第2話 孤高の美少女
◇ ◆ ◇
「にしてもあいつ、ほんとにぼっくりやがったな……」
魔法士学園の講堂に向かいながら俺はため息をついた。お代はいらないと言っておきながら、優佑が請求してきたデバイスの整備費は片方5000円。両方で1万円にものぼった。「ツケにしておくさかい、出世払いでええで」とは言っていたが、これならばプロに任せた方がまだ安い。
優佑は春雷工業の御曹司で『雷電』のことを熟知しているとはいえ、一介の学生ごときが請求していい金額ではない……と思う。
次からは奴に整備を頼むのはやめよう。プロに頼むのを面倒くさがって同室という手軽さから声をかけたのが間違いだった。
──と後悔しながら講堂に入る。時間にはまだ余裕があったので、数百人近い人数を収容可能な生徒の姿はまばらだった。
壁内実習には、俺の所属する調査課の3クラスが参加するので、100人近くの生徒と10数人の教官が行動を共にする。そのため、一度この講堂に集まってから出発することになっていた。
俺は講堂後方の出入口に近い長机の端の席に腰掛けた。
ここなら講堂全体を見回す事ができるし、窓からも遠いので狙撃の心配もない。やりすぎだと思われるかもしれないが、俺はまだ完全に壁外の人間を信用していなかった。俺が壁の中の人間だとわかったら、奴らがどういう反応をするか、全く分からない。用心をするに越したことはない。
少しすると徐々に講堂の人口密度は上がり始め、それに伴って雑談をする生徒たちの話し声も大きくなっていった。もちろん友人と呼べるものが優佑くらいしか存在せず、その優佑に対する信頼も果てしなくゼロに近い俺には雑談する相手がいるはずもない。
仕方がないので、すぐ前の席でアサルトライフル型のデバイスを弄っている男生徒2人組の手元を観察していると、すーっと波が引くように講堂を静寂が包み込んでいった。
気づくと目の前の男生徒たちも手を止めて緊張した様子で身を縮こまらせている。
果たして──その元凶は俺のすぐ右隣に立っていた。気配を消していたのか、ただ単に俺の感覚が鈍かっただけか、すぐ側に立っている人影にこの瞬間まで全く気づいていなかったということに軽く恐怖を覚える。
その人影は、今は溢れんばかりの殺気をたたえているのがわかった。
恐る恐るそちらに視線を向けると、そこには大きなギターケースのようなものを背負った小柄な少女が一人。その深紅の瞳でこちらを睨みつけている。そう、他でもないこの俺をだ。
美しい白銀の髪はツインテールに結われ、機能性を重視するためか露出面積をやたらと多くカスタマイズされた制服からは雪のような透き通る肌が溢れんばかりにのぞいている。
こんな女の子の恨みを買うようなことをした記憶はないのだが。
俺が戸惑っていると、少女はその小さな唇を
「──チッ」
……? 聞き間違いではないだろうか? 確かにこの子今舌打ちを──
「邪魔。そこ、私の席なんだけど……」
少女の口から透明感のある音色が紡がれる。口調はかなり苛立っているようではあったのだが。
「おい、席なんて決まってないはずだぞ」
「今決めた。そこは私の席。どっか行って」
あまりにも少女がぞんざいな物言いをするので、俺も怒り心頭に発してしまった。
「そんな言い方ないだろ? どうしてもここがいいならちゃんと頼み方というものが──」
「うるさいな……雑魚のくせに」
「は……?」
俺が思わず立ち上がりかけると、左袖を誰かに軽く掴まれた。見ると前の席の男生徒のうちの一人が、俺の袖を引っ張りながら首を振っている。「手を出さない方がいい」ということだろうか? 事情は分からないが、講堂の静まり具合から察するに白銀の少女はかなり厄介な人物のようだ。
なによりも俺はこの後の計画のためにこの場で目立ってしまうというのは何としても避ける必要があった。
なんとか落ち着きを取り戻した俺は、黙って横の席にずれる。白銀の少女はその様子を見て少し表情を緩めると、何も言わずに空いたその席にギターケースをドサッと置き、立ち去ってしまった。用でも足しに行ったのだろうか?
講堂は再び喧噪に包まれる。
「なんだったんだあいつ……」
ひとりごちると、前の席の2人組がこちらを振り返りながら声をかけてきた。よく見ると同じクラスの2人だった。仲がいいわけではないがなんとなく見覚えがある。
「お前、やべえやつに目をつけられたな」
「あいつに喧嘩売ろうとするとかマジで寿命が縮むかとおもったわ」
口々にそう言いながらヘラヘラと笑う2人。他人事だと思って無責任な奴らだが、先程助けて貰ったのは事実のようなので、悪い気はしない。
「いや、喧嘩売ってきたのはあいつの方なんだが……」
「だよなー、分かるぜ。でもあれがリオンの平常運転というか……まあそういう奴なんだよ」
「知り合いか……?」
問いかけると2人は揃って首を振った。
「なわけねーだろ。でも有名人だな」
「そんなにか……」
2人のうちの1人が肩を竦める。
「知らねぇのか? あいつの名前は
「全然気づかなかった……あんなやついたか?」
「無理もねぇな。リオンは入学試験の成績があまりにも良すぎたのと本人の意向があって座学や基礎訓練は全て免除されてるのさ」
「多少のわがままは許されているということか……それが満を持して壁内実習で合流してきたって訳か」
「そゆことだ」
俺は隣の席に無造作に置かれたギターケースを眺めてみる。実習に持ってくるということは、これが彼女の得物なのだろう。大きさからしてスナイパーライフルとかそういう類だろうか。
「まあどちらにせよ関わらない方がいいぞ? ……ここだけの話、あいつ壁内出身という話もあるし」
「うわマジか! やべぇなそりゃ! ほんとにあんなやつにと一緒に実習なんて行っていいのか?」
「背中から撃たれたりするんじゃねぇか?」
「そりゃあマジで勘弁だわ……」
コソコソ話で盛り上がる男生徒たち。俺は席に座り直してその話の輪から外れる。やはりというか、壁内の人間はよく思われていないらしい。なおさら気をつけないといけない……と同時に俺はそのリオンという少女に少し興味を抱いたのも事実だった。
彼らの話が事実だとしたらリオンは俺と同じ壁内出身ということになる。──だとしたら、エンゼルフォールの原因や俺の家族のことも何か知っているかもしれない。
(まあ、あんな性格じゃあまり話しかけたくないな……)
そうこうしているうちに、教官が現れて実習の事前説明や注意喚起が行われる。リオンはその話も終盤になったあたりでひょっこりと戻ってきて、何食わぬ顔で席に座りつまらなそうに聞いていた。さすがは優等生様、いいご身分である。
「この実習は基本的に
教官はそう言って事前説明を締めくくった。
わずか不安と、わずかの期待に包まれながら、俺の初めての壁内実習は幕を開けたのだった。
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