第十四話:崩れるように

「全ては一本の道筋だった」

 部屋に帰るなり、小春は切り出した。

「伊谷高校旧校舎で行われている実験は、ボタニカロイドの製作だ。そして今日警備員として立っていた彼らも、四月の調査の時に清掃員だと言っていた彼らも、ボタニカロイドだ。その仕草は一般的な人間が見せるそれでは断じてなかった。明らかに感情が欠落していた。一人だけならいざ知らず、会った全員がだ。そんなことがあり得るとは思えない」

「……言い方は悪いかもしれないけどさ、そういう人間の養護施設って可能性はないのか?」

「可能性はあるだろうね。けど、だとしたら堂々と世間に公表してしまえばいい。社会的な意義があるんだから」

 公表できない、すなわち後ろめたい何かがあるということか。

「で、さっきのきゅうちゃんの話も踏まえて、ボタニカロイドの製作所は多分地下だと思う。旧校舎の謎は“実験”にについて扱ってるけど、照明が点いていたかどうかについては一切触れられていない。四月に清掃員を自称するボタニカロイドが来た時も、玄関や廊下には一切明かりがなかったしね」

 地下か。確かに、何か怪しいことをするにはもってこいの場所かもしれない。

「もう一度、旧校舎に行く。決行は明後日の明朝。明日、万全の準備を整えてから突撃だ」

 小春は強く拳を握りしめる。ぎゅっという音がはっきりと聞こえる程だ。

「カイトは勿論、きゅうちゃんも一緒に来てもらうよ。本当に研究所か確かめてもらうのと、ボクらのボディーガードだ。あ、ちなみにだけどボクらを守らないと、結果的にきゅうちゃん自身にも危害が及ぶ可能性があるからね」

「理解しています」

 きゅうは頷く。

 もし旧校舎の地下が本当にボタニカロイドの研究所なら、のこのこ帰ってきたきゅうはただでは返してもらえないだろう。必ず、他のボタニカロイドとの戦闘が起きる。

 正直行きたくない。ただ、黙って小春ときゅうを行かせるわけにはいかない。よって、行かざるを得ない。

「……まあ、行きたくないという気持ちはわからなくもない。明らかに危険だしね。……だけど行かなきゃならない。それがボクたちの義務だ」

 小春がおれの心を読んだように言う。

「……ああ、わかってる、わかってるけどさ……」

 髪の毛に手を突っ込んでかきむしる。雨の中歩いたからか、髪の毛は不快にべたついていた。

「……ちなみにだけど、他の個体がどれくらいいるか、きゅうは知ってるのか?」

「完全にはわかりません。少なくないことは確かです」

 今朝、きゅうに殺されかけた事を思い出す。あれを平然とやってのける連中の巣に行くわけか。どう考えても無事ではいられないだろう。

「おそらくだけど、研究所のボタニカロイドはかなりの数がいると思うよ」

 推測の形を取っているが、小春は断定的な口調で言う。

「何か根拠があるのか?」

「根拠があるわけじゃない。ただ、ほぼ確実に関連しているだろうという話がある。キミは知っているはずだ」

 おれが知っていることはそう多くは無い。せいぜい、四月から調査したことくらいしかわからない。その中でボタニカロイドの「数」に関連しそうなことと言えば……

「“悩みを解決するアカウント”……」

 頭の中でその結論に至ってしまった。

「その通り」

 元々“悩みを解決するアカウント”は、信濃が小春に持ってきた件が発端。伊谷市の未成年の行方不明者が増えているという話だ。小春が調べて、その数の増加は六年前から急激に増えている事が判明した。六年前に十三歳だった子供は、今は十九歳。あの警備員と同じくらいの年齢だ。

 そして、そのアカウント側の人間とおれ達は接触した。その場で出された飲み物には睡眠薬が入れられ、逃げようとすると店の人間たちが襲い掛かってきた。そういえば、アカウント側の人間の態度は奇妙だった。まさに、感情がないような印象を受けた。

 もし悩みを解決するアカウントがカウンセリングを行い、対象者を保護と称して研究所に連れ帰っていたとしたら。

 だからこそ、小春は全てと言ったのだ。

 四月から調べてきた内容が、全てボタニカロイドという人智を超えた存在に繋がった。

「つまり、道筋としてはこうだ。ボタニカロイドの研究チーム……これを組織とするけど、組織は六年前に伊谷高校旧校舎の敷地を購入。それと同時に悩みを解決するアカウントをスタート。ボタニカロイドの被検体を収集し、実験を続けていた。地下ということもあってか、ボタニカロイドの存在が知られる事はなかった。しかし今回、きゅうちゃんというイレギュラーが発生し、日本全国に知れ渡った。という感じだろうね」

 何て話だ。頭がくらくらしてきた。もうこの件について考えたくないと思わせるほどに。

「おや、体調が悪いのかい、カイト」

「……ああ、大丈夫だ」

 本当はかなりめまいがするのだが、悟られるのはまずい。

「けど……この件、どう処理するつもりだ?あまりに話が大きい。高校生くらいの男女三人でどうこう出来るような問題じゃない」

「まあね。正直ボクは今すぐにでも旧校舎の地下に行きたいくらいだ。でもそうするべきじゃない事くらいはさすがに学習した」

 小春が言ったことにおれは少し驚く。今までの彼女なら謎の解決以外考えず突っ走っていただろう。

「だから、警察の協力が必要だ」

「けど警察に通報するにも、今わかってる道筋じゃただの与太話にしかならないだろ?さすがにこれじゃ信濃さんだって信じてくれない。もうちょっと時間をかけるべきじゃないか?」

「いや、それじゃ遅いよ。ぼやぼやしてたら、きっと組織の連中はきゅうちゃんを取り返しにくる。昨日の今日だけど、こうしている間にボク達の自由は消えている」

「……わかってて聞くけどさ、もうここで終わりにするっていう選択肢は?」

「ないに決まってるだろう?きゅうちゃんがここにいる以上ボクたちがやるしかない。そう決まったはずじゃないか」

「あ、ああ、そうだったな」

「どうしたんだいカイト。キミが安全志向なのは知ってるし、今回の件が危険すぎるのはわかってるけど、少し消極的すぎないか?」

「……当然だ。危険だからな。で、警察にはどういう風に言うんだ?」

「きゅうちゃんが過去何年間か旧校舎の地下に監禁されていた、というストーリーを立てる」

 どきり、と喉から飛び出てしまいそうなほど心臓が拍動した。

「そ、そんなこと、どうやって言うんだよ?証拠が必要だろ?」

「何だいカイト。その言い草、まるで追い詰められた殺人犯だ。キミが組織側の人間みたいだぞ」

 小春は眉を細める。相棒に対する視線ではなく、明らかに不信感を抱いた目をしている。

「まあ、証拠はあるよ。これだ」

 「持ってきてよかった」と言って、小春がカバンからファイルを取り出す。

「五月に父さん経由で警察から貰った行方不明者リストだ。もし“悩みを解決するアカウント”とボタニカロイドの件が繋がっているなら、きゅうちゃんに似た行方不明者がいるはずだ。ほい、カイトも手伝って」

 小春がA4の資料の半分を渡してくる。

 おれは自分に渡されたものに、ある人物の資料があることを切に願っていた。そうであれば、おれは何食わぬ顔でその資料をきゅうじゃない人物のものとして扱える。

 資料をめくる指が震える。両手が冷たい。

 ……あっ。

 その名前を見た時、思わず安堵していた。

 “彼女”の資料は、おれに渡されたほうにあった。このまま何食わぬ顔で見逃せば、この場はやり過ごせる。

「うーん、いないなあ」

 小春はため息をつく。よし、このまま……。

「カイトに渡した方だったかな」

 そう言うと小春はタブレットを操作して、スキャンされた行方不明者リストを眺め始めた。

「え、そ、それは?」

「うん?キミに渡した分の資料。一応画像として保存してたんだよ」

 待ってくれ。

 それじゃあ、彼女の資料は……。

「……あれ……?この子は!」

 小春が目を見開き、タブレットを掴んだ。そして、そこに映っている顔ときゅうの顔を見比べる。

「似てる……似てる!この子だ、間違いない!」

 その少女の名前は、高砂莉子とあった。

「高砂莉子。失踪は四年前、当時十二歳。ってことは、ボクらと同い年か。一月三十日、家出。そのまま行方不明で、スマホのログから最後に“悩みを解決するアカウント”と電話をしていたことがわかっている。この子が通っていたのは内埜小学校……内埜?」

 彼女が、気付かないわけがなかった。

 高砂莉子の情報を見た小春が、おれにその目を向けた。

「ねえ……カイト。内埜小学校って、キミが行ってたところだよね?」

「……」

 おれは答えられなかった。

 何をしようと結果は変わらない。それを悟ってしまったおれは、もう成す術がなかった。

「この、高砂莉子って女の子さ、キミと同級生だよね?」

「……」

「え、どういうこと、これ」

「……」

「……あ、も、もしかして違うクラス?だから知らなかった?だからボクにきゅうちゃんは高砂莉子だって教えてくれなかった?そうだよね?」

 小春が今まで見せたことがないような、半笑いに近い引きつった表情をする。

「あ、お、同じクラスだけど、喋ったことなかった?顔覚えてなかった?名前も覚えてなかった?そうだよね?そうなんだよね?そうだって言ってよ!!」

 悲鳴に近い声が上がった。

 小春がおれの両肩を掴み、揺さぶる。

「そうだって言ってよ!頷いてよ!ボク達相棒だろ!お願いだよ信じさせてよ!嫌だよ、嫌……カイトがこんな大事なことボクに言わないはずがない!カイトがボクのこと裏切るはずがない!カイトは、カイトだけは……!」

「きゅう」

 すがる小春の手をほどき、よろよろときゅうの方を向く。

「はい」

「左の首筋を、見せてくれ」

「はい」

 この状況でも、きゅうはただ言われたことを実行する。

 緑の髪がかき上げられ、左の首筋が露わになる。

 喉からうなじの方向に、二センチほどの赤黒い線が入っている。

 その線のことを、おれはよく知っていた。

 何故なら。

「……高砂、莉子は」

 ぼろぼろと、岩が崩れるように、おれは言った。

「おれのクラスメイトだった」

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