幕間 兼田颯

 人生で初めてできた彼女は、俺のような男には身に余るほど可愛くてしっかりした子だった。なんで彼女のような子が俺を、そう思ったが、どうやら彼女は俺がいいらしい。

 そんな可愛い彼女である有森千聖が、夏休みのある日、電話でとんでもないことを言い始めた。

「兼田君。奏多が死神になったって言っててね、私があと3日後に地震で死ぬって予言されたんだけど、どうしたらいいかな?」

 少し震える声でそう言う彼女は「どう信じればいいかもわからないし、どういうスタンスでこの話を噛み砕けばいいかわからないの」と続けた。確かにその通りだ。

 彼女が「奏多」と言う子は彼女の幼なじみの尾上奏多さんのことで、学年のちょっとした有名人。どんな有名人かはこの際割愛するけれど、とにかく俺も知らない人ではないんだ。

「うーん、ちょっと衝撃的すぎてなんて言ったらいいかわからないけど……千聖が考えて決めたことなら、どんな選択でも俺は応援するし、サポートしたいと思ってるよ」

「兼田君……ありがとう」

 結果彼女、千聖は尾上さんと死を免れるための旅に行くことにした。少し心配だけれど、いざ当日になると海の写真だったり、美味しそうな海産物の写真だったりが送られてきて、なんだかんだ二人で楽しんでいるのが伝わってきた。

 ところが彼女の旅の二日目、午前のことだった。その日は明け方からずっと、しとしと雨が降り続いていて、折角部活も休みなのに遊びに行くのも億劫だ、と自室で漫画を読んでいた。防災アラートがけたたましく鳴り響いて驚いて立ち上がると、その次の瞬間そのまま立っているのが困難なほどの大きな地震がきた。慌ててダイニングに行くと、食器棚から落ちた皿が割れて足の踏み場も無くなっていた。

 それからしばらくすると、彼女から心配のメッセージがきたから無事の旨を返信。

 その日は皿の片付けや、家の被害の現状の把握で一日が終わった。


 次の日、雨は降り続いている。余震も続いているし、家は山間部だし、そろそろ土砂崩れの心配が出てきたので、父親の車に乗り込んで走り出した。その時のことだ。一歩間に合わず俺たち家族を乗せた車が土砂崩れに巻き込まれた。車は乱暴に投げられたおもちゃのように天地が返り、すごい音を立て土砂に巻き込まれて行った。

 俺はちょうど握っていたスマホで転がる車内から彼女にメッセージを送った。

『土砂崩れ ヤバイ 今までありがとう』

 そのメッセージを送った後、更に俺は変なものを見た。

 金髪で白いワンピースを着た、瑠璃色の瞳をした女の子。その子と尾上さんが溶けていく変な映像だ。これが走馬灯ってやつなのか? でも、なんで尾上さん?

 映像と共に、俺の視界も途切れた。多分、もう戻らない。そんな確信があった。

 世界中のチャンネルが切り替えられるような、そんな感覚が走った。


 これが何かはわからないけれど、俺たちはもう、元の世界には帰れない。その変化は世界にとっては微々たるものかもしれない。しかし俺たちにとっては人生を揺るがす大変革。

 ああ、なんで俺はこんなことを考えているんだっけ。ああ、俺の彼女が笑っている。

 その横の女の子は? なんだっけ、誰だっけ、思い出せない。でもきっと、彼女の大切な人のはずだ。彼女、俺の彼女、彼女の名前はなんだっけ……。

 ……きっとこの感覚は、彼女がくれた最後の悪あがきで、最後の気遣いだ。

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