地図と錬金術の魔女と橋男 三話

 大きな門の扉を開く。六百年ぶりの外だった。

 投獄される前に見た景色とはかなり変わってはいるが、別にここが故郷というわけでもないので、無情はあまり感じない。かつて栄えた砂漠都市だった国は、砂に埋もれた廃墟が所々に顔を出すばかりだった。手を祈りの形にしたひび割れた女神の像が倒れているのは、絵面としては出来すぎて気持ちが悪い。

「では行きましょうか魔女さま」

 私を迎えに来たという男が言った。屍の国の兵士と言うものは、服さえも貴重なので、ほぼ裸だという話を昔聞いたことがあるが、さすがに使者である彼はそれなりにちゃんとした格好をしていた。顔の造形も少年と言えるほど幼く、整っている。それを見て思い出すのが一部の不死者は痛みが鈍化している分、顔面に針金等を入れて形を作り替えている場合が多いということだ。別にそれが悪いことだとは思わないが(現に私も多少外見はいじっている)、不死者でそれを行うのは大抵富裕層のための観賞用として自身を売り込むためだ。先ほどの会話で彼もまたそのひとりであるとわかった。

 投獄中は意識があったわけではない。目の前の彼は体感的に何百才だろうが、私はまだまだ小娘だ。舐められるわけにはいかない。

「ところで、魔女様。こう、魔法か何かで飛んで帰るというわけにはいかないのですか?」

「いかない」

「そうですか」

 特に疑問に思うわけでもなく、彼はまた前を向いた。ため息をつく。

 少しだけ冷や汗をかく。

 何故? と聞かれたら返す言葉を何通りも要してたが、杞憂に終わったようだ。

 しかし、聞いてくれれば出来ない理由を説明し自身の立ち位置に説得力を得られたかもしれないのにとも思う。

 私に世界を滅ぼす力はあった。しかしそれ以外には大したことはできなかった


 魔女じゃないわけではない。錬金術と地図の魔女は伊達ではなかった。一応地域では一番優れた魔術師であるという自負はあった。ただ世界的に見ればそこそこという程度だ。そこそこ程度ではすぐに死んだり死ぬよりつらい目にあいがちなのがこの世界だ。まずは自分を守る従者がいる。だから今回の『仕事』にも対価を求めなかった。対価を求めないということは永遠に借りができるということだ。

 私が生まれた場所は塩に埋もれていた。

 第六次大規模魔女災害の元凶である『塩と嵐の魔女』。暴走した彼女の作った塩を降らせる巨大な嵐は、大陸南部からなだらかな曲線を描きながらに北へ進み、いくつもの国を不毛の地とした。『塩と嵐の魔女』による災害は他の大規模魔女災害に比べて直接的な死人は多くなかったが、数えきれないほどの農地をつぶし山の木々を枯らした。それにより餓死した任数は100万人と言われ、その3倍の人数が難民と化し、他国に逃れた。私が住んでいたのはそんな塩害のあった地域の一つ。

 他国に住めなかった人たちが何とか長い時間をかけて作物を育てることができるようになったほんの小さな町で私は育った。

 塩の浸食と言う共通の脅威があるのにもかかわらず、その町の人間はあまり協力をしない。自分のことは自分でやるよう言われ、生き残りたければ何でもやる必要があった。信じられるのは家族だけ。ただ環境が違っても私は多分悪党として生きてきたような予感が何となくあった。ただあの自分のルーツを、あのクソみたいな町によって作られたことを拒否したいのだけかもしれない。

 私の才能があった魔術は、人身売買と薬物の売買に向いていた。そして兄は商売の才能が有り、私たちは二人で協力し成りあがった。ただそれらは塩の街では合法だったが、他国では違法であり、それを承知で他国で商売をしていたら、金の臭いを嗅ぎつけた者たちが集まり仲間となりギャングまがいのことをしているな、と思ったら既にそれなりの大きな家族ファミリーとなった。

 兄の言葉を時おり思い出すことがある。

「いやいや世界を滅ぼすことなんて誰にでもできるもんだよ」

 そんな兄も私を裏切った。おかげで600年も幽閉されることになったわけだ。


「それでどうやって僕の国を終わらせてくれるんですか?」

「私が一人やるのではない。それが可能な魔女を開放する」

「あっ、仲介をしてくれるんですね。それはありがたい」

「いや、交渉も君がやるんだよ」

「……そうですか」


 彼はすでに自分の名前もあまり覚えていないようだった。「橋男ブリッジマンとでも呼んでください」とはいったが。

 それでその魔女がいるのがあの塔だ。と私は傾いている建物を指さした。周りには、ゴーレム兵がうろついている。

「あれを全部壊せ」

「でもあれのうちの一つが僕をここまで運んできてくれたんでしょう? 少し気が進みませんね」

「優先順位で考えたまえ。恩を返すのが必要か、それとも自国を終わらせてくれる魔女の命令を聞くのが先か」

「わかってますよ」


 橋男はそういうと、錆びたロングソードを手にもって突っ込んでいった。

 そして殴りかかってきたゴーレムに頭をつぶされ、その場に倒れた。


 彼の戦い方はまあ不死兵によくあるものをしていた。すなわち不死身の肉体をつかってむやみやたらに突っ込むというものだ。本来なら頭がつぶれると記憶の大部分が失われまた同じことを繰り返すが、それを防ぐために妖精結晶に記憶させているのだろう。

 ただあまり再生速度も速くないのか、一回死ぬごとに三時間ほど時間をかけてよみがえり、また死ぬのを繰り返し、三度ほど同じことを繰り返しようやく一体のゴーレムを倒していた。これは時間がかかりそうだと、私は貯蔵庫があった場所のあたりをつけて、酒を取りに行った。腐ってるがまあいい、どうせ飲んでも死なないのだから。瓦礫の山にテーブルと椅子を持ってきて、蒸留酒を飲んだ。そろそろ二体目を倒したのかなと思ったら、まだてこずってるようだ。力押しじゃ勝てないと悟ったのか、間接に肉を入り込ませて、再生により内側から壊すという気の長い戦法もとっていた。そろそろ酒だけでは間を持たすのが辛くなってきたので、つまみもほしい。自分の肉を干し肉に変えてしまおうかと思ったが、それをやると肉体以外の何かを失う気がするので、また別の貯蔵庫後に向かう。すると、さすがに600年の月日の流れは残酷で何もなかった。

 つまみはあきらめよう。

 私はまた蒸留酒に口をつけた。


 それから一か月ほど経過したころようやく、ゴーレムたちの停止に成功し、砂の国のシステムを完全停止することができた。主もいずに長年稼働し続けていたシステムはようやく眠りにつくことが出来たのだった。

「まあ彼らが眠りたがっていたかはわからないがね。結局のところ我々が邪魔だったから壊したと正当化せずにいようではないか。それはそうと今回の戦いは屍の国の安眠のための重要なデータとなりうるだろう。ごくろうと言っておこう……いや聞いてないか」

 ひき肉となった橋男に声をかけながら、私は他の魔女の塔にむかった。

 まず一つ目。

 仰々しくも禍々しい金属の扉で閉ざされた部屋の入り口を何とか開ける。

 確か牢屋の主は第五次大規模魔女災害の原因である『火と泥の魔女』。もっとも単純で凶悪な魔女災害と言われ、巨大な延焼し続ける泥が世界中を同時多発的に襲い、一千万人の死者を出した。

 しかし牢屋には人骨が一人分あるばかりだった。

 魔女は喉頭隆起が特殊な形をしていて、終末級の魔女はさらにその中でも特殊な形をしている。白骨を見る限り、誰かと入れ替わった様子もない。現世に生まれたことを呪っていたと聞くし、さっさとおさらばしたのだろうか。

 死んだのなら仕方がない、とは割り切れないがどうしようもないのには変わらないので次に行く。

 第三次大規模魔女災害の原因である『生と肉体の魔女』が囚われている場所のはずだった。大国であるすずとの契約で国の出生率を零にし、またかの国の民と交わった者も、同じ呪いにかかるようにしたという。直接的な死者はいないが、呪いの伝播を恐れた他国との戦争により600万人が死んだ。信条的には今回の我々の目的に賛同してくれるのではないだろうか。

 しかし、今回も先ほどと同じようなものだった。

 さすがに少し焦りが生まれる。

 次へ行こう。

『月と海図の魔女』

 月の軌道を変え、世界中に異常気象を引き起こした。すぐに戻したが、推定死者は200万人ほど。

 扉を開けると腐臭がした。恐らく半年ほど前までは生きていたのだろう。

 次。

『鼠と愛の魔女』

 リンの国の出生率を極限にまで上げ、人口爆発を起こし食糧難などを起こした。

 今度は骨さえ残っていない。名前の通り鼠に食べられたのだろうか。

「ぜんぜんだめじゃないですか」

 うわっ、と私は急に後ろから声を掛けられ飛びあがりそうになったが、何とかこらえる。再生した橋男が、裸で後ろに立っていた。

 私は軽く咳ばらいをして答える。

「いや、なに、多少の予想外ではあるが、想定の範囲内ではあるよ。いなかったらいなかったらで、面倒ではあるがやりようはある。まあ次が本命なので」


『星と瞳の魔女』

『血と切断の魔女』

『雷と列車の魔女』

『神話と心臓の魔女』

『冬鐘と綻の魔女』


 どれも駄目だった。皆が死んでいる。

 不死の病とは別に魔女の不死性は技術的なものだ。自らを魔法で改造し、長らく生きる。自分からなったために、死のうと思えばいつでも死ねる。皆が皆この世界に飽きたということだろうか。


 私は考えつつも、答えは出なかったので、あきらめて何とかなりそうなものを探す旅に出る必要があると考えた。一人は危険なので、やはりこの男と共にいくことになる。

 私は瞬きをした。


 その後

 その後

 その後


 それから後の話だ。

 時に世界樹を切り落とし寝床とする、巨人と戦うことになる。時に自分を虫と思い、そのまま虫の王になった痴れた竜と話すことになる。時に猫が本となり本が猫となる図書館に迷い込むことになる。時に自分の遺骨が通貨となる国を通り過ぎることになる。時に山より大きな桜の花弁の裏側に都市を作り、そのまま風と共に地に落ちていく国々を見つめることになる。時に瞳の中に星を蓄え、目の見えない土龍つちりゅうに眼球を売りつける行商人と出会うことになる。

 共に戦い、共に夜を過ごし、共に食べ、共に何度も死んだ。


 ただしそれはまだ先の話だ。今はそのことは思い浮かばず、曖昧模糊とした感情を持ったまま、とりあえず言い訳を考える為に橋男と雑談を始めた。

 まずは行き先を決めなくては。

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