地図と錬金術の魔女と橋男 七話
「この先は危ない。人狩騎士がでるぞ」
「あなたは?」
「この山のふもとの村に住んでいる者だ。時折野草を取りにこのあたりによくくる。しかし、ここから山を二つほど超えると霧の濃い湿地が広がっている。そして見えづらい視界に隠れて、人を襲う鎧を着た存在が襲い掛かってくるんだ。男かも女かもわからない」
「あなたは大丈夫なのかい? こんな場所まで来て」魔女は馬の腰を撫でていた。
「あいつは縄張り意識のようなものを持っていて、霧の出ていない所には絶対来ない」
「霧で隠れていないと、襲えない臆病者なんじゃないですか?」と僕。
「そうかもしれないな。しかしそうじゃないかもしれない」
老人は曖昧なことを言う。
とはいっても、この道を通らなければ、次の目的地にはいけやしない。だからその人狩騎士と戦うなり隠れながら進むなりで、何とか進まなくてはいけない。
そういうと老人は無理には止めないと、その場を去っていった。
「で? どう思う」
と魔女さまは馬に乗りつつ、僕は地面を歩く。
「野盗ですかね」
「ただの金目当てなら、君なら負けない程度には鍛えたはずだ」
「もちろんです。ですが少々名前が大層ですね。案外強いのかも」
「死なないにしても、停滞するのは避けたいが」
「準備はしておきたいですね」
武器を整え、僕たちは湿地へ向かった。
その人狩騎士とやらが襲い掛かってきたのは、縄張りとやらに入ってすぐだった。
◆ ◆ ◆
ぼんやりとした霧の向こうから、巨大な影が豪速で迫ってくるのを察した。
そのまま僕は踏み込み長剣を振り下ろし、来るべき衝撃に備える。
相手は黒くさびた鎧を着た姿をしていた。
僕はランタンを地面にたたきつけて、叫ぶ。
「下がってください魔女様」
――戦闘型妖精結晶『カンム』起動。
地面に落ちたランタンの炎が、輪となって僕の体を包んだ。
《###恐らく次の相手の動作は剣を上段から振りかぶり、縦に振り下ろす》
妖精結晶が相手の動きを予測し、次の動作を教えてくれる。僕は言われたとおりに横に飛び、横一文字に切り裂く。しかし相手方もそれを予測していたのか、剣を放し後ろに飛んだ。
《###重心が右に傾いている。武器を大量に隠し持っていることが予測される》
鎧の懐からナイフを取り出し後退しながら投げてきた。僕は一本をいなし、三本をかわしたが一本だけ刺さってしまう。だが不死なので注意を払わずに、そのまま突っ込む。時計の針の音がした。
――次の瞬間ナイフが爆ぜた。
右肩が付け根から抉れていた。爆発煙により、視界が悪い。
《###起爆式ナイフです》
あと0.1秒早くほしい情報だった。慌てる僕にかまわず、鎧は迫ってくる。
「きええええええええええあ!」
無骨な鎧に似合わない狂声をあげながら、無骨な鎧に似合わない速さで僕に飛びつき、瓶を頭にぶつけてきた。強い酸を浴びたように顔が熱い。恐らく聖水だろう。
そして続けざまに顔面にナイフをめった刺しにしてくる。
《###起爆式ナイフです》
今度は爆発する前に知らせてくれた。でももう間に合わない。次の瞬間には顔面が爆発した。
鎧を着た人は、それを確認したのか、馬で遠ざかる魔女様に狙いを定めたようだ。ちなみに何故顔面が爆ぜたのに見えるのかと言うと、爆発の瞬間眼球を視神経ごと外し、逃がしていたからだった。恐らく今僕は凄い化け物のような見た目をしているだろう。早く治療をしなければ
懐から軟膏を取り出し、爆発したナイフの破片に塗りたくる。するとナイフの破片が密集していき、元の形をとっていった。さらに顔面の肉がすごい勢いで集まってくる。まだ見れたものではないが、ある程度は考えられるぐらいには、脳味噌も復活した。
錬金術の概念に武器軟膏というものがある。傷そのものではなく、傷をつけた武器に軟膏を塗ると、傷が治療できるというものだ。血の中の精気は武器についた血液の精気と共感している。そして武器に軟膏を塗ることによって、この軟膏の成分がもとの体へと伝わり、傷が回復するという理屈のようだった。
『地図と錬金術の魔女』は当然錬金術にも精通していて、なおかつ巨大な力を持つ魔女なので、当然そんな彼女の作った軟膏は巨大な力を持つ。何故かバラバラになった武器が戻る程度に。連動する傷の治りも常識外れに早める程度に。もちろん僕が不死兵だからこそできる芸当だったわけだが。
さてと。
僕は魔女様を追いかけていく、黒い騎士に視線を戻す、馬に乗った魔女に迫っている。どう見ても鎧を着た速さではない。恐らく自身の動きを誤認させるための鎧だ。防御力はそこまでで、速度強化に特化した鎧なのだろう。
僕は足の骨をそのまま折った。膝から鉄の棒を入れて固定する。
人の足の形とは自然界において、そこまで速く走れるようにはできていない。だから一時的にちょうどいい形に改造する。ほんの少しの間だけ、この世界のだれよりも早く走れるぐらいに。ほんの少しだけ。
腰を落とす。剣に手をつけた。腰を上げる。
誰よりも
速く。
速く。
速く。
すべての視界が後方に回る。
一瞬で三百歩の距離を詰め背後から鎧の首に向かって切りかかる。
金属音・重低音・肉の抉る音・骨の抉る音・命をえぐる音・浅い・ならばもう一度・横転・刺す・刺す・刺す・ひるんだ相手の首に・狩るような蹴りを入れた・そして斬撃・横一文字・曲線を描く・相手の首が大きく宙を舞う・念のため・肺をつぶす・四肢をもぐ・心臓をえぐる・脳を刻む・聖水を巻く・切断して・切断して・切断して・切断した
そして首が地面に落ちた。動く気配はない。
「ご苦労さま」
魔女様が馬の上から声をかけてきた。僕はため息をつき、振り返ってほほ笑んだ。
「うわ、ひどい顔」魔女は顔をゆがめる。
「ひどいですよ。結構頑張ったんですし。魔女様も結構危なかったんでしょ?」
「まあね」
魔女が視線を堕ちた首に向けた。それを察して僕はその兜を取り外した。
そこには先ほど注意をしてくれた老人の顔があった。
「えっと、これはつまりどういうことです?」
「注意喚起をするふりをしていて、人狩騎士は彼だった、と言う話だろうね」
「……なんというかひどい話ですね。彼の戦法も不死の僕だったからよかったものの――いやよくはないんですが――死ぬ人にやるには残酷すぎますし」
「おっ、他人の命を些末にするものを残酷と思えるとは、私の教育が活きてきたね。……まあ今日は悪党が滅びたことを祝い、被害がそこそこだったことに喜ぼう」
さてさて、その後僕たちは無事鉋の国で目的を終えることが出来たのだった。帰る途中、実は人狩騎士は山賊村の人間が交代しながら務めていたということがわかり、僕たちはまた複数の人狩騎士と戦うことになったのはまた別の話。
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