第2話 魔女のスマホは死ぬ

 とはいえ私は、特別戦闘に優れた魔女というわけではない。正直、喧嘩強い魔女ってのは攻撃魔法をコレクションした奇人か、元々物理の喧嘩が強いか、バチクソ頭がいいか、いずれにせよレア物なのだ。私は物理喧嘩派だったが今は流石に年を取ったし、そもそもここはやくざの事務所。いるのはただの人間でも、数が多いし飛び道具を持ってるから油断はできない。

 とりあえず、勝手知ったるビル内を走ってお嬢を探した。お嬢はあまり理性的な方じゃないから、一緒にいるという若衆の橋口が正気を保っているかどうかがカギである。

しゅうちゃん!」

 いつもの部屋から声がして、お嬢が顔を出している。

「他に誰いる? 如實なおざね呼んだ?」

 駆け寄りながら聞くと、呼びましたよ、と橋口の低い声が答えた。お嬢の後ろに立つ元柔道部を見て、あらら、と思う。ブチ切れていらっしゃる。

「……石川の野郎、半端な仕事しやがって。連絡つかねえって抜かすんでね、若い連中を迎えにやりました。あんたもですよ、逆宮さかみやさん。石川の師匠筋だっていうじゃないですか」

「ちょっとちげえんだけどな」

 なるほど、石川が失策しくったと思っているのだ。素人だから、石川が仕事したあとこの建物が明らかにのも分からないし石川の術の匂いも分からない。そして今いるこの悪霊が、石川の術の破れから出ているわけじゃないことも分からない。

 人間は見たものにストーリーを当てはめる。そしてやくざは、しくじりの落とし前を求める。微妙に面倒くさいことになってきた。

「迎えにって、如實なおざねを? 放っといても来るのに。石川のメンテ物件に何かあれば、あいつは黙ってない」

「どうだかね。織井組うちに仕掛けたい奴らはごまんといる。オヤジの恩を忘れて誰の靴舐めたか吐かせてやりますよ」

「盛大に誤解してんなあ……」

 如實なおざね、これめんどくせーことになってんぞ、と私は苦笑いした。思い込みは人類一般の性質、加えてやくざの人は基本的に刺す撃つ殴るのハードルが低い。魔女に比べても遥かに容易に一線を越えてくる。

 橋口こいつをいなしながらクソボケ悪霊の相手もできるかな? ……いやいや、割にめんどい気がする。やっぱ入ってこないで先に如實なおざねと合流したほうが話が早かった可能性あるな。うーん失敗した。

「とりあえずお嬢の安全確保が第一だ。逆宮さかみやさん、出口作ってもらいましょうかね。エレベーターも階段もあの変なもので埋まってるんで」

「難しいよ、ここ体内だから。怪異はまず原因が分からないと」

 ひたりと首筋に刃物が当たる感触があった。そうね、格闘技経験者、図体デカいのに猫みたいに動けるヤツいるよね。やだぁ、流石に首ごと飛ばされたら面倒くさい。

 面倒くさい橋口が面倒くさい面構えで私を見ていた。

「お願いしてるんじゃないんですよ。立場分かるか?」

「あんたがどう思ってるかは分かるよ」

 お嬢は口を挟まない。しつけが行き届いてるよね、緊急時は組の人間の判断をまず見る。

 それにしても、ここからの単独突破は本当に難しいんだがな。

如實なおざねに電話かけてもいーい?」

 片手に持ったスマホを揺らしながら私は言った。ガラスフィルムはバキバキに割れている。

「駄目だ」

「こういうのはウチとソトの両側からブチ抜くほうが安全なんだよ」

「あいつは石川の弟子だろ。何するか、」

 ぱりらりらるららりるぽん!

 スマホに着信があった。

 ぱりらりらるららりるぽん! ぱりらりらるららりるぽん!

 スマホに着信相手の名前が表示される。めちゃくちゃ珍しい。津々楽つづら如實なおざね、数少ない連絡先のひとつ。

「噂をすればよ。出るかんね」

 橋口はにらむが私の首を刺しはしなかった。

 大体、橋口が如實なおざねを気に入らない理由なんて知れている。お嬢を好きな橋口は如實なおざねがお嬢を好きなことに気づいてて根本的に気に入らないし、お嬢はどっちのことも知らないふりしてるってわけ。若人はすぐ恋とかするから面倒くせぇんだよな。

「はいよ如實なおざね生きてっか。当方悪霊の腹ン中」

ねえさん』

 如實なおざねの気配だ。ブチ切れる寸前の。

 ですよね〜。

『誰かが封を喰った』

「だな。石川がこんなヘマするはずない」

『中に入ったのか、ねえさん、そいつ相当たち悪いぞ』

「後の祭りよ。お嬢がいるもんだからつい来ちゃった」

 めきょ、と片手の中で何かがひしゃげ、こちらを見ていた橋口が表情を変えた。ひゃっ、と可愛い声を上げてお嬢が橋口の後ろに一歩引く。

 私のスマホが曲がってる。上辺と下辺が見事にねじれの位置に。画面はもう点灯していない。死んだ。

『……茉弥まやさんも中にいるのか』

 ああ、怒った。本気で。

 本気の津々楽つづら如實なおざねがどのくらい狂暴な生き物か、知っているのはこの世で唯一、私だけだ。




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