面をお貸しください。

壺天

面をお貸しください。

「たっく、マジ火葬くそだわ!」


 夜も丑三つ時。

 入国早々財布をられた相棒の伊吉が、悪態つきながら掘り返した土を乱暴に振りまく。

 おいおい、片付けるのが面倒だろうが。

 後先を考えた藍治が尻を蹴り上げれば、渋々気勢をおさめるがその顔は不満げだ。


「だってよぅ藍治ぃ。お国が火葬率99%とか無駄に高水準維持してなきゃ、俺らだって他所へ稼ぎ場を移す必要もなかったろぃ」


 おかげで俺ら『がしゃ』は商売あがったりだ。

 今度はすんと鼻を鳴らして、伊吉はしょんぼりシャベルを蹴る。


 そりゃ、藍治だって相棒の言い分は分からなくもない。

 お国はやはり故郷なだけに生きやすいし、つ国はなんだかんだやりづらい。

 藍治だって故郷に暮らせるものなら、そうしたかった。

 けれど、


「時代の流れってやつだろ。どうせ俺らみたいなのは生き方なんざ変えられねぇんだ。今まで通りやってくにゃぁ、ちゃんと商売できるとこを探す他あるめぇよ」


 というわけで、国を渡ったのはまさしく今朝だ。

 そして夜を待ち、シャベル片手に勇んでホテルを抜け出てきた。

 忍び込んだのは、昼に目星をつけた墓地。

 ずらっと並んだ墓標一つ一つに声をかけ、話のまとまった一つを掘り返している。


「おっしゃ! 出たぜ出たぜぇ~」


 なんだかんだ言いつつ掘り続け、ようやく顔を見せた仏に伊吉がニンマリする。

 墓は土葬だった。

 枯れちゃいるがまだ形のしっかりした髑髏を、藍治は丁寧に拾い上げる。


「おお、二枚目だねぇ旦那。さぞ若い頃はモテたろう」


 藍治から渡された髑髏をめつすがめつして、伊吉は仏を褒めそやす。

 するとどうだ。

 髑髏は然もありなんとばかり、歯を鳴らして笑いだした。

 旦那と呼ばれた仏は誇らしそうな気配を漂わせると、さて決めた通りにと伊吉へ頷く。


「ふ、ふ、ふ! おーけい任せな旦那。後は約束した通り、あんたは俺らに顔貸す代わり、一緒に夢の一夜を謳歌するって寸法だ!」


 いい女にうまい食いもん。

 金はがっぽりたんまり荒稼ぎ、ってな。


 言うが早いか、やに下がった伊吉の顔が、頭丸ごとふっと消える。

 そして空いた首に、伊吉は仏をげ置いた。

 途端、


「ほれよ、二枚目の一丁あがり」


 剽軽ひょうきんな伊吉の声はそのままに、これは見事なと肝を取られるような色男の顔が現れた。

 藍治たちが入国したこの国の、現地人まさしくといった顔立ち。

 伊吉は愛用の手鏡をうっとり眺めると、藍治に向かって別人の顔でにかっと笑った。


「こりゃ当たりだぜ藍治! この顔なら、金持ち女をたらし込むのも楽勝だ」

「おう、いい稼ぎが出来そうだな。期待してるぜ相棒」


 こりゃ早速いい面を手に入れたと、藍治もほくそ笑む。




 そう、何を隠そうこの二人。

 人骨さえあれば、自分の骨と挿げ替えて生前の他人の体を借り受けられるという『がしゃ』とあだ名される妖怪の端くれなのである。

 そんな己の性質を利用して二人が営む稼業は、有体に言えば悪質なヒモ。

 夜な夜な色男の仏に話を持ちかけて協力を取り付け、顔を借りると水もしたたるいい男に化けるのだ。

 そして街に繰り出し、金持ち女狙いで荒稼ぎ。

 妖の類ということを抜きにしても、まったく天道様のもとを歩けぬロクデナシなのである。

 協力する方もする方だと世の人は呆れるだろうが、仏も墓場で退屈している身の上だ。

 一晩とはいえ『がしゃ』と感覚を共有して生前のような悦楽を謳歌できると囁かれれば……落ちもする。

 元来、現世を外れれば法などあって無きの如し。

 享楽に飢えた仏も、ホイホイと乗ってくる訳である。


 法は人の範疇のもの。

 妖ものを裁く法はなし! とは、外道二人の謳い文句である。


「じゃ、さっさと藍治の面も探して街に出るか! いい女がこの二枚目を待ってるってな!」


 しかして、そう伊吉がシャベルを担いだ時だ。







魍魎もうりょうを裁く人の法はなくとも、魍魎を裁く魍魎の法はあるぞ?」


 がしょん!

 シャベルを持つ伊吉の腕に、重厚な手錠がかかる。

 途端にさっと青ざめたのは、藍治が先か、伊吉が先か。

 ぎぎぎと背後に現れた長身の陰を振りかえり、伊吉は「ははは……」と渇いて笑った。


「と、とっつぁ~ん…… なんでここに?」


「貴様らが入国したとの情報が国際夜警機関に届いた。全くこそこそと国を跨いで悪行を繰り返しおって。今晩という今晩は長期でブタ箱にぶち込むぞ」


 おいでなすったその男、まさしく夜の住人の取り締まりを司る者。

 悪行を繰り返す二人組とは長年の腐れ縁である墓守犬の刑事は、瞬く間に二人を縛り上げて墓地を歩き出した。


「いやだぁ! 折角久しぶりにいい思いができると思ったのにぃ! 俺の美人のおねーちゃんんん!」


「放せ犬っころ! 俺らの商売邪魔すんなあああ!」


 じたばたと暴れる小悪党共。

 折角掘り返した仏もぽろっと落ち、みっともなく身もだえる。


 そんな二人を担いだ妖魔法の番犬は、呆れた溜息をついて現地機関に向かうのだった。

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