ケンタッキーを骨ごと飲み込む

ナンジョー 

第1話 続くのかも


    ケンタッキーを骨ごと飲み込む



 社会は不平等だ。その言葉が脳に浮かんでから一向に沈まない。いつもは何か考えても泡沫と同じく、消え失せ何も残らない。だが、不平等、不条理、という否定語が脳裏にこびりつき離れない。 生まれながらの能力、性格、容貌で人生の軌道が確定する。自分たちが望んで選択した訳でもないのに。努力すれば、頑張れば、何かいいことが起きる。人と交わることで社会的人格が生成される。等といった全ての物事を自らの力で決定できる、といった戯言、甘言、雑言を幼少期から脳髄の芯に刷り込まれる。所詮、社会の殆どのことは先天的特徴で判別される。出生した瞬間に生涯が決まる。水は低きところにしか自然状態では行かない。 私もそうだ。自分を客観的にみると、不適合者、根暗、コミュ障、といった様に否定的、悲観的にしか考えれない。自分を卑下することで自我を保っていると我ながらに思う。 私はそんな人間なのだ。 定職に就かず、フリーターとして非正規雇用を転々とする。負け組だ。現代資本主義が生み出した塵芥だ。 そう思いながら厳寒の寂れ町を歩く。 人とすれちがい、風化していく。自我が磨り減り、自分という存在が矮小になる。極限まで減る。  この冷たさの中を別に目的があって歩いているのではない。蝸牛の家に居ると自分と社会の境界が曖昧になる気がする。現在も体温が空気へ移り自分と周囲を同じになろうとしている。      

 町の大通りの半分程を過ぎたころ。水滴が肩に落ちた。霙に成れなかった水だ。雨の匂いがした。 その勢いは強く、夏の夕立の様な驟雨だ。生憎、傘を持っていない。何処かに雨宿りをしようと、通りを驟る。髪を濡らさぬ様フードを被る。そのせいで視界が狭く、暗くなる。すぐ近くのコンビニに駆け込んだ。フードを脱ぎ、広くなった視界の中を見渡す。俄雨から逃げるためここに来た人が私以外にもいた。何も買わないというも申し訳ないような罪悪感が湧き、スナックを買うことにした。久々にコンビニ来た。普段は宅配サービスを利用する。屈伸運動をすると膝から音がする。位置エネルギーが減った。  陳列棚を眺めていると背後から聲がした。 多分、私を呼んでいる。取り敢えず振り返ると、眼鏡をかけたこじゃれた男性がいた。彼は私の名前を知っているようだった。何故だろう。そう戸惑っていると彼は、忘れたの?俺だよ、ほら、中高一緒だった松本だよ。と語る。分かるのがさも当然かのように。脳の埃まみれの引き出しを探す。その男と思しき生き物が発見できた。モザイクの記憶と照らしたが彼の容姿は昔とは似ても似つかない。成長したのか、私の見る眼が変わったのか。それにしても、私の顔はすぐわかるくらい、高校の時から成長していないらしい。 彼は家に行ってなんか話そうよ、と言う。私に断る由を無いので彼についていく。通り雨はもう過ぎ去った。だが、曇天が広がっている。雨の匂いはまだ充満していた。     

 彼は私同様独身らしく、部屋に清潔感がない。彼は物を踏み分け、中央の小テーブルに手荷物を置き、その周りを楕円の形に整地する。どうぞ座ってよ、と彼は言う。ケンタッキーに行ってくるけどなんか食べる? 骨なしチキンで、了解、汚い部屋だけど自由にしといて。引き出しとかベッドの下とかあまり詮索しんといてねw。じゃあいってくるわぁ。と、言い残し彼は出て行った。私一人が残った。静寂が鳴った。彼と私の学生であった頃の関係を思い出したが、特に仲が良かったわけでもない。思い出そうとしなければ頭に浮かばないぐらいだ。 彼は何故、私を家に迎えたのか。私ならそうしない。彼は寂しかったのではないかと思った。 数十分後、彼はビニール袋を携えて戻ってきた。机の上にケンタッキーのチキンが入った容器を並べる。 遠慮しんで食べやー、と彼は言う。ちょっとトイレ行くから先に食べて。と視界から消えていった。部屋は鳥の死骸と私だけになった。生者はいない。 容器の蓋を取り除くとチキンがあった。胡椒が鼻腔を刺激する。手でそれをつかみかぶりつく。歯が固いものにあたった。骨だ。私は骨なしを頼んだのにと思うが、遠慮し萎縮し彼にはそのことを言わないようしようと思った。彼は未だトイレに行っている。ただひたすらその物体を噛んでいた。野犬のように骨にかぶりつく。大分削れた。嚙砕き飲み込む。鬱憤を晴らすように。棒キャンディの様に噛み砕く。もう一つ飲み込む。顎がつかれるくらいに。 彼がトイレから戻ってくる。食べた痕跡があるのに骨が残っていない。その事に気づいたようだ。訝しんでいる。しかし私は何も起きていないような平然とした面持ちで座っている。

 そこからは普通の他愛のない雑談で時間が流れた。 予定はなかったが、彼に予定があるから、と言い彼の家を出た。一応机に千円札を置いてきた。財布は金属だけになった。 私の体内は物質で満たされた。虚な無くなった。少し体が重いと感じた。私の胃が骨という異物に驚いているようだ。いずれそれらも消化され等しくなるのだろう。 不図、空を見上げると、雲がちぢれ隙間から青色が見えた。

 その空は誰もが平等に見ることがきた。  

(了)

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ケンタッキーを骨ごと飲み込む ナンジョー  @nanjoseiya

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