第十八話:ごめんね

「……その次の日から、高砂は学校に来なくなった。行方不明だって言われて、卒業まで一切学校に来なかった。それで今日まで、どこで何してるのか全く知らなかった」

 ぽつりぽつりと、全てを吐露する。

「……」

 部屋に沈黙が落ちる。小春は呆然として、きゅう……いや、高砂はただこちらを見つめていた。

 窓を叩く雨の音は強い。もしこの雨が全てを流してくれたら、どんなによかっただろう。

「……いつ、か、ら?」

 しばらく経って、小春が聞いてきた。最初、誰の声かわからないほどにボロボロだった。

「いつ、から……?この、子、が、高砂莉子、だ、って……」

「……動画を見た時から」

 そう、感づいていた。小春が“みどりさん”の動画を見せてきた時から。あの山の広場で出会った時、疑念はほぼ確信に変わった。瞳と髪の色こそ変わっていたが、見た目は小学六年生の時の彼女が成長した姿そのものだった。

「……なんで……?」

 嗚咽を漏らしたと同時に、小春の目から涙が流れた。溢れるそれは留まるところを知らない。

「なんで、言わなかったの?そんな、大事な、こと」

「……」

 言いたくなかった、それだけは。

 自分自身が性根の腐った人間であることは、誰よりもわかっている。だったらせめて、それを知っているのはおれだけでいたかった。

 ……いや、おれはこの期に及んで何を考えているのだろう。

 もう既に、小春は木瀬開人が自分のことしか考えていない人間だとわかっているはずだ。

 これ以上何を偽る必要がある?

 もう、おれと小春の仲は終わったのだ。これ以上彼女にすがるのはただの馬鹿だ。

 本当に、自分の浅ましさに辟易する。

「……嫌われると、思ったから」

「は……?」

 自分で言って、吐きそうになった。

 けど、これが本当の正直な理由だった。

 いくら相棒だなんて言っていても、クラスメイトを追い詰めて、人造人間にさせるような奴を受け容れられるなんて到底思えない。一緒にいようと思うわけがない。

「……なんで、だよ……!」

 小春はぎゅっと目を瞑り、項垂れる。

「なんで、こんな……どうして……」

「……」

「ボク、たち、こんなに、一緒にいたのに、なんで……!」

「……」

「キミ、だけは、カイトだけはボクのこと裏切らないって、信じてたのに、なんで……なんでこんな、う、うぅ……!!」

「……」

 ごめん、と言ったつもりだったが、声が出なかった。

「……ああ、そっか」

 しばらく泣いてから、小春は徐に顔を上げる。

「そっか、そういうことなんだ」

 そう呟くと、彼女は立ち上がった。目をぎゅっとつぶり、奥歯を噛みしめ、苦痛に満ちた表情をしていた。

 一瞬でも、何か事態が好転するんじゃないかと思った自分を殺したくなった。

「……終わりにしよう」

 小春は床に置いてあった鞄を手に取り、玄関へ向かう。

「小春……!」

 立ち上がろうとしたが、膝に力が入らなかった。みっともなく這うようにして、小春を追う。しかし、既に彼女はドアを開け、外に出ようとしているところだった。

「……」

 小春は振り向きざまに、真っ赤な目でおれを一瞥する。

「……ごめんね」

 それが最後の言葉だった。

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