白銀の魔弾
早見羽流
第一章:白銀の目覚め
第1話 魔法士学院
──その昔、世界は4体の天使によって支配されていたらしい。
首都の経済特区を巨大な『壁』で囲っていた日本においてもそれは例外ではなかった。
『ウリエル』『ミカエル』『ラファエル』『ガブリエル』。四大天使の名が冠された巨大な人工衛星が、人類を監視し統制することで世界は平穏を保っていたのだ。
だが、突如として平穏は地獄へと様変わりしてしまった。
──『
原因不明のトラブルによって四大天使は地に堕ち、その落下地点から現れた正体不明の生物『
蝕は通常兵器を受けつけず、倒すためには研究段階の特殊物質『マナ』を使うしかなかった。
──これは『マナ』を扱うことができる特別な人間『
◇ ◆ ◇
──それは唐突だった。
まずは雷が落ちたかのような轟音、そして直視できないほどの光。続けて衝撃波で家の窓ガラスという窓ガラスが粉々に砕け散り、全身を灼く熱線が襲いかかってきた。
一瞬──否、しばらく経っても何が起きたのか分からなかった。だが、俺がとるべき行動は決まっていた。
そう、その時俺は真っ先に家族の姿を探したのだ。優しかった両親と、大切な妹の姿を──。
その後のことはよく覚えていない。どうやってあの地獄のような世界から逃れて、『壁外』へ逃れてきたのか。どうやってあの『怪物ども』から逃げられたのか……。ついこの間の事のような気がするのに、記憶が曖昧なのだ。
ただただ必死で……手を引いてくれた誰かや隣で泣きながら走っていた誰かが知らないうちにどこかへ行っていて。
──壁外へ逃れられたごく少数の人々の中に、家族の姿はなかった。
それ以降、俺は家族を探すために魔法士を志した。そしてこの魔法士を育てることに特化した全寮制の高等学校にあたる『魔法士学園』に通っている。
そもそも日本において壁内は特権階級の人々が暮らす区域とされていた。だが実情はそうでも無い。壁自体が政府が勝手に作った建造物であり、その使途が不明な部分が多かったし、実際俺ら家族も特別裕福であったり、特別な仕事に就いていたわけでもない。ただただ「そこに住んでいた」だけなのだ。
しかし、壁外の人々の認識としては「壁内の奴らは利権をほしいままにするいけ好かないやつ」というのが通説だった。
当然のように、俺は自分が「壁内の人間だった」ということは、世話になった極小数の信頼できる人間にしか話していない。
それに──いつか壁内にはびこる『蝕』と呼ばれる魔物を駆逐して平穏を取り戻す。そして家族でまた暮らすのだ。──そう、強く決意していた。
「なんや、また
いつの間にか目の前に立っていた黒髪のルームメイトが、腰に手を当てながら呆れた声を上げた。どうやら俺は無意識にため息をついていたらしい。
「……」
「年がら年中そないなことでどうすんねん。──それともまた実技の点数が悪かったんか? 知らんけど」
黙っていたら人のプライベートにズケズケと踏み込んでくる。この黒髪ツンツン頭の少年は、訛りからでも分かるように壁内の人間ではない。それどころか、関西の遠方からわざわざ魔法士学園にやってきた物好きだ。どうせ大した志もなく入学したのだろう。そんなやつに俺の苦悩は分かるはずもない──否、分かってなるものか。
少しムッとした俺は彼の問いかけには答えずに、代わりにこんなことを口にしてみた。
「──明日だったな。初めての壁内実習は」
「ん? あぁ、なんやそうらしいなぁ。まあワイは
どこか人を小馬鹿にしたような口調が
──ついに、ついにだ。
滑り込みの低空飛行の成績で魔法士学園入学後、俺は数ヶ月の間この時を心待ちにしていた。壁内実習とはその名の通り、『蝕』の少ない安全な地域から壁内に入り、少しの間調査を行うという実習もとい魔法士見習いの初任務である。
俺はこの壁内実習で、離れ離れになってしまった家族の手がかりを掴もうと考えていた。
壁内実習では安全のために基本的に団体行動を強いられるが、教官が全生徒を監視しているわけではない。上手くいけば少しの間単独行動が可能だろう。そのために俺はできるだけクラスでは目立たないように立ち回ってきた。
友人と呼べるものは存在していない……はずだ。
懸念事項があるとすればそう──。
「なあ
「な、なんや藪から棒に……」
黒髪の少年の名前を呼んでみる。今まで同室にいながらもこちらから話しかけたことは無かったので、彼は少なからず驚いたようだ。顔を
「そういえばお前、『デバイス』に詳しかったよな?」
「せやけど……それがどないしたん?」
「俺の『デバイス』を少し見てくれないか?」
「ええけど……もちろんタダやないで? ちゃんと料金はもらうさかい……」
「わかってる」
俺は寝台の脇に置いてあった真新しいジェラルミンケースを持ってくると、黒髪の少年──
中には二丁の黒い拳銃が収められていた。『デバイス』。魔法士の武器だ。『マナ』を扱うための補助装置と言った方が分かりやすいだろうか。個人の『マナ』の質や戦闘スタイルによって様々なデバイスが存在するが、だいたいは銃器の形をなしている。詳しい理屈は分からないが、その方がマナを撃ち出しやすいのだという。
マナの総量が少ない俺にとって、高火力なデバイスを操ることは不可能だった。必然的に選ばれたのは取り回しのいい拳銃。名付けて『
途端に、「あんの遥斗が『デバイスを見てくれ』なんて、どないな風の吹き回しやねん。明日雪でも降るんとちゃうやろか? 真夏やのに……」などとブツブツ呟いていた優佑の動きが止まった。
「どうした? 何か問題でも──」
「じ、ジブン……これ……いや、ほんまかいなマジで……」
「あぁ? いや、これは学園から支給されたもので、一応新品のはずなんだが俺のマナに適応し──」
「ちゃう! ちゃうねんて!」
優佑は俺の言葉を大きな身振り手振りで遮った。
「ちゃうねん! ……嘘やろ、これはウチの──『
「春雷工業? いや、だからデバイスは学園から支給された……」
「あぁぁぁぁぁぁぁっ! ががががががっ!」
奇声を上げながらまたしても俺の言葉を遮った優佑は、俺のデバイスを取り上げてクルクルと手の上で回しながら穴が空くほどじっくりと眺めていく。なぜそんなにテンションが上がるのか、よく分からなかった。
「お代はいらん! ウチのデバイス使うてなにか不具合があったら社の信頼性を損ねるし、なによりワイは遥斗が雷電ちゃんを使うてくれることが嬉しいんや!」
「えっと……いまいち話が見えないんだが、つまり優佑って……」
俺は優佑の表情を窺った。寮生活は数ヶ月に及んでいたが、初めて彼の顔を正面から見たかもしれない。彼は思ったよりも整った顔をしていて、控えめに言って『イケメン』だった。そしてそのイケメンが今目の前で得意げに胸を張ってみせる。
「せや、ワイは日本第三位のデバイスメーカー『春雷工業』の御曹司、粂 優佑やで! ほなデバイスの調整やな、まかしとき!」
些かの不安があるのは事実だったが、あまりにも自信満々に言われてしまったのと、そもそも優佑に整備してくれと頼んだのは他でもない俺自身だった。
俺は一言「壊すなよ」とだけ釘を刺して、デバイスを優佑に託したのだった。
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