僕たちのエンドロール ④

 病室を開けると、部屋内にいた人たちの視線がこちらに集まった。

 年老いた老人がベッドに寝ており、その周りを家族と思しき人たちと医師が取り囲んでいる。夕日が窓から差し込んでいて逆光になっており、皆の表情はよく見えない。老人の顔には生気があまり感じられず、もう長くないことが伺える。

 その中の一人が言った。

「あの、ごめんなさい。この人は重い病気なの。病気が移ると危ないから家族以外の人とは面会は許されていなくて……」

 その女性を遮るようにして、夫と思しき人物が手を挙げた。

「その人は……その人は、大丈夫なんだ。だから大丈夫だ」

 曖昧な物言いに妻は納得はしなかったが、こんな小さな子がわざわざ最期を看取りに来てくれたのだから、無理やり追い返すのも悪いと思ったのか受け入れてくれた。

 近づくと老人は皺の染みついたてを挙げた。私はその手を取る。彼の手を取ったことは何どもあった。それとは違う感触だった。老人はもはやもう声を出すこともままならないようだった。

 私は聞く。

「幸せだったか?」

 老人は頷いた。

 私は瞬きをした。


 気が付いたら、田舎の道を歩いていた。

 日差しが強く、アスファルトが溶けて靴の裏にへばりついているような錯覚を覚えた。蛾の群れが列をなして飛んでいたので目で追う。蛾がなだらかな坂を越えると、入れ違うように、葬列が現れた。

 喪服を着たその人たちは、近くの料亭に向かっているはずだ。私は予定通りその列に加わる。

「あなたおじいちゃんのお知り合い?」

 列の一人の少女が私に向かって訊ねる。

 私はゆっくりと頷いた。

「そう、古い知り合い」

「『古い』ってへんなの。あなたわたしと同じくらいの歳じゃないの?」

 まあいろいろあるんだよと、曖昧に流す。そのまま料亭に入り、懐石料理を頂いた。皆が故人の話題に花を咲かせていた。私は今世では彼とあまり時間を共有していないので、少し疎外感を感じた。

 退屈そうな私の表情を察したのか先ほどの少女が、話しかけてきた。

「おじいちゃんってどんな人だったの」

「それはむしろ私のほうが聞きたいかな」

「えー。まあ結構変な人だったかな。最後にもなんか詩を教えてくれたし」

「詩?」

「一番大切な詩なんだって」

 そう、と私は微笑んだ。

「あなたもその詩を大切にしてね」

 私は瞬きをした。


 いつものように河川敷で本を読む。

 数十年前広場だった場所は、堤防を強化した時になくなっていた。

 この町も子供の数がかなり減っていてここ数年では小学生は二、三回しか見たことがないような気がする。

 ページをめくる。いつものように断片を拾うようにして文字を読む。

 いつの間にか主人公が死んでて驚いた。主人公の回想だと思ってたのに、視点が変わったりした。

 こんな読み方をしていると、彼がまた顔を顰めるのだろうなと、懐かしい思い出に浸る。

「あ、あの何を読んでいるんですか」

 見上げると小学生ぐらいの男子がいた。

 気が弱そうで、大人しそうな子だった。

「いえ、あの、最近外で子供を見かけないので、友達もあんまりいなくて、だからその、気になってて、その」

 そういえばと思い出す。『不意に「何を読んでるの」と聞かれて話に花が咲くことはないと』誰かが言っていた。そんなことはないと私は反論したが、それを証明したくなった。

 私は瞬きをした。

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