第十九話:どうしてお前は
雨は強く窓を叩く。
まるで、みっともない馬鹿を責め立てているようだった。
だけど外に出ない限り、その批判に晒されることはない。
自分のこの部屋だけが、おれに残された唯一の居場所だった。
「……」
どれくらい時間が経ったのだろう。
気づいたら、壁を向いてベッドで横になっていた。暗い部屋の中、眠るでもなく、起きるでもなく、呼吸するだけ。
腹が減ったし、体は汗でベタついている。しかし、何もする気になれなかった。
このまま死ぬかもしれない。いや、いっそこのまま死ねたらどんなにいいだろう。そんなことすら考えていた。
それから、またどれくらい経っただろうか。
ずっと雨の音しか聞こえていなかったが、背後でごそごそと人が立ち上がったのがわかった。高砂だろう。ボタニカロイドではあるが、もうきゅうとは呼ぶ気にはならない。
高砂はベッドに乗った。
寝るのかもしれない。
まあ、好きにしたらいい。寝込みを襲う気などない。
「高砂?」
「……」
高砂は、横を向いているおれの脇腹に馬乗りになっていた。
何をしているのかさっぱりわからない。
部屋は照明を落としているため、表情もよく見えない。ボタニカロイドだからどうせ無表情なのだろうが。
そう思っていた矢先だった。
「お前……!」
「えっ?……つっ!」
押しつぶされそうなほどの力が、天井を向いていた右肩に加わり、無理やり仰向けにさせられた。
「……っ!」
そして、気づくと首を絞められていた。
「……!……!」
全く息が出来ない。圧迫されて血液が止まり、首から上が異様に熱くなる。
「どうして!」
おれの上に乗る彼女が、そう言った。
その声は、明らかに今までと違っていた。
「どうしてお前は生きてるの!?」
明確な怒りと、殺意が込められていた。
暗さに目が慣れ、彼女の表情がわかった。
「どうして私は、こんな風になってしまったの!?」
眉が吊り上がり、眉間にしわを寄せ、瞳から恨みが溢れていた。
それはボタニカロイドなどではなかった。
人間として、殺意という明確な感情を持った高砂莉子だった。
「死んで」
高砂が更に手に力を入れる。
「死んでよ。お前は一度、高砂莉子という人間を殺した。だからお前も、死んで」
……このまま死ぬのかもしれない。
いや、むしろその方が、楽になれる。
おれにはもう何も残っていない。
こんな世界にどんな未練がある?
それに、こうしておれが傷つけた相手に殺されるというのはある意味幸運ではないだろうか。
最期に彼女の恨みが晴らせるなら、おれが今日まで生きてきた甲斐もあっただろう。
しかしそう思った矢先、首にかかる力の弱まりを感じた。
「……はあ、はあ、はあ……」
高砂の様子がおかしい。先ほどまでの鬼気迫る表情が薄れている。額に玉のような汗を浮かべ、呼吸が荒い。
「う、く……ううっ……っ!」
ぐらりと高砂の体が揺れる。倒れ込むのはこらえたが、おれの首から手を離し、頭を抱えて俯く。
「たか、さご……」
声を少し出しただけで、強くむせた。首を圧迫されていたせいで、意識が朦朧としている。
「……来るな……来るな!」
最初、おれに向かって言っているのかと思った。
「来るな、やめろ!やめて!」
だがその言葉は、自分自身に向けられていた。
一体どうしたというのか。
心配になり、高砂に向かって手を伸ばす。
「触るな!」
刺すように強い口調。思わず手を引っ込める。
「くっ……はあ、うぅ、うぅ……」
どたどたとよろめきながら、ベッドから降りる。机や壁にぶつかりながら、玄関に向かっていく。
「お前は、私が殺す。殺す、絶対に殺す」
肩越しに視線を浴びせてくる高砂。
「……だから、芦引小春とはもう二度と会わない方がいい。死にたくなかったら」
「え……?」
彼女を追おうと身を起こし、ベッドから降りる。しかしその瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。高砂を中心に、壁が、床が、ドアが、全てが反時計回りに捻れる。
立っていられなくなり、床に倒れ伏す。
意識が黒く塗りつぶされていく。
またか、またなのか。小春がいなくなり、高砂がいなくなる。おれの隣から人が消えていく。こんなこと、“三度”もごめんだ。同じことは繰り返したくない。なのに体が動かない。
「……どうして」
最後にそんな高砂の声が聞こえたような気がして、最後にバタンと全ての感覚が遮断された。
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