しとしと呼ぶ
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しとしと呼ぶ
不躾に眺められれば、勿論気づきもするが。
「そうまであからさまなのも、どうであろう?
呆れ返って目前の雄を睨めば、鱗堂という
「いやぁ、そちらの里の方は生来豊穣の体を持つと聞き及んでいたが、こうも分かりやすいとは……と思いましてね。ところで、触っていいですか?」
そう言って示されたのが
肺を潰されているのかという程きつい晒があってさえ、閃也の乳房は人目を惹く。
最早慣れた視線だが、ここまで明け透けな目はこれまでなかった。
それは閃也が生まれ里の
だが鱗堂に関しては話が別だ。
軽薄な笑みのこの雄もまた、巫卜。
閃也と同格、しかも、
「
この春を待たずして
*
閃也。
声が呼ぶ。
閃也。
鱗持つ雄が
冬が逝った。
今年の月日を全うし、深々土へ沈んで、もうすぐ尾すら消えてゆく。
だから閃也と鱗堂は番う。
冬を見送り、季節の境に肌重ね合わせるが務めと、生まれより決まっていたから。
閃也は繰り返し己を呼ぶ雄を見上げた。
豊かな体に覆いかぶさる雄は、ずっと番の名を呼び続ける。
それが務めであるからと。
冬の終わりの曇る夜。
鱗堂の故郷に生まれる巫卜は、閃也の里の巫卜を夜通しかき抱きながら名を呼ぶ。
呼んで呼んで呼び続け、成し遂げろと課せられた務めを果たさねばならない。
だから、
ぽたぽた落ちる雫が決して雄から
「閃、や」
掠れる声が、
巫卜などと祀り立てられても、その実情など里によって違うと閃也も知っていた。
水の郷である鱗堂の故郷では、巫卜は
しかも必ず雄の赤子。
肌に美しい鱗を
『慰め児』と、他の里では侮蔑されるような。
そんな存在であると、優しい世界で生きてきた閃也ですら知っている。
「私が醜いですか」
鱗堂が笑う。
歪に顔を歪めて、閃也を見下ろしている。
閃也は声を控える。
熱に浮かさるたび漏れ出でる吐息を、鱗堂が苦しげに聞いているのを知っている。
「私に抱かれるのが、汚らわしいですか」
重ねられた問いは、はっきりと侮蔑であった。
番う雄の薄暗さを知りつつ、何でもないと肌を合わせる閃也の傲慢を暴く侮蔑だった。
けれど同時。
震える雄の細い肩は語っていた。
汚らわしいですか。
私は、汚らわしいですか。
会ったばかりだ。
務めを果たすため引き合わされ、周囲に望まれるまま番っただけの相手だ。
閃也は後ろ暗く揶揄される生まれという以外、鱗堂の事など知りもしない。
知らない、何も。
それでも、
「これほどまでに痛々しい貴方を、今以上に追い詰めるような性根だと思われるのは、全く心外だ」
閃也は貫いた。
激昂すら滲む声で、視線で、鱗堂を刺し殺す。
慟哭する雄は息を止め、眼を見開いた。
「鱗堂」
会って初めて、名を呼び捨てた。
名の音と似た儚い花を思わせる方と。
閃也は雷鳴を告げた。
「泣くなら泣け。だが、決して己を押し殺そうとするな。私は豊穣を呼ぶ巫卜。あなたの生涯を隣で共に行く者」
光が轟いた。
閨の外、雷光が雲海を裂き、瞬く間に空に月を導く。
「雨水の巫卜よ」
閃也は硬直した鱗堂を押し倒し、萌え広がる閃光の長髪を振り乱した。
まるで豊かな稲穂畑に似た髪に、
なめらかで染み一つなかった閃也の額に唐突に芽生えた、雷獣の証。
「私を呼んでくれる人よ。どうか泣け。その悲しみ、尽き果てるまで泣いてくれ。私はその雨を全て受け止めよう。貴方が泣いてくれるなら、その心を私に明け晒してくれるなら、」
私は全てを受け入れて、
他の誰のためでもない。
貴方のために春を呼ぼう。
「繰り返される春を、共に生きよう」
雷獣となった閃也の神気に触発され、鱗堂もまた、人形の殻を破っていた。
麗しい鱗の肌と尾ひれを打ち広げ、呆然と閃也を見上げていた。
その悲しみが、例えどれ程深くとも。
尽きぬ悲しみに貴方が泣いて、私を呼んでくれるなら。
私は何度でも雷鳴と共に春を呼ぶ。
降りしきれ、雨水の君よ。
私を空に走らせてくれる、ただ一人の人よ。
「私の、常春の番よ」
涙に暮れるとも、さぁ、共に春を呼ぼう。
*
昔。
蛟の巫卜と雷獣の巫卜は、
伝書にて著されるその様、まさに春雷春雨の如しであったと。
しとしと呼ぶ □□□ @koten-3
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