第3話 ―魔女の方が道具―

 私は紫煙の魔女スモーカーだ。

 その日もくわえ煙草で、お気に入りの深紫の傘を差して歩いていた。

 そうしてけぶる雨の向こうに私は、かつてのまじない子の姿を見た。

 意識のない、しょうもない裏町の姫を、大事そうに抱えて歩く影のような姿を。

 ああ、ここに居たのか。

 まだ生きていたのか。

 どんな風に、そのわずかな命を、

 今日まで繋いできたのか。

 ああを、

 おまえは、


 愛しているのか。



 路地の煙になって消えるその日まで。



 まじない子は愚かな姫をその居場所まで連れ帰り、人と顔を合わせまいと、雨をしのげる場所に彼女を寝かせて呼び鈴を押すなりその場を離れた。降りしきる雨の中に溶けるように。

 建物から出てきた男は、ずぶ濡れのお姫様を見て驚き、そして、姫を助けたのはその男ということになった。

 雨の中に消えた子のことは、誰も知らない。



 それを見届けて私は、酷く久し振りに石川のもとへ足を運んだ。

 私が預けたまじない子が、ずぶ濡れで帰ってきているのだろうから。


 私はそして、命の終わりということを考える。

 私がまじなった子供がその命を終える時、私自身はどうするのだろうか。

 私が殺すわけではない。求められた魔法に自ずと限界があるのだ。それでも構わないからと乞われて魔女は魔法を使う。

 魔法というものが何をするのかを最後まで見る責任があると、私は初めて思ったのだろう。使い手として。

 これほど長く魔女として生きてきて今更にも程があるけれど、つまり、魔女は主体ではないということだ。

 魔法と、魔法がもたらす効果を求める者とのなかだちをする存在に過ぎない。

 どうしてなんだろう。

 魔法を望む人間のことなんか、これまでは全然気にしていなかったのに。

 魔法と引き換えに命を獲れる、私が喰べる命がる木としか思っていなかったのに。

 どうして今回だけ、こんな風に。


 自分が生まれて殺された日の雨を思い出すからなのだろうか?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る