第6話 魔女はアップデートする

 ウチから私が的を作り、ソトから如實なおざねが撃ち抜いた、それで事務所を覆う悪霊の肉には穴が開いた。

 ウチとソトが繋がり、ソトのことわりが流れ込む。その瞬間に分かった。悪霊これは長谷井だ。長谷井の気が狂って事務所ごとお嬢を自分のものにしようとしている。

 ウチのことわりに巻かれている間は姿が見えなかった。こいつはずっと私たちをウチに入れて、私たちの会話を聞いていたのだ。私が長谷井の仕込みをお嬢にバラしたことも。

 だから撃ってきた。私の両膝を砕いた弾丸は長谷井が撃ったものだ。この異常な精度、悪霊としての力を使っている。

 床に倒れ込んだ私の周囲で空間がいている。びりびりと震える低音のとどろきが床との接触面から伝わる。執着、怒り、煮詰められた人間の欲も。

 まあ、ハナから狂ったタイプとは思ってた。でもそれ、やくざ界隈だと割と普通だからスルーしてたんだよね。基本、私ってやる気ないし。結局、お嬢の魔性がめんどくせえってことだよな。あれがなければ私も拙速に飛び込んできたりはしなかった。でもって、一度ウチのものになってしまった私単独ではもう長谷井を倒せない。まったく、紫煙の魔女スモーカーともあろう者が、何もかも失策しくってこのザマだよ。

 まあ一応、としりし魔女。理論上は長命だ。そのためのメンテ、っつーか命の増槽、最近は久し振りに何個か装備してあるから、つまり使い時は今だな。

 お嬢の悲鳴が聞こえる。どこからか分からない銃撃を見て橋口がお嬢をかばっている。両膝の激痛を無視して何とか上体を起こすと、悪霊の肉をブチ抜いた穴からは地上で見上げる如實なおざねの姿が見えた。

 驚愕に目を見開いている。何その顔、ウケるんですけど。

 ってかお前、ほんと健康そうになったよな。目玉以外は腐った死体がうっかり動いてるみたいな臭くて汚いガキだったのに。

 舌打ち一発で私のグロックは煙に戻る。舌先まで痺れているし、冷や汗と出血多量で身体も冷えているのが後から分かってくる、あまりいい傾向じゃない。それでも、黒い煙は白と紫に色を変えながら素早く流れて私の両足を包み込む。

 煙に脚を支えさせて私は立ち上がる。痛み、そんなものは切り分けた。魔女の意志をナメるな。魔法とは、異常化した潜在能力と意志でもってこの世に不自然を起こす技術。思念一本で魔性を飼い慣らす暴力だ。

 どんなことも、望めば起こせる。私の意志がある限り、命の残量がまだある限り。深紫色の星を無数に散らし、私がこの場を支配する。

 私は今から魔法を更新アップデートする。ルール解釈を拡張して運用変更だ。元々その幅は持たせていた。魔女の狡猾さ、まあ私に関して言えば能力に胡座あぐらをかいた雑さを甘く見ないでもらいたい。

 手にした煙草にはまだ火が点いている。当然だ、魔法は続く。まだ、使えるものがある。私は煙草の火を自分の胸に押し付けた。灼ける熱。煙。火傷を中心に、如實なおざねからも星のマークが見えるだろう。

 悪霊の咆哮よりも高く叫ぶ。

如實なおざね、私を撃て!」

 直後、背中側から、肩に着弾した。長谷井だ。衝撃と同時に煙を広げて身体を支える。口角が上がってしまう。血の味がする。鉄火場ってのは、こうじゃねぇとな。

「早く撃て。長谷井に私を殺させるな。お前が殺して!」

 分かるだろ、如實なおざね。お前は頭の良い子だから。

 私のまじないい子は、驚いて、戸惑って、それからどこか子供のような顔をしたが、すぐにSVT−40トカレフの銃口をこちらに向ける。そう、理解したな。よし。

 目が合う。もうあの倦み疲れた色をしていない。それ自体が、今日までお前が生きてきた結果そのものだ。

 信じる他人がいて、信じる自分の力がある。

 だからお前は撃てる。


 さあ、私が死んで眠っている間、雨をこの世の王とせよ。

 お前の意志が、魔法未来を創る。




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