第二十一話:罠
外は強い雨が降っていた。
その一滴一滴が重く、弾丸のように体を撃つ。
人はほとんどいない。普段なら部活の朝練に行く生徒がいるが、それもいない。たまにいた通行人は、訝しげな目を向けてきた。それも当然だろう。こんな雨の中、傘もささずカッパも着ていないのはおれしかいない。
けどそんなことは一切気にならなかった。
伊谷高校の旧校舎に行く。そしてこの事件を解決する。頭にあったのはそれだけだった。
勘でしかなかったが、小春と高砂は旧校舎にいる、という確信があった。
路地裏から出て、旧校舎へ向かう。少し先が見えなくなるくらい、雨はどんどん強くなっていた。
頭の中で色々なことがよぎる。
相棒だった小春。
どうしておれは彼女を裏切ってしまったんだろう。
言えばよかったじゃないか。きゅうはクラスメイトの高砂莉子かもしれないって。そして高砂は、おれのせいでボタニカロイドになったのかもしれないって。
小春はそれを咎めるだろう。おれを軽蔑するかもしれない。
けどそうしておけば、相棒を解消することになったとしても、あんなにも彼女を絶望させることはなかったはずだ。おれと小春は、それくらい信頼できる関係のはずだったじゃないか。信頼しようと思っていたからこそ、彼女はおれに信濃との過去について話したんじゃなかったのか。
そして、高砂。
おれは今度こそ殺される。
けど最期に高砂に殺されるのなら、これ以上ない終わりだ。
そうこうしているうちに、旧校舎に着いた。高砂がいるとしたら、ここの地下だろう。
正門には相変わらず警備員が二人いた。監視カメラも睨みをきかせている。敷地内には他の場所から入らねばならない。
警備員に見つからないように、加えて監視カメラに不審だと思われないように旧校舎敷地の周囲を歩く。どうにかして中に入らねばならない。一番簡単なのはフェンスを乗り越えることだ。高さはおれの身長の二、三倍くらいしかない。やろうと思えば可能だ。ただ、それだと流石に露骨過ぎるし、時間もそれなりにかかる。周囲の住人に見つかる可能性も高い。
理想は鍵のかかっていない裏口や、フェンスに開いた穴からの侵入だろう。
「……!」
そう思い歩いていた時だった。
「見つけた」
フェンスに穴が開いていた。位置としては、旧校舎の正面玄関と向かい合ってちょうど左に三十メートルくらいだ。
正門には警備員がいるが、他には誰もいない。強雨の早朝ということもあり、出歩く住人もいない。侵入するなら今かもしれない。
と思った矢先、視界の右端で光がちらついた。正門の方だ。
そちらに目を向けると、白色のバンが敷地内に入ろうとしているところだった。
慌ててフェンス越しに木の影に隠れる。
バンは水にぬかるんだグラウンドを横切り、正面玄関の前へ。
あのバンには見覚えがある。初めてここに調査に来た時、清掃員を名乗るボタニカロイド達が乗っていた車両だ。
やはりここが研究施設なのか。とすると、きゅうがここに捕らえられている可能性もある。
バンの後部ドアが開き、中からあの作業服に身を包んだ青年達が出てくる。
「!」
そして、それに続いて長い緑髪の少女が続く。
「高砂……!」
間違いなく彼女だった。
四方を青年に囲まれ、まるで護送される犯罪者のように旧校舎内へ入っていく。顔はよく見えないが、抵抗や苦痛の類は見て取れない。昨晩おれの部屋から出て行った時とは違い、今はボタニカロイドのようだ。
掴まって、連れられてきたということか。
どうやら本当に、この伊谷高校旧校舎がボタニカロイドの研究施設のようだ。
早く校舎内に入って、高砂を連れ出さなければ。
と思ったのも束の間。
「かはっ……!」
気づくと、おれは雨空を見上げて倒れていた。何が起きたか全くわからない。強く背中を打ったせいか、上手く呼吸が出来ない。
そんなおれに覆い被さる人影。黒い長髪の女性。
彼女にハンカチで口元を押さえられ、意識が遠のいていく。
しまった。
この、不自然に開いていた穴は、侵入者を捉えるための罠だったんだ。
抵抗する間もなく、意識が途切れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。