたちの視線は、目指すべき一つ所に収斂していくだろう。

 状況の推移にひとまず安堵し、鼎は新調したウィザードハットを被り直す。

 前回の襲撃戦における報酬触媒の補給は、遅れに遅れて、この出撃の前々日にようやく行われた。


 そこからの準備は中々に慌ただしいものだったが、余計なことを考えずに済む、ある意味、有意義な時間でもあった。

 地上の探索、触媒の採取、竜との戦闘。ひとつでも抜けがあれば、明日はないのだ。


 攻め込まれ、慌てる内に帳尻を合わせるような、いつもの調子と異なる、独特の緊張感は、獅子守の面々をして、やや言葉少なにさせるほどだった。


  ──司令所より連絡あり。先遣隊の半数が予定高度に到達。我々を含む後半部隊は、準備ができた小隊から突入よろし、とのことです。


 オリビアからの通告を受け、四名は一様に立ち上がる。

 「せっかくだから……円陣でも組むか?」

 「勝手にやってなさい」


 言い残し、トリーシャが浮島の縁から跳躍する。ウルリカが続き、鼎は残ったオリビアと目を合わせる。


  ──組みますか? 円陣。

 「二名では、出来てせいぜい、組体操だな」

  ──残念です。では、この戦いを生き残って、改めて、皆で致しましょう。

 「いいことを言う」


 残る二名も身を躍らせ、獅子守小隊は全員が降下を開始した。

 その直後、白飛びした視界のめいっぱいを、HUDの警告が埋め尽くした。

 それが意味するところは、ひとつしかない。


  「……待ち伏せか?」

  ──ネガティブ。敵勢力は正面下方より接近中。遭遇戦です。

 「了解した。まったく、これからお伺いするところだというのに、お盛んなことだな」


 大きく舌を打つ鼎のHUDには、多数の竜の位置情報が矢継ぎ早に灯され、更新されていく。


 「邪魔なんだけど──‼」


 トリーシャが飛び出し、ウルリカは露払いとばかりにその前方へ向け斉射、群がる竜らの額に風穴を空けてやる。

 それが爆散した粒子をかいくぐり、トリーシャの初撃が竜を捉える。


 雲間戦闘のため肉眼での視界はほとんどないが、輪郭線はHUDのお陰で見えている。がら空きの腹に膝、上がった顔に正拳、硬直したところへ回転からの踵。

 この時点で竜の意識は喪失していたが、両腕を振り上げて、槌に見立てて叩き潰すところまで、トリーシャは徹底する。


 とはいえ、数が多い。竜の集団に対し、先遣隊は数の上で不利だ。当然、押し返すには至らない。


 ──彼我戦力差は甚大。管制担当として、一時撤退を推奨します。

 オリビアの通告は理にかなっている。だが、簡単に頷くトリーシャではない。

 「適切な提案だけど、却下します。雲海の中での混乱は避けたい。獅子守小隊はこのまま前進。竜の集団を突っ切り、予定合流地点へ急ぎます」

 ──そう言うと思ってた。


 苦笑気味に手を上げて答え、早速オリビアはHUDネットワーク経由で、他の小隊に向け大隊副長の動向を連絡し、彼らが進路に迷うのを防いだ。

 竜を払い除けながら、その耳にうるさいほどの風巻音は、行き足がほとんど自由落下に等しいことを示してくれた。


 高度は既に雲海の下層域に達している。ホワイトアウトがほんの少し薄くなり始め、地上の様子が透けて写る。


 その色は緑でも、茶色でも青色でもない。

 現象庫内の記録領域、アーカイブに残された画像データとは大きく異なった様子に、誰もが目を奪われる。


 そして、時は訪れる。

 竜と揉み合い、転がり込むようにして雲を抜けた先に広がったのは、極めて異様な光景だった。


 埋め尽くすのは──鱗。

 まるで生物の体表と化してしまったかのように、可視範囲内の地表の殆どは、かつて有していたであろう緑を奪われていた。


 前回の襲撃で目の当たりにした、竜の上腕。それと全く同じ色をした鱗は、規則正しくどこまでも折り重なり、ぬめるように鈍く、陽光を照り返している。


 「これ、全部……鱗、ですか」

 一旦、周囲の竜を一掃し終えながらも、眼下の光景に、ウルリカは息を呑む。

 分厚い雲海の下で、旧人類の領域は、その面影さえも奪い去られていたのだ。

 トリーシャもまた、むしろ鮮やかなほどグロテスクな鱗の大地を注視していた。


 ここが、竜の本拠──地上という世界なのか。噂には聞き、その威容は想像していたが、やはりそれを絶する光景だと認めざるをえない。

 その視界の中で、旧人類の亡都遺跡とその周辺は、鱗に覆われず残されていた。


 四角柱の形をした建造物が、ひしめくように建ち並ぶそこに、先遣隊は、ひとまず自らの爪先を落とす決断をした。


  ──ねえ、この遺跡以外に、鱗に覆われてない地面は見えない?

 獅子守小隊が、アンナからの通信を受け取ったのは、降下を次々に終え、陣形を構築していく魔法使い達を足下にしばしば見かけるようになった頃だった。


  ──見えませんな。少なくとも、ここからは。

  ──そうよねー、参ったわ。地上の探索って言っても、これじゃあね……。地形データを欲しがってた奴らもいるんだけど、これが、頭抱えててね。

  ──なるほど。同情はしますが、新参者の我々としては、まず己の席を確かにせねば何事も始まらんでしょう。ひとまずそちらに集中しますが、よろしいか?

  ──了解よ。降下後の編成は、事前に話してある通りで……って、ちょっと待って。


 不穏な語尾が告げた危機の到来を、オリビアから送られてきたHUD上の情報が裏打ちする。


 亡都遺跡の周辺で、土煙が地を這う。

 まるで爆発するように芽吹く、それは、新たな竜の鱗であった。

 地表上に顔を覗かせた時点で、一定の高さまで伸張すると、叩きつけるように地表へと覆いかぶさり、元々あった地形など無視して一瞬のうちに蓋をしてしまう。


  ──どこかで見覚えがあるわねえ、あの鱗。これって、いきなり大物が釣れちゃったってこと?


 アンナの不穏極まる呟きを聞きながら、獅子守小隊は、亡都遺跡の建築物、その天辺に着地した。

 遺跡の中でもひときわ高いその位置からは、鱗の様子がよく見えた。

 

 その発生は、一ヶ所ではない。多重に連続した鱗の発生点は、遺跡を取り囲む円と化し、押し寄せるようにして、亡都遺跡を侵さんと、地を叩き潰しながら迫ってくる。


  ──先遣隊各位、状況は見えてるわね。各員の生存を最優先! 触媒の節約も撤廃! 大隊の主力を今すぐ降ろさせるから、それまで生き残ることだけ考えなさい! いいわね‼」


 HUD上で、アンナから先遣隊の全員に飛ばされた檄。幾重にも威勢の良い応答が上り、そこかしこで新たに襲い来た竜との戦端が開かれ始めるのが見える。


 林立する旧人類の高層建築物の天辺に、競うかのごとく、兵器類が次々と結実。砲口から、矢継ぎ早に火を吹き始めた。


 轟音が折り重なり、揺さぶられる大気。直撃を受けて粒子に還る同胞の傍らを、なおも突き抜けてくる竜の群れ。それを迎撃すべく、押し負けぬほどの数の小隊が、防護衣をたなびかせて飛びゆく。


 本作線に投入された員数、触媒、その物量は過去に類を見ない規模とされている。

 作戦発案者たる最高賢者カールハルト・フォン・イフリテスは、一片の出し惜しみもなく、すべてを使い尽くす覚悟の上、紛れもない本気で──〈眠り竜〉を殺す気なのだ。


  ──獅子守は鱗を頼める? 壊せるものなのか、分からないけど。

  ──やってみるよ。……ねえ先生、本当に触媒を節約しなくていいの?

  ──アタシに二言はない! 分かってるでしょ、大隊副長。委細は任せるわよ! それじゃ!


 アンナとの通信が途絶した後、面々は改めて、遺跡を包囲しつつある鱗を見やる。

 トリーシャの拳脚には、すでに、色濃い紫電が纏い付いていた。


  ──円陣、竜に先を越されましたね。

 「確かに。邪魔してやりたくなっちゃうね──」

 トリーシャの蓄えた電磁反発がピークに達したのを頃合いに、四名は同時に飛翔。

 地上での初戦の火蓋を、自ら切って落とすのだった。

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