GUNS & SMOKERS
鍋島小骨
第1話 魔女は箒に乗らない
スマホに着信が来る。珍しい。
スマホに着信相手の名前が表示される。めちゃくちゃ珍しい。
暗闇で光って震えるスマホはそれ自体がなんだかもう異常だった。私は友達が少ないからだ。電話帳に入ってる連絡先は十もない。
「はぁい。お嬢、どうしたの」
『助けて
脳の天窓のようなところに私の魂、深紫の星が回転するのが感じられ、寝起きの頭が弾けるように覚醒した。
耳元で、ぱくくききき、と小さな音が広がる。一瞬後、それはスマホに貼った強化ガラスフィルムが急速に
変だね、と私も思う。通話から変なものが伝わってきてる。事務所? お嬢の、
『気持ち悪い、外に出られない! いま長谷井もいないし、石川さんも電話に出ないよどうしよう』
「石川は山ン中だから無理だよ。今から行く。お嬢、側に誰かいるか」
『うぅ……橋口ならいるぅ……』
橋口。まああの組ん中じゃ賢い方か。まだしもラッキーといえよう。
「すぐに行くから一人になんないこと。あと
『苦手……』
「言ってる場合かよ。橋口さんからでもいいから
ベッドを降り、玄関に向かう。スマホを宙に投げて浮かせ、片手を振ると身体の周りで深紫色の星が砕けて散る。寝汗でべとついた身体や髪がさらさらの清浄になり、星霧はするりと私に巻き付いて姿を変えた。まあ別に何てことのない、ゆるめのパーカーとスキニージーンズに。髪はポニテ、これが一番楽だ。そのままスニーカーに足を突っ込んでドアを開けて、夜の真ん中。
長年見てきた人間の街だ。
外廊下を走り、階段を駆け下りる。降りた所に深紫色のチャリが停めてある。舌打ち一発で鍵が外れ、ゆるりと走り出したそれに私は飛び乗った。
今どき街場に住む魔女は
ドブみたいな色の空の下でバチバチに明るい深夜の繁華街、タクシーと客引きと酔っぱらいの間を可能な限り直線に寄せて突っ切り、ラーメンとカラオケの匂いを斬り裂いて走り続ける。表通りから一本二本裏手に入ると、得体の知れない雑居ビルやマンションが並び、織井組の事務所もそこにある。
はずなのだが。
キッ、と音を立ててチャリを停める。
溜め息が出た。……そりゃあ変だよお嬢、確かにな。
織井組の事務所は、もこもこぬるぬるした気持ちの悪い黒い肉みたいなものに覆われてずぞずぞと
ええ……、と声が出た。
でも何で?
石川が封じ損なうはずないんだけどなあ。
私、
別に、学校の友達でも何でもない。石川繋がりだ。石川というのはこの辺りではちょっと知られた
織井組の縄張りの店舗で石川が仕事をした際、たまたま手伝った同業者の私をお嬢と組長が気に入った、とまあこういう単純な話であり、組長は過保護なので「親の稼業のせいで娘には友達がほとんどいない、是非仲良くしてやってくれ」と私に頭を下げることまでした。こちとら見た目はお嬢と同年代だもんな。お陰さまで、いかつい若頭や舎弟頭にまでさん付けで呼ばれることになってしまったし、私も基本的に暇なのでなんとなく付き合ってしまって今に至る。
まあ、友達だし、連絡受けてしまったから?
何とか状況を探るしかないんですかな?
非常にだるい。私はぱちんと指を鳴らす。手元に紙巻煙草が一本現れる。
深く吸い込んで、煙を吐いた。
煙は見る間に白から深紫へ色を変え、膨らんで私を覆い隠した。その煙ごと私は跳躍する。
事務所の隣のビルへ。非常階段や窓枠を足掛かりに外壁を駆け登り、織井組事務所のある六階まで。事務所側の窓が開いているのが見えた。夜中だけど喫煙者が多いので換気でもしていたんだろう、この際好都合だ。元々開いていた穴は、悪霊が建物を覆い尽くすにしろ一番最後になる。
周囲から黒い肉が窓を埋めようと迫っていた。
私は
さて――このクソボケ悪霊野郎にどうやって分からせてやろうか。魔女なんぞを腹ン中に入れて、あんた、ただでは済まないよ。
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