第11話:セーフハウス

 特段の規定があるわけではないが、小隊クラスの面々は、その住処を共有する事が多い。


 昼夜を問わず、共に作戦行動へ従事することも珍しくない上、緊急時の集合待機を省けるという理由も手伝ってのことであった。


 獅子守小隊の面々が、その住処に選んでいるのは、草と土に覆われた、小さな浮島。


 一分も歩けば横断できてしまうような、こぢんまりとしたその上に、古めかしい一軒家が鎮座し、朝日に照らされていた。

 その目の前には、白のテーブルと二脚のベンチが置かれていて、鼎とトリーシャがそのうちの一脚に隣り合わせで座っている。


 鼎が目を通しているのは、ネットワーク上に配信されている情報媒体だった。

 魔法使いの誰もが、個人レベルで必要な情報を引き出せる今日において、都市におけるメディアの存在は、欠くべからざるものとは言い難かったが、それでも市井の好奇心を満たすべく活動は継続されている。


 中には、浮島ひとつをそのままメディアセンターとし、戦闘ではなく報道に血道を上げる媒体もある。

 そんな彼らが今朝のニュースとして報じたのは、前回の防衛戦における戦果と被害のとりまとめられたものだった。


 「……我々のことが、何も書かれてないんだが?」

 その眼前の半透明な記事を、まるで洗濯物でも広げるように大きく浮かべ、唸っている鼎。

 それを半眼で眺めていたトリーシャは、手を伸ばし、そのページを振り払うようにして叩いた。


 二人の間で視覚・操作共有されていたHUD上のページは瞬く間に横滑りして消えていく。

 ついに最後のページを迎えるや否や、追い払うような手付きでHUDを閉じさせてしまった。


 「自分が目立てなかったからといって、癇癪を起こすのは良くないぞ」

 「起こしてないし。むしろ、目立ちたくないんだけど」

 「まあ、現象庫に、主格竜に──人目につかないところでしか戦っていなかったからな。まさに裏街道、日陰者の小隊というわけだ」

 「望むところだよ」


 そんな会話を耳にしながら、テーブルの横合いで洗濯物を干すのは、ウルリカだった。

 物干し竿に居並んだ四人分の戦闘服や肌着のたぐいは、色もサイズもそれぞれに異なっているが、その中の一セットだけは、やけに真新しく、朝の微風にそよぐ格好もどこか固い。


 「副長の戦闘服一式、新しいのを卸しておきましたよ。一回は洗っておかないと、馴染みが悪いですから」

 「ああ……ありがと」


 後ろ頭を掻いて、トリーシャは答える。

 前回の戦闘で使用した戦闘服は、すでにゴミ箱に収まっている。

 戦士竜に突き刺された腹部の損傷もさることながら、全体的に脆化し、何年も屋外で放置されたボロ布のような有様だった。


 これは、疑いようもなく、トリーシャの主戦術たる魔導技術の影響である。

 雷雲のような状態となった彼女は、一時的に、不死に近い存在となる。


 自らの身体──その細胞を超硬質化、分子制御によって離合させ、あらゆる入力を無効化。

 さらに紫電を纏わせ、強大な電磁反発力を生み出し、神速の如き体捌きを可能にしている。


 一方で、細胞の変質に伴い、一時的に生理機能は停止することになる。

 呼吸困難、血流異常等の懸念があり、全身を覆える時間はごくわずかだが、雷雲を握りつぶし、切り裂いた者はない──再生する者の集中が途切れない限りは。


 攻防一体を、最大の目的として開発された魔導技術だが、身体の変質化と動作を完全に一致させる──身体を二つ同時に操るのと同然の難技を使いこなせる者はわずかしかおらず、使い手として著名な魔法使いは何名も居ない。


 「しかし一回の戦闘で一着潰すのでは、兵站管理上大いに問題がある。立場上、自重を求めざるを得んのだが?」

 「そっちだってボロボロにしてたクセに。じゃあいいよ、次から裸で戦うから」

 「冗談でもやめなさい」

  ──副長、裸で行かれるなら、私もお供します。

 「いや、冗談だってば!」


 気配を消して後ろから接近してきたのは、オリビアだった。

 戦闘時でなくとも、彼女はHUD上のメッセージで対話を行う。

 その理由は、オリビア自身がはっきりと語らない為、周囲も無理やり聞き出すことなどない。


 ただ、戦闘中に交わす息遣いなどから、恐らく、彼女は発話の機能を喪失していることが推察できた。

 魔法使いが何らかのハンディキャップを背負う要因のうち、最大のものは、竜の襲撃であろうことは疑いようもない。


 消沈し、戦いから去る魔法使いも少なくはないが、オリビアは踏みとどまり、獅子守で戦っている。

 また、その特徴が、自他に不利益を被らせたことは一度もなく、他の三名にとって欠くべからざる戦力として数え上げられている。


 「こうなったら全員、副長の決意に殉じるしかないな……。触媒節約のためだ、ウルリカ。覚悟を決めろよ」

 「いやいやいや、絶対ありえませんから!」


 洗濯物を干し終わったウルリカは、戻ってくるなりかぶりを振って否定する。


  ──まあ、確かに戦闘服の一着や二着を節約したところで、現状が劇的に改善するとは思えないけど。


 空席だった、鼎たちが座す方とは反対側のベンチに、オリビアとウルリカが腰を下ろす。

 先程、鼎が見ていた記事の中にも、触媒不足が原因で、崩壊してもなお手付かずとなっている施設の画像がいくつも散見された。


 華々しい戦果を伝える報道各紙一面の裏、目立たない社会面には、その事実を記した特集も組まれている。

 記事からは一部の状況しか伺い知れないが、これらの沈痛な状況は、まだ見ぬ都市の様々な場所で引き起こされていることだろう。


 「あと、どれくらい残ってるんでしょうか、触媒は」


 冗談めいた会話から、最初に脱したのはウルリカだった。

 彼女の銃火器は、それ自体や使用弾薬の生成に触媒を多く使用する為、触媒の残量に関しては小隊の誰より関心が高いといえた。


 「状況をから察する限り、潤沢ではないだろうな。加えて今回は〈英究機関〉本館への襲撃が重荷になったのだろう。報酬触媒の引渡し量はおろか、日程さえアナウンスされないのは初めてだ」


 小隊には、戦果に応じ、〈英究機関〉から報酬として触媒が引き渡される決まりだ。

 それが滞り始めているということが、事態の深刻さを音もなく語る。


 「やっぱり、あまり撃たないほうがいいんでしょうか」

 「それはダメだよ、この前の戦闘でも、無駄な射撃はひとつもなかったよ」

  ──そうそう。アタシもそう思うよ。


 突如、全員のHUDに表示されたメッセージは、小隊の魔法使いに対し指揮権を持つ、賢者からの割り込み機能を用いたものだった。


 「どうも。お邪魔するわよ」 


 声のした方、わずか数メートルのところには、いつの間にか、賢者の防護衣マフラーをひらひらとさせるアンナの姿があった。 


 「御大自らご来臨とは、恐れ入ります。さすが、油を売るのがお得意でいらっしゃる」

 「相変わらず目上への敬意ってもんを弁えてないわね。委員会から、話聞いてるでしょ? 例の映像を見せてもらいに来たのよ」

 「誰かが来るとは言ってたけど、まさか先生だとは思わなかった。真面目に賢者をやってるんだね」

 「そりゃそうよ、貰った防護衣マフラーにミソを付けるわけにはいかないもの」


 軽い足取りでテーブルまで歩み寄ると、アンナはその縁に半分だけ尻を乗せた。

 獅子守の面々にとっては、懐かしい光景だったかも知れない。

 小隊結成当時、この五名で、よくこのテーブルに集まっていた。防衛戦力の増強に余念のない彼女は、いくつもの小隊の創設者として、登録リストに名を連ねている。


 また、賢者の身でありながら、防衛戦に参加しているのは、彼女が唯一と言っていい。

 カタリーナが率いていた、史上最強とうたわれた小隊──おおとり小隊クラス、唯一の生存者という紹介のほうが、彼女の背景を端的に説明できるかもしれない。


 「うんうん……そうね、こりゃ間違いなく禁呪だわね。委員会のお歴々に見せたら、さぞお嘆きになるでしょうよ」


 ウルリカが、全員に向けて共有したHUD上に、あの光景が再現されている。

 主格竜、そして戦士竜──それらを封じ込め得た禁呪の行使者を、アンナは食い入るように見つめていた。


 「……先生、一つ質問が」

 「なぁに、鼎おばあちゃん?」

 「まだ言ってるのか──余談はいいでしょう。あの装甲服たちは、なぜ、この映像を撮らせたのだと思います?」

 「撮らせた? 撮られたの間違いじゃなくて?」

 「主格竜の起こした風を中和できるほどの観測知覚を充実させていた状態で、迷彩を施してあった程度のドローンを見落とすなんてことはありえんでしょう──しかも、あの大所帯で」

 「しかも通信封鎖はしつつ、ですもんね。自分たちのこと、知られたくないはずなのに……一貫してないところが不気味ですね」

 「……見せつけてやりたかったんじゃないの?」

 「獅子守われわれに──ですか?」

 「特にアンタたちを意識してたかは分からないけどね。ただ、誰かの目があることは、念頭に置いてたんじゃないの?」

 「良いカメラマンを期待してアピールしたけど、残念、私達でした……って感じ?」

 「どうだかね。ま、機会があったら直接訊いてみれば? 案外、話せるやつかもよ」

 「悪くない案ですな。あの時もなにか喋っていた──まだ駄目か、とか何とか」


 その言葉に、アンナの表情が一瞬だけ固まる。その眼差しは、いつものような、どこか緩んだような雰囲気を忘れた鋭いものだった。


 「それ、映像に入ってるの?」

 「私達が聞き取れたので、恐らく映像にも。強度の偽装が施されていたようだから、正体の特定は困難かも知れませんが」

 「そう、了解。じゃあ、映像をもらえる?」

 「はい! どうぞ、先生」


 ウルリカから、映像のデータがHUD上に差し出される。受信を済ませると、アンナはテーブルから立ち上がった。その瞳から、すでに先程の鋭さは消え失せている。


 「ありがとね。じゃあ用事も済んだし私はこの辺で……」

 「お待ちを。先生、報酬増量の件、お忘れではないでしょうな?」

 「忘れてはいないわよ、勿論。ただ確約はしてないからね。今回は特に触媒の配分がヤバいのよ──も含めてね」


意図して漏らした釣り針のようなフレーズに、トリーシャはすぐにも喰い付いてしまう。


 「先生も──地上に行くの?」

 「当然。何なら私が指揮を執る可能性だってあるわよ。アンタたちはどうするの?」

 ──今後協議の上、方針を決定することになるかと。

 「あらそう、いつもながら仲良しで結構。でも、急いだほうがいいかもよ? 定員が、もうすぐ埋まりそうなの。武勲を上げたい奴らは、いくらでも居るからね」

 「定員があるんですか⁉」

 「いろいろと縛りがキツくてね。都市の小隊、全員を連れて行ければ心強いんだけど」

 「その定員って、あとどれくらい──空きがあるの?」


 真剣な眼差しで問うトリーシャに、アンナは意地悪な表情で腕を組んでみせた。


 「そうさねえ……実はもうギリギリなんだけど……ま、あと四名くらいなら何とか紛れ込ませられるかもね」

 「じゃあ──」

 答えを言いかけたトリーシャの肩を掴んだのは、鼎だった。


 「先生、あと少しお待ちを」

  ──ちょっと、鼎……。

  ──慌てるな。

 「それに四名くらいなら、締め切った後でも何とかなるでしょう。あなたの鞄持ちとでも言っておいてください」

 「……ま、いいでしょ。もうしばらく待ってあげる。獅子守が出す答え、楽しみにしてるわよ」

 ウィンクを残し、アンナは踵を返す。


 その歩む先の浮島の縁には、既に配下の魔法使いたちが待機し、マフラーを引いていた。 

 その面々と合流すると、彼女は即座に飛び去っていった。


 それらの背中を数秒間見送ってから、鼎はトリーシャの肩から手を離し、ベンチに座り直した。それを見て、三名も姿勢を正す。


 「……で。今朝集まってもらった、本題に入っていくわけだが。地上の調査、ならびに主格竜の撃滅。これにむけ、既に多くの魔法使いが動き出していることだろう」

 「先生が動いてるなら、なおさらだね」 

 「うむ。しかし、これは防衛戦ではない。いわば魔法使いの逆襲、侵攻の計画だ。竜めらが帰るまで凌げば終わっていた、今までの戦いとは違う」

  ──いつまで続くか分からない。どこまで行くかも……図れない、と。

 「然り。環境は未知、物資も心もとなく、待ち構えるは主格竜だ──さて諸君。問わせてもらおう。それでも、地上へ行きたいか?」

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