第4話 魔女、魔性、弾丸

「怒っちゃった」

 語尾はぁと、って感じで言ったのだが橋口は険しい表情を崩さなかった。

「……お嬢も中にいるって言ったらマジでブチ切れた。自由に電話してきたってことは、迎えの人たち無事か分かんないよ」

 より険しくなった。まあな。

 で、この後すぐ如實なおざねは来るだろうから私はもう少しこの悪霊について知らねばならないのだが、今回何が不利かというと『中にいる』ことそれ自体である。この中、つまりウチにおいてことわりを握るのはこの悪霊自身だからだ。ソトのルールも感覚もねじ曲げてくる可能性がある。私がこの悪霊を知ろうとしても、私は今この悪霊のウチにある一部ということなので、循環参照が発生する。実際、気配がよく分からずうまく探れない。本当に失敗した。この私も焼きが回ったものである。

 しかし、今更仕方がない。お嬢には人の庇護欲をそそる異常な何かがあり、私は飛び込んできてしまった。このお嬢ときたら、かつて敵対する組の幹部にすら助けられたことがあるほどの実力なのだ。なんかもう暴力の域。私もこんなこととは思ってなかった。

 如實なおざねが雨の中、お嬢を運んでるのを見た時には、分からなかった。

 お嬢の持つ効果は、お嬢に意識がないと観測できない。それを私は、石川の知己として初めてお嬢に会ったその場で認識した。

 異常な人間だった。知り合った後で徐々に判明したが、この特性が原因でお嬢の周りでは何人もの人間が死んだり再起不能になったりしている。こういう人間を私たち魔女は『魔性』と呼ぶ。契約や代償やその意志によってではなく、元から魔法相当の力を発し、しかもコントロールできない特異な人間。

 ということは、如實なおざねは私と会う以前にお嬢と接点があったのかな。

 ……いや、今それどころではない。

「因みに他の人たちは」

と私は聞いた。

「お嬢がいるのに事務所に橋口あんただけってことはないよね」

「たまたま出払ってる。店の揉め事がいくつか重なってな。俺と長谷井さんだけこっちに。手薄になるんで、帰った奴らを呼び戻したところだった」

 じゃあそいつらが如實なおざねをピックアップに行って無事黙らされたってことか。寝起きに如實なおざねはまあ、不運だな。

 そうだ長谷井は、とお嬢が久し振りに喋った。もう泣き顔になっている。

 ああそうだよな、と私も思う。長谷井はどうした?

 あの雨の日、如實なおざねが運んだお嬢を自分が助けたことにして株を上げた、若頭の長谷井は。

「長谷井はいつも、助けてくれるのに」

 橋口が少し痛そうな顔をした。目下最大のライバルなんだろうね。それから橋口もお嬢も不思議そうな表情に変わった。私が笑ったからだ。

 何かもう潮時っぽいしな。魔女らしく人を惑わせていこうかな。

「長谷井はいつもあんたをめて利用してるよ、お嬢」

「え、」

「お嬢が別の組の男にストーカーされたのも学校で友達できなかったのも短大から辞めてくれって言われたのもシャブやめらんなかったのも長谷井の仕込みだし、キメて雨ン中にブッ倒れてたお嬢を助けたのはほんとは別の人間だ。長谷井は運ばれてきたお嬢を受け取って自分が拾ったと言っただけ。いつも長谷井がお嬢にトラブルを仕掛け、自分の印象を上げてる」

しゅうちゃん。何でそんなこと」

 何でって、私は魔女だから。

 私がまじなった如實なおざねを見ていたら、そのあたりは全部目に入ってきたから。

 魔女とまじない子、魔性と腹黒が、暴力とクスリと怪異にとろかされながら一所に集まる小さな地獄なんだよ、ここは。

 如實なおざねの気配がごく近い。私はぱちんと指を鳴らす。手元に紙巻煙草が一本現れる。くわえてもう一度指を鳴らす、火がく。

 深く吸い込んで、煙を吐いた。

 煙は見る間に白から紫へ色を変え、煙草を持った手を巻き込んで覆い隠した。密度を増しながら紫から黒へ。煙から強化プラスチックと金属へ。三秒も掛からず、私の手には愛用の拳銃グロックが握られる。

 気配。殺気。悪霊のウチにいるからどれが誰のものなのかどうにも渾然一体としているけれど、何にせよ私がするべきことは変わらないし、私の弾丸は如實なおざねに当たったりはしない。

「聞こえてんだろう、如實なおざね、ブチ抜いてこい!」

 腹から声を出した。手の中のグロック18Cはロングマガジン装着済み。既にフルオートで、ウチから悪霊の壁に着弾開始している。円を描くように。

 そのソトから、夜気を斬り裂いて一発の7.62ロシアンが突進してくるのを感じる。如實なおざね半自動小銃セミオートマチックライフルトカレフSVT−40から放たれた弾丸だ。

 私は紫煙の魔女スモーカーで、如實なおざね猟師ハンター。どちらも銃を使うが、それは外見上の話だ。姿など、意志と魔法の乗り物に過ぎない。から、飛ぶものの姿、概念を利用するというだけ。何なら矢でも手裏剣でも構わないが、たまたま私はグロック、如實なおざねはトカレフの姿使如實なおざねがどうしてそれを選択したのかは知らないが、とにかくライフルの姿の何かを使うからにはそいつは何かを遠く飛ばすことによる魔法を使うということだ。

 そして、本物の銃じゃないから、本物の銃や弾丸と同じ動きはしない。

 私の弾丸は私の望む場所に着弾し、如實なおざねの弾丸は如實なおざねの望む場所に当たる。それは人の目からは、有り得ざるホーミングに見えるだろう。

 如實なおざねの弾丸は空中でその軌道を変え、私が作った的に当たる。

 本人がそう望む限り、必ず。


 鋭い轟音が重なりながら鳴り響いて、そして。

 私の両膝が撃ち抜かれて血を噴いた。

 その瞬間、私は理解した。


 やっべ。



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