第六話:瞳の先の

「キミは、人間とカテゴライズするにはおかしな点が多過ぎる」

 おれの部屋に戻って来て早々、小春は切り出した。

「まず疑問に思ったのが、画像や動画でのキミは常に裸だということだ。それも一日や二日ではなく、初めてキミが発見されてから昨日の今日までずっと。まあ露出狂とするのであれば多少納得はできる。キミ自身がその体を見せつけたいと思っているのだから、ずっと裸なことを理解できる。だけど、ここでまた一つ疑問が浮かぶ。何故キミは、見られることから逃げるんだ?」

 小春はデスクの前の椅子に座り、滔々と語る。

「露出狂は人に見られるのを快感とする性癖だ。なのに何故、キミはキミを見かけた人や、撮ろうとする人から逃げるんだ?誰かにバレないギリギリの感覚が好きなタイプもいるだろうけど、だとしても現れる場所が変だ。キミは現れてから今日にかけて、明らかに人通りの多いところから少ないところに移動している。今日だって、人に追われる身であることを意識していた。しかも、自分の姿を見られても一切反応を示さなかった。つまり、キミは露出狂だから服を着ないのではなく、裸を見られることに何ら恥じらいなどの感情を抱かないから服を着ないんだ。だからボクは、キミには感情が欠如していると考える」

「……」

 自分の正体を明かされているにも関わらず、みどりさんは顔色一つ変えない。床に腰を下ろし、じっと小春を見つめる。

 おれはベッドに腰掛け、その様子を眺める。

「そしてキミの最大の特徴、緑色の髪と瞳についてだ」

 「ま、今のキミは黒だけどね」と注釈をつける。

 実際、今みどりさんの目と髪は黒く、伊谷高校の体操服を着ている。小春が変装用に用意していたものだ。こうしていると、とても植物人間だとは思えない。

「正直、最初はそれほど重要視していなかった。髪の毛を緑に染める人はいるし、緑のカラコンだって普通に売ってる。だけどネットに上げられたキミが太陽を見ていたこと、水を飲むだけで何も食べていないこと、そして人を避けているのに見晴らしの良い公園やグラウンドで発見されていることを考えると、この結論に行き着く。つまりキミが、光合成をしていると」

 部室を出る直前、小春がおれに問いかけたのを思い出す。植物が生きるのに必要なものは何か。植物は日光を浴び、水を得て光合成する。生きる為に水を飲み、太陽を拝む。

「植物が何故緑色かと言うと、それは光合成の効率を上げるためなんだそうだ。それを考慮すると、キミが緑の目で太陽を見ていたのは光合成が理由じゃないかと考えられる。おそらくキミの目と髪には、植物で言う葉緑体のような細胞があるのだろう。そして何より不思議なのが、あれだけ大量の証拠写真、映像が上がっているにも関わらず、キミの食事シーンが一切ないことだ。生き物である以上、生命活動にはエネルギーを用いるはず。じゃあ何故キミが食事をするシーンが撮られていないんだ?仮に食品を買うためのお金がなかったとしても、空腹に耐えきれなくなれば周囲の食べられるものを探すだろう。でもそういった行動が無いのであれば……キミは食事を必要としないという意味だ。つまりそれは食事以外のエネルギー摂取があるということで、それは光合成だとボクは考える」

 小春は、じっと目の前の少女を見た。

「以上から、ボクはキミを感情のない植物人間だと予測する」

「はい。その通りです」

 みどりさんは何の躊躇もなく頷いた。普通の人間なら、自分の正体を明らかにされたことに対して何らかの感情的なアクションがあるだろう。それがないことの意味は、明白だった。

「私はこの目と髪で光合成を行いエネルギーを蓄えます。だから食事を必要としません。そして私にはヒトが言うところの感情がありません。“恥ずかしい”という感情がどういうものかは知識としてあります。しかし感覚としてはありません。だから私は自分の体を見られることに対して何も思いません」

「……やっぱりか」

 小春は何度か小さく頷いた。

 その姿に違和感を抱いた。今までの小春だったら、自分の推理が当たったことに対して興奮していたはずだ。しかしそんな様子は一切なく、かなり淡々としている。

 しかしとんでもない話になってきた。感情がなく、光合成を行う植物人間。本当に、SF世界でしか聞かないような存在だ。

「……本当なのか?」

「何だいカイト。今目の前にいるのに、それでも信じられないって言うのかい?」

「当然だろ。いくらなんでも」

「……ま、それもそうだよねえ。けどちゃんとそれは確かめるつもりだから、大丈夫だよ」

「確かめる?」

「簡単な話だよ。キミ、何も食べなくても大丈夫なんだろ?」

「はい」

「よし、じゃあ今日口にしていいのは水だけだ。この部屋にある食料は何も食べてくれるな。いいね?」

「わかりました」

 普通なら是が非でも拒否したい要求だが、みどりさんは一切動じない。

 先ほどの山の上での一件から、感情についてはほぼ疑う余地はない。

 しかし光合成に関しては、いくら何でも信じるのは無理がある。

「……ちなみにだけど、今そうやって髪と目に何か被せてるってのはどういう感じなんだ?光合成の邪魔になったりしてるのか?」

「はい。息苦しさのようなものがあります」

「なるほど、良い視点だねカイト」

 小春が顎に手を添える。

「なるほど、今のでこの子の光合成に確証が持てた。ボクたちがウィッグやコンタクトを着けたところで、多少の暑さや違和感くらいしかないしね」

「息苦しいっていうなら、もう外してもいいんじゃないか?」

「それもそうだね。キミの生命に関わるんだ、外してくれて構わないよ」

「わかりました」

 言うや否や、彼女はウィッグとコンタクトを取り外した。

 緑の髪と瞳が露わになる。

 それにしても、惚れ惚れするほどの綺麗さだ。

 髪はまるで水のように滑らかで、瞳は宝石のように輝いている。

 染色やコンタクトでは到底表せない、命がそこにはあった。

 そして、彼女が緑の髪と瞳になったことで少し安心した。人と同じ姿なのに無感情な振る舞いをしているのを見ると、不気味さを感じてしまう。人間に似た動きをするロボットに対する感情と同じ類のものだ。

「……そういえば、そろそろ学校行く時間だな」

 テーブルの上のデジタル時計を確認すると、もう八時過ぎだった。

「学校……行かなくちゃダメかい?」

「大会とかがあるわけじゃないし、“調査してます”で休ませてくれるはずもないだろうしな」

 「えぇー……」と盛大にため息をついて、椅子から垂れ流れるように小春は床に寝転がる。

「今日学校休みにならないかな」

「そう簡単に休みになったら苦労はないだろ……ん?」

 机の上に置いておいたスマホが短く振動する。今のはメールだ。どうせ広告だろうと思いつつ、スマホを手に取って画面を見る。

 そこには、“【重要】休校の連絡”と題されたメールが表示されていた。

「え?」

 もしかしたら見間違いかもしれない、と思いつつそのメールを開く。

 しかし、件名には“【重要】休校の連絡”とはっきり示され、送り主も学校の緊急連絡用アドレスからになっている。

 内容はこうだ。

『伊谷高校生徒、および保護者の皆様

 本日未明に伊谷駅付近で殺人未遂事件が発生し、その容疑者がいまだ付近を逃走中です。

 つきまして、市教育委員会の判断により、伊谷高校含め付近の学校は全日休校となりました。

 安全の為、不要不急の外出は控えるようお願いいたします。

 明日以降の授業については追って連絡いたします。』

「どうしたんだい?学校休校になった?」

「……ああ、その通りだよ」

「……へ?本当かい!?」

 小春が飛び起き、おれの手からスマホを奪い取る。

「休校の連絡……ホントだ」

 小春がじっとメールの本文に目を落とす。そして、傍らにいるみどりさんに目を向けた。

 おれも目の前の緑の少女を見る。

 彼女は、人を殺している。

 そして、おれと小春の命を奪うことなんて造作もないだろう。つい一時間前のように、おれの首を絞めてくることだってあり得るのだ。

 改めてその事実に気付かされ、内心震えあがっていた。

 きっと小春もそのことを考えているのだろう。

「どうかされましたか」

 おれと小春の視線に気付いてか、いたって抑揚の無い口調で聞いてくる。

「いや……別に」

 今おれたちの隣にいるのは人ならざる存在。人の命を虫の命と同等にとらえるような、そんな存在なのだ。

 それが今後常に自分の隣にいることを考えると、心穏やかではなかった。

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