第3話:現象庫

 獅子守小隊を乗せたトラムが突入した、光の向こうに映ったものは──巨大な、まるで壺のような意匠をした炉と、それを収めて余りある広大な空間だった。


 「の最奥──やはり、ここまで入られたか!」


 苦々しく鼎が吐き捨てつつ仰ぎ見た、その壺のような炉の名は、現象庫げんしょうこという。


 鼎たちが、ここに至るまでの戦闘で再三用いてきたものも、例外なくこの現象庫からもたらされ、彼女たちの眼前で〝再生〟された魔導技術である。

 それだけでなく、オリビアが管制に用いた通信ネットワークの根幹も、この現象庫内部に納められている。


 全ての魔法使い、その駆使する魔導の根拠である。だからこそ、この炉に万一の事態が起これば、魔法使いの都市、社会の崩壊に直結する。

 最後の砦の心臓部が、直接襲撃に晒されている様に、さしもの獅子守小隊の面々も目を剥いて場に殺到する。


 一方、先客達の巻き起こす騒乱も甚だしいものだった。

 現象庫の正面では、先行していた魔法使いと、ここまで破壊の限りを尽くしてきたであろう竜が干戈を交えていた。


 騒乱の中心にいるのが、まるで嵐のような竜。

 手にした矛を振り回し、魔法使いたちを問答無用の勢いで打ち倒していく。

 障壁での防御を試みる者も居るが、あまりに圧倒的な膂力にて振り落とされる衝撃に、容易く、諸共に引き裂かれてしまう。


 その精強さも驚くべきものであったが、注目すべき点は他にもあった。

 この竜には、顔貌かおがあるのだ。


 ありありとした憤怒をたたえ、見開かれた白目のない眼球は、蒼い宝石のようで、動くたびに光軌を引いている。

 鱗のように折り重なって繁る、頭髪らしき組織は白一色で、それ自体も蠢いて自身の攻撃の一助としている。


 竜に性別などあるのか、知る由もないが、外見で大別するなら、中性的な男性にあたるだろう。

 身にまとうのは、鎧のように見えるが、恐らくそれも自己組織の一部なのだろう。

 それは、防具に覆われているか否かに関わらず、例えどこに魔法使いの攻撃が当たったとしても、小揺るぎもしない様子から伺える。


 暴風巻き起こる現象庫の面前にて、魔法使いの集団はもはや風前の灯火が如くであったものの、全滅の憂き目は寸前で回避している。

 それは、集団の最前、常に竜の面前に立ち同胞を守ることに集中している様子の、一人の魔法使いによる献身のたまものであった。


 「──アンナ先生!」


 トリーシャの呼びかけに、その魔法使いの肩が揺れる。同時に、乳白色の障壁を生成して、竜を丸め込むようにして包んでしまった。

 それは数秒ともたずに破砕されてしまうものの、拘束の晴れた竜の視界に直後、映ったものは、ウルリカが連射した銃弾の雨であった。


 弾頭をあえて柔らかくし、貫通より痛打と衝撃を意図したものである。

 竜がそれを察知したのかは定かでないが、腕を丸めて頭を守り、直撃弾を受けながらも飛び退すさる。


 その間に、壊滅状態の魔法使いたちの前へ、既に獅子守小隊が立ちはだかっている。

 その横には、先生と呼ばれた魔法使いも居並んでいた。


 「遅いよ、アンタ達」

 「これでも急いで飛んできたのですよ、先生。ましてやここは禁足区域──立ち入りには若干の遠慮もあったものでね」

 「こんなところまでトラムでブッ飛ばして来といて、何を言ってんだか」


 戦いの激しさからか、若干乱れていた赤い髪をかきあげながら、先生──アンナは小さく笑った。


 身の丈はオリビアに及ばないほどだが、体格は誰より逞しい。

 身にまとうのは獅子守の面々と同じ戦闘服だが、隆々とした筋肉が生地を内側から押上げていて、そのフォルムは、鍛え上げられた馬体を想起させた。


 その首元に展開された防護衣マフラーは、獅子守小隊の意匠と似ていたが、彼女のものだけは、生地の全体に渡って、金地の縁取りがあしらわれていた。

 これは、彼女が他の魔法使いと比して上層にある証。選ばれた、より強き魔法使い、賢者の証明でもあった。


 「先生、無事で良かった。どうせ居ると思ってたけど」

 「ありがとうね、トリーシャ。アンタたちも絶対来ると思ってたよ──」

  ──ちなみに、は既に退避済みだから、安心してね。

  ──別に、そんな事は心配してません。


 最後のフレーズは、トリーシャにだけ伝わるようになっていたが、にべもない彼女の反応に、アンナは意地悪げに笑む。


  ──賢者アンナ、本区域は禁足の対象ですが、緊急事態につきここまで進入しました。何卒、はご勘弁を。

 「もちろん。緊急要請を出したのは〈英究機関アタシたち〉だしね、不問にしときましょ。まあそれも、ここをうまく凌げたらの話だけれど」


 ひとしきり再会の挨拶を交わした後は、本来の目的に立ち返るのみである。

 アンナが、戦いの激しさのあまり取り落し拾えずにいたハンチング帽を被り直し、向き直った方には、既に体制を整え立ち上がった竜の姿があった。 

 

 「……また、貴様らか」


 その竜が、魔法使いに通じる言語を話したことを驚く者はいない。

 獅子守小隊の面々と、面前の竜の間に絡まる因縁は、そう浅いものではなかった。


 「はいはい、また私めらでございますよ。これが何度目のお越しですかな……しつこい竜は嫌われるぞ、戦士せんし竜殿下」

 「邪魔をするな、下郎が。我はただ、貴様らが不当に抑留しているさとり竜様を、解放する為に参ったまで」


 「きちんとお話するのはこれが初めてかな? 戦士竜殿下。記念にひとつ質問を許可願いたいのだが」

 「貴様の顔は知っているが、名までは知らん。具申の礼をわきまえよ」

 「これはこれは、ご無礼の節、平にお許しを。私は緋堂鼎。あなたがた憎き忌々しい竜の即時全滅壊亡を心より願って止まない、花も恥じらう十六歳でございます」


 「……どちらにせよ失敬な輩よ」

 「お褒めに預かり光栄至極。──さて、気を取り直してお尋ねするが、もし、万一だ。我々魔法使いが、そちらの大事な悟り竜サマを拘束しているとして……その返還に応じた場合、この戦争は終結するのか?」

 「詮無き事を。我らはただ、悟り竜様のお考えに沿うまで」


 微塵の迷いもない、強い口調を受け取り、鼎は肩をすくめた。


 「……あい分かった。貴重な交流をありがとうよ」


 無為に終わった短い対話。交渉の余地も価値も、皆無に等しいと思えた。

 竜が打ち倒されても、再び還り来る現象。

 魔法使いはこれを再誕さいたんと呼んでいるが、戦士竜が悟り竜と呼んだ存在は、三年前に打ち倒されて以来、それが観測されていない。


 このため竜たちは、魔法使いが悟り竜を幽閉しているものと思っているらしい。

 しかし、当然ではあるが、打ち倒された後の悟り竜の行方など、魔法使いたちには知る由もない。

 あの悟り竜を、本当に捕まえておけるものならば、どれほど素晴らしいか──魔法使いたちの反応は、吐き捨てるが如くである。


 「悟り竜の居場所なんてのは……こっちが知りたいんだけど」

 それまで沈黙を貫いていたトリーシャが、ついに割って入る。言いたいことがあったのではなく──想いを直接、拳に乗せて届けたいが為。


 それに感付き、戦士竜の表情が警戒と憎悪に染まる。

 獅子守小隊と戦士竜の因縁、その大半を紡いだのはトリーシャである。

 その根深さは、端から対話など念頭にない両者の態度から察するに余りあるものだった。


 「……魔法使いよ、最後だ。悟り竜様を開放差し上げ、そのご慈悲にあずかれ」

 「手元にないカードを切れるとでも……ああ、この例えでは竜には分からんか」

 「貴様は──我らの闘争を、遊戯などに例えるのか‼」

 「おお、通じた!」


 鼎の感嘆混じりの語尾など耳に入れず、戦士竜は歯を剥いて突進。それを迎え撃ったのは、トリーシャだった。

 討ち果たすべき仇敵を眼前にしながら、無為な待ち時間を強いられた為か、拳に乗せられた感情は昂り切っているように見えた。


 だが、それは言葉に現れない。抗議や非難の一言も発さず、トリーシャは、より色濃く、轟音さえ響かせる紫電を纏って、拳足を放ち続ける。

 対して応じる戦士竜の体捌きも、鋭きことこの上なく、簡単には急所を捉えられない。


 そればかりか、こちらの動作に呼吸を合わせて躱し、あるいはそれを盗んで反撃に転じてくる。どこか緩慢な、並一通りの竜の動作とは一線も二線も画す動きで、互いに皮を削り合うような鍔迫り合いが続いた。


 邂逅から、まだ数度の瞬きを経た程度の時間だが、その間に交わされたやりとりは、既に誰も数え切れなくなっている。

 濃密な殺意に彩られた、トリーシャと戦士竜との戦舞踊に加わらんと、竜の分体たちが次々に飛来するが、鼎とウルリカが近づかせない。


  ──中々やるようになったね、我が小隊。ここを任せてもいい? 倒れた魔法使いを治療班に引き渡したいの。

  ──賢者のくせに部下を置き去りにすると⁉ 服務違反だ! 〈英究機関〉に報告してやる。

 こんな状況でも軽口を忘れない鼎に、アンナは薄笑みの半眼で対応する。

  ──アタシは創設者ってだけで、アンタ達は部下じゃないってば。それに、任せられるから言ってるのよ。現象庫、くれぐれも壊されないでね。それじゃよろしく!


 そう伝えるなり、先程戦士竜を包み込んでみせたように、今度は倒れた魔法使いたちを障壁でまとめて収容し、飛び立っていった。

 戦士竜は、それを差し止める素振りを見せない。というよりは、眼前の相手であるトリーシャから、ただの一瞬でさえ目を離す訳にいかない戦況であった為だろう。


 幾度目とも知れぬ会合、先手はトリーシャ。

 出鼻をくじくべく遠間から、あえて正面に向け拳を放つが、戦士竜はいかに殴打されようとも勢いを緩めず突進。

 やがて、互いの息遣いさえ聞こえる接近戦へと移る。


 戦士竜の攻撃を躱し、払い、トリーシャは的確に反撃の拳や爪先を滑り込ませ続ける。 その苦痛に耐えかね、図らずも上がった戦士竜の顔面へ、トリーシャの引き裂くような肘鉄がめり込んだ。

 接触で感じた衝撃が抜けていくような、会心の手応えはあった。だが、それでも決定打とはならない。


 「……捉えたぞ」

 打たれた勢いで、仰け反りながらも吐き出された一言には、満足げな声音が含まれていた。

 戦士竜の矛が、トリーシャの鳩尾あたりへ綺麗に突き刺さっていた。


 それは深く、刃先は完全に貫通しており、矛を握る手までが、トリーシャの体内に埋没しているかに見えた。

 だが、期待したような手応えはない。


 ただ、砂の中に差し入れたような、ざらついた感触が戦士竜の肌を撫で、その一瞬の後には、固く締め付けられる痛みが走った。


 「……こちらも」


 ぼそりと、トリーシャがつぶやく。

 腹部を貫かれたにも関わらず、その声音は、さきほど戦士竜がもらしたそれよりも、よほど喜色に満ちていた。


 その後に見えたのは、黒い霧のようになって殺到する、眼前の魔法使いの拳だけだった。

 腹を深々と刺されたまま、トリーシャは戦士竜の顔面を怒涛の勢いで乱打する。


 予期せぬ形で矛を封じられた上、あまりにも接近した間合いでは思うように腕を振り回せない戦士竜に対し、密着状態からでも自在に最大威力を発揮できるトリーシャの有利は明白だった。

 後の先、先の先。防御の要から開放されたトリーシャの拳は、常に機先を制し戦士竜へ到達する。


 真紅の眼をいっぱいに見開いたその表情は、戦いの昂奮だけでは達し得ぬほどに紅潮しきっている。


  ──姉様! 見ていて! あなたの、仇は──‼


 ひときわ強く引き絞った右の拳。幾重もの紫電が巻き付き、弓の跳ねる勢いで解き放たれたそれは──戦士竜の顔面に当たりはしたが、まるで砂のように砕け、方々へ流れ去ってしまった。無論、さほどの衝撃も与えてはいないだろう。


 驚愕に目を見開くトリーシャの拘束を振りほどいて、戦士竜は床へ叩きつけたが、トリーシャの体躯は砂のように溢れて広がるのみで、致命打には至らない。

 一瞬も間を開けず、トリーシャは再度戦士竜の眼前に結実した全身を見せるが、いまだ、右腕は自由が効かず力なく垂れ下がっている。


 「戻れ……戻れってば!」


 トリーシャの焦燥は、自身の一部が機能不全を起こしていることへの恐怖から来るものではなかった。

 このままではあいつを、殴り倒せないではないか。思慮の全ては、戦うことにのみ注がれていた。

 片腕の自由と集中を失い、体勢を崩したトリーシャへと、戦士竜の魔の手が伸びる──瞬間、障壁がそれを阻んだ。


 咄嗟にトリーシャと距離を取った戦士竜の、飛び退り着地しようとした爪先のすぐ下。

 ほんの僅かな点が、赤熱しているのに気づけたのは、この刹那においては、仕掛けた鼎のみであった。


 着地、のち、爆発。指向性を帯びさせ破壊力を直上に収斂させた猛火に巻かれ、戦士竜の脚は止まった。

 敵方の被害はそれだけではない。同時に、その場に詰めかけていた竜たちすべての爪先に、その点は出現していた。


 ほぼ同時に、戦士竜と同じ結果を突きつけられて、竜たちは次々と爆散していった。

 場は一時的に火の海と化すが、それは戦士竜とトリーシャを引き離すのには好都合だった。


 「お楽しみはここまでだ。頭を冷やせ」

 「……どいて」

 「私が退けば君が死ぬ。聞けない相談だ」 

 「どいてって言ってる」


 死闘に割って入った鼎を睨め付けたトリーシャの目付きは、それまで戦士竜に向けられていたそれと寸分の差異もない、鋭利極まるものだったが、鼎も怯むことはない。

 むしろ食って掛かる勢いで言い返した。


 「笑えん冗談だ。散るつもりなのか?」


 いつもの軽口など及びもつかない剣幕に、その文字通り牙を剥いていたトリーシャは、忌々しげながらも戦士竜から目線を外した。

 単に気圧されたということではなく、鼎の言葉に込められた意味に気づいた為である。


 私も、ここで散れたなら。

 三年前の自分なら、むしろ嬉々として鼎を振りほどいただろう。そう、冷静に思い返すことくらいは、出来るようになっていた。


 一方、猛火に巻かれていた敵方も、既にそこから脱し、大きく息を吐きながらも構えを終えている。

 既にトリーシャから相当なダメージを受けているにも関わらず、その体躯は決定的な破綻の兆しを伺わせない。


 「さてと、第二ピリオドの始まりだ。選手交代を認めてもらうぞ?」 

 「雑魚めらが……。どうせなら、全員でかかってくるが良い」

 「それでは楽勝過ぎて面白くない。折角の逢瀬だ、楽しんでいこうじゃないか」


 にたりと笑ってうそぶく鼎の背後では、ウルリカがトリーシャに駆け寄り、肩を貸している。

 全身を雷雲のように霞ませ、攻防一体の形態を取れるトリーシャではあるが、それは精妙で冷徹な集中力の為せる技である。


 怒りと興奮に我を忘れ、全身の制御を疎かにすれば、負傷は免れ得ない。


 「ちょっと痛むかもしれません。歯を食いしばって」


 傷ついたトリーシャの腹部に向けて、ウルリカが手にしたスプレー缶から吹き付けるのは、消毒と治癒の成分を含んだ薬液と、損傷した組織を補充する生体触媒の混合液である。


 ただ噴霧するのみでなく、生体触媒を操作し、傷口や内部の損傷を処置しなければ効果はないが、ウルリカにはその知見と技術がある。

 あまりにも竜を撃ち落としすぎることから、周囲からは攻撃役と勘違いされている節もあるが、彼女の本職は、衛生兵メディックと表す方が適切だった。


 「もう少し。大丈夫……ゆっくり呼吸してください」


 ウルリカの指示に従い、つとめて抑えた呼気とともに、治療に伴う苦痛に耐え、声なき悲鳴を上げるトリーシャの口角から、一筋の鮮血が漏れて流れるのを、鼎は横目に留めている。


 「まったく、ウチの稼ぎ頭を傷つけやがって……タダで済むと思うなよ、蜥蜴トカゲ野郎」


 その挑発の意味に気づいたのか、一瞬だけ浮かんだ疑問の表情は、すぐさま怒りに塗りつぶされた。 

 もはや何も言葉はない。互いに構えをとり、睨み合う──その戦士竜の足下に、多数の赤熱点がゆるゆると迫っている。


 それに気づいた時、すでに退避のため跳ぶ足場さえ、埋め尽くされていた。

 意地悪な笑みを浮かべる鼎が指を鳴らすと、全ての点から爆炎が上がった。 

 しかし、仕留めるには至らず。炎を裂いて出る戦士竜の姿があった。さらにその落下地点には、同じ赤熱の点が設置されているのを、戦士竜は横目に捉えており、身をよじってそれを避ける。


 「同じ手を食うと──」

 「──まさか、思ってないさ」


 無理な態勢、一瞬の隙。そこには、槌のようなものを振りかぶった鼎が待ち構えていた。そのまま、全力で戦士竜の頭部に振り下ろす。

 いっそ気持ちのいい程の高音が響いて、生じた衝撃の程を周囲に知らしめる。


 「見せたことがなかったかな? これが俗に言う、魔女のほうきだ。なかなか洒落てるだ──ろっ‼」


 昏倒したか、動かない戦士竜へ、さらにもう一振り。

 今度は槌から炎を吹き出させ、加速度を付与してのフルスイングだった。

 今一度、高音──だが、鼎の表情は苦い。槌は振り抜けず、戦士流の掌に収まっていた為だ。


 よくも、という憤怒の視線を受け、鼎は槌を手放して後方に跳ぶ。

戦士竜が追いすがるが、赤熱の点を警戒してその一歩目がわずかに遅れる。

 そこを見逃す鼎ではなかった。


 指を鳴らすと、未だ戦士竜の掌に収まったままの槌が、炸裂した。

 三度、爆炎に包まれた戦士竜へ、さらなる一撃を見舞わんと踏み出す鼎だったが、その視界の端に、何か閃くものを認めて硬直した。


 いまだ火勢盛んな筈の、その中で。

 焼き焦がされながらも、目を細めることさえせず、目尻から光輝を引いて、戦士竜はまっすぐに鼎へと狙いを定めている。

 呪うような視線に突き刺され、鼎は大きく後ろへ跳ぶが、戦士竜の間合いを脱するには遠い。


 案の定、炎の渦を脱した戦士竜の振るう矛は、ほんの一瞬で鼎の鼻先に肉迫するも、そこで止まる。 

 振り落とされた矛の刃先を、鼎が発生させた粘度の高い水の塊が包み込んでいた。


 すぐに引きちぎって、また振り落として来るも、その度に水塊で絡め取る。

 どうにか押し留めているが、攻め手の優位は圧倒的に戦士竜に占められている。


 「鼎! ちょっと、しっかりしなさい!」

 「副長、まだ動いちゃダメです!」


 ウルリカに肩を抑えられ、トリーシャは歯を噛む。


  ──おい! 怪我人は安静に!

 「よそ見しないで!」


 鼎が目を逸らしたのは、隙とさえ言えない刹那の間だったが、戦士竜にはそれで充分だった。

 矛と水塊が衝突する寸前、戦士竜は手首を返してそれを避けると、矛の柄で鼎の脚を払った。


 「うおっ」


 鼎は、為すすべなく転倒。

 その上には、大上段から、既に矛を振り落としている戦士竜の姿があった。

 ウルリカの静止を振り切ろうとするトリーシャが速いか──静止するのも忘れ、帽子から銃火器を取り出そうとするウルリカが速いか。


 そのどちらも間に合いそうにないことを、オリビアは予感し、障壁を展開すべく、手を伸ばす。 

 戦士竜の狙った、鼎の眉間。

 その一点に、誰もが血眼を向けていた。

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