私は、悪の英雄

takemot

悪の英雄 

「ごめんなさい」


 深夜、誰もいない部屋で、私は謝罪の言葉を口にする。


 誰に向かって? そんなの決まっていない。家族にかもしれない。友人にかもしれない。赤の他人にかもしれない。この町の人達にかもしれない。世界中の人達にかもしれない。……私にかもしれない。


 でも、仕方がないんだ。私はここで、英雄にならなければならないんだ。そう、悪の英雄に。


 この世に、真に正義の英雄なんてものはいない。なぜなら、人間とは欲深い生き物なのだから。


 誰かの欲は、別の誰かの欲を妨げてしまう。時に、同調し、交じり合う欲があったとしても、必ずその欲に対する欲は存在する。自分にとっては、相手の欲は悪だし、相手にとっては、自分の欲は悪なのだ。


 真に正義の英雄なんてものがいるのならば、それは欲のない人のことをいうのだろう。


 つまり、欲を持っている私は、悪の英雄というわけだ。


 さあ、悪の英雄になる覚悟はもうとっくに決まっている。後は一歩を踏み出すだけ。


「ごめんなさい」


 なぜだろう。再びその言葉が私の口から飛び出した。


 ……もしかしたら、私は、正義の英雄になりたいのではないだろうか。


 私の口から、ふっと息が漏れる。


 明日から、頑張ってみよう……。


 そんなことを思いながら、私は、棚の中のカップラーメンに手を伸ばした。

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