第二話:だまし絵のような
「さってと。今回のターゲットはこの“緑色の不審者”だ」
部室に入って席に着くなり、小春はスマホの画面を見せてきた。
白昼堂々、道の真ん中に立つ一人の少女の写真だった。空を見上げているようだが、背後からの写真なので瞳の色はわからない。だがその髪は、この世のものとは思えないほど鮮やかな緑色であった。
そして、全裸だ。
背中は髪で隠れているが、尻から足にかけて丸出しだ。
「普通に写真あるのか……合成の可能性は?」
「いや、違うよ。ネットの住民が解析したみたいだけど、加工は一切なかったらしい」
その解析者が嘘をついている可能性だってなきにしも非ずなわけだが、それを言ったところで堂々巡りになるだけだ。何より、小春が認めないだろう。
「さてカイト君。キミはこの少女についてどれくらい知ってる?」
「どれくらいって言われても、中屋が言ってたことと、今写真で見てわかることくらいだ」
先日小春からこの話を聞いた時も、「ふーん」くらいで済ませてしまっていたので、詳しいことは何も知らない。
「しょーがないなあ。じゃあ僕が、今まで調べ上げたこの不審者についての情報を教えてしんぜよう!」
やたらどや顔、やたら威張った口ぶりで言うと、小春はカバンから黒いファイルを取り出した。
「さて、この緑の不審者……長ったらしいからみどりさんと呼ぶけど、彼女、最初に存在が確認されたのは五日前だ」
「ってことは、先週の水曜日か」
「そう。これを見てほしい」
小春がスマホで新しく画像を見せてくる。どうやらツイーターのとあるつぶやきを印刷したもののようだ。投稿者はアイコンの写真や文面から女子高生と思われる。つぶやきの内容は以下の通りだ。
“え、ハダカの女の子が道路の真ん中にいるんだけど
しかも髪の毛緑“
写真や動画の類は添付されていないが、確かに内容はみどりさんを示していると思われる。
「緑の髪と瞳、全裸、少女、というこれらの要素をみどりさんと定義して調べたところ、このつぶやきは彼女に言及したネット上の発言の中で最も早い。で、次はこれを見てほしい」
小春がA4用紙の資料を五枚一気に渡してくる。
「これも、ツイーターの?」
「うん。先週水曜の、みどりさんについてと思われる伊谷市民たちのつぶやきだよ」
確かに、どのつぶやきも緑・全裸・少女の要素が含まれている。
「五枚合わせて、五十人弱のユーザーがみどりさんのことを言ってる。三人とか五人なら流せるかもしれないけど、何十人となるとそうはいかない。最初のつぶやきの信ぴょう性が高いことを十分に示してると思うよ」
「なるほど……」
「あと数は少し減るけど、みどりさんのルックス以外に“道路の真ん中”というキーワードを使っている人が多い。ここまで特定できるんだ、彼女の存在は肯定していいだろう。他にも、動画で撮影されたりもしている」
「えっ、動画があるのか?」
「うん」
小春がスマホを少し操作すると、画面を横にしてそれを見せてくる。さすがに気になるので、前のめりになってしまう。
動画の時刻は、どうやら夜らしい。場所は公園だろうか。上に向かって水が出るタイプの水道に、前かがみになっている少女。当然ながらその髪の毛は緑。もはや説明する必要もないだろう。みどりさんだ。
「他にも色々あるよ」
みどりさんが映った動画を見る。動画の中のみどりさんはただ歩いているか、ぼんやりと太陽を眺めているか、水を飲んでいるかのどれかだった。
ただ難点と言えば、正面からはっきり顔が写ったものがないことだろうか。
「しかし、なんで全部裸なんだろうな。それが一番気になる」
「そうなんだよねえ」
「単純だけど、彼女が“変態”だって可能性は?」
「いや、多分それは無いね。例えば彼女が露出狂だとすると、動画の中で落ち着きすぎてると思わないかい?それに、もし露出以外に性的な事件があったのなら、警察もそういった情報をちゃんと出すだろう」
「言われてみれば」
おれたちが今日担任から聞いたのは、“緑の髪と目を持ち、全裸で伊谷市を徘徊する不審者がいる”という情報のみだ。何のためにそんなことをしているのか、という話は一切出なかった。
にしても、一糸まとわぬ少女が道を歩いている、というのは全く現実味を感じない話だ。アダルトビデオではよくあることかもしれないが、あれは一種のファンタジーでしかない。
「考えれば考えるほど、意味がわからんな……」
「うーん……若年性の認知症とかなのかな……それにしても行動が異常すぎるんだよな……」
小春が斜め上を見つつ腕を組む。膨らんだ胸部が腕に載って強調されている。個人的には、裸で徘徊する少女よりもこちらのほうがよっぽど心がときめく。
「カイト。おっぱい見過ぎ」
「へっ?いや、そんなことはないぞ?」
「ま、全然いいんだけどね。少なくともみどりさんに欲情するよりは、ボク的にはよっぽど良い」
「……恐縮です」
だまくらかしたところで、表情が読める小春に隠し通せるはずもなかった。おれもなかなか学習しない。
「で、だ」
小春はファイルから新しく資料を取り出す。
「先週水曜から昨日までの五日間、みどりさんの目撃情報は多数あった。シールを貼ってる場所がそうだ」
見せられた資料には、伊谷やその周辺地域の地図がプリントされている。赤いシールは伊谷市だけでなく、隣の市にもぽつぽつとある。
「最初はネットでも、みどりさんはガセだとかただの露出狂、と言われていた。けどただの不審者が五日間経っても逮捕されない事や、容姿の奇抜さも相まって、最近は様々な憶測がなされている。人間の常識を知らない亜人だとか、人間の振りをした宇宙人だとか」
「つまり、都市伝説になっていると」
「そのとおり!」
小春がバン!と机を両手で叩き、身を乗り出してくる。
「これはボクたちが解決すべき謎だ!というわけでカイト君、情報の吟味を続けようじゃないか。今にも、警察がみどりさんを公然わいせつ罪で捕まえようしているかもしれないしね」
小春は頬を上気させ、少し鼻息を荒くしている。その楽しそうな姿を見て、少し安心した。
先月の“悩みを解決するアカウント”の調査は喫茶店ノワールの消失により突然ピリオドが打たれてしまった。あの後どうにか調査ができないかと試行錯誤してみたが、結局どうにもならなかった。容疑者の三人も一向に口を割らなかったため、何か情報を得ることすらできなかった。それ以来小春は不完全燃焼感を引きずっていたので、今の姿を見るとホッとする。
あと、小春がポジティブな気分であることがシンプルに安心する。ちゃんと小春の相棒になれているということの証明でもあるからだ。
「さて、じゃあ話を詰めていこう」
小春は立ち上がり、背後の棚から透明なクリアファイルを手に取って中から地図を出す。山に囲まれた伊谷市が一望できるものだ。先ほどのみどりさんの出現場所を示したものは簡易的なものだった。この地図はより細かく記されている。大きさも、両腕を横に広げたくらいはある。
「一刻も早く捜索に行きたいのはやまやまだけど、まずはみどりさんの正体について考えたい。さっきの地図を見てもらえばわかると思うんだけど、彼女の出現場所はこれといった規則性がない」
シールが貼られた地図を見ると、確かに現れた場所はてんでばらばらだ。道路、公園、市民グラウンド、学校など多岐に渡っている。
「ってことは、みどりさんは本当に伊谷市や他の場所をただ徘徊しているだけなのか?」
「いや、実はそうでもないんだ」
小春は赤いシールを指で叩く。よく見ると、文字が書かれている。
「何書いてるんだ?」
「曜日だよ」
「曜日?」
シールには、“水”、“木”などの漢字が振られている。
「全体で見るとみどりさんの行動はばらばらだ。けど曜日ごとに見た場合、彼女の行動には違いがある。何か思いつくかい?」
「うーん……」
ぼんやりと見てみるが、わからない。
「さっぱりだ」
「こら、もっと考えるのだよ!そんなんじゃボクの相棒は務まらないぞ!」
おれの表情を読んだのか、小春がぶーぶー文句をぶつけてくる。
「さもないと、キミがボクの着替えを覗いたことをツイーターで言いふらしてやる」
「わかった、すぐやる!」
アリの巣一つ見落とさないくらい、真剣に地図をにらむ。
そもそも、あの一件はほとんど不可抗力みたいなものだが……いや、そんなことは問題ではない。小春の着替えを覗いたのは事実だ。
「ちなみにだけど、これを見れば何故みどりさんが露出狂じゃないかがわかるよ」
「これで?」
小春は、確信めいた表情で頷く。どうやら、彼女はその根拠を掴んでいるようだ。
こうも言われては仕方ない。まあ疲れない程度に考えてみよう。
まずは“水”のシール。最初に現れた日だ。道路や公園など、伊谷市の様々な場所を点々としている。貼られたシールも一番多い。
“木”のシールは伊谷と隣の市の境界付近。“金”、“土”、“日”にかけては、そこから伊谷市の境界に沿って動いている。ここ五日間の彼女の動きは何となくわかる。だがこれ以上何が……。
「……いや、待てよ」
違和感を覚えて、もう一度シールをよく見る。今度は大まかに目を通すのではなく、一つずつ場所まで確認していく。
やはり“水”は散らかっている。現れる場所にも一貫性が無い。
しかし“木”以降は明らかに違う。まず、道路に貼られたシールがほとんどない。“水”だけで十個以上あるのに、“木”以降は全部合わせても六しかない。その代わり、木曜日以降は公園や市民グラウンドが増えている。それも住宅街などではなく、人気のなさそうなエリアにぽつんとある場所ばかりだ。
「……そうか!」
思わず膝を叩く。
「みどりさん、水曜日の時点では色んな所に現れてる。ここだけを見ると、無秩序な変態とも言える。けど木曜日以降は明らかに人目の少なそうな場所を選んでいる。露出狂の不審者が、人に見られないような場所に行くのは矛盾してる」
「お、ピンポンピンポーン!大正解!さすが、やればできる相棒!」
「どうもどうも」
「みどりさんという人物が持つ“不審者像”とその行動の矛盾。その答えは単純だ。つまり、みどりさんは“露出狂ではない”」
「だとすると、服を着ていないのは何故だ?裸を見られたくないなら、隠せばいいだけじゃないか」
「うーん……もしかしたら、みどりさんは服で体を隠す必要性を感じていないのかもしれないね」
「この現代に?ネアンデルタール人じゃあるまいし。あと、服の必要性を感じていないってのは結局露出狂なんじゃないか?」
「……まあ、そうなっちゃうんだよね」
小春は大きくため息をつく。今回に関しては、彼女でも答えに行きつくのは簡単ではないらしい。推理の正解不正解はさておき、これまでの調査で彼女の閃きが状況を前に進ませたことは確かだ。
「それに、問題はそこだけじゃない。実はさっきの推理には穴がある」
「さっきのって、撮られた場所からみどりさんが露出狂じゃない、っていうやつか?」
「そう。みどりさんが人気のなさそうな場所を選んでいるのは間違いない。けど公園、グラウンドってのが不自然だ。いくら閑散としてると言っても、人目を避けようとしてグラウンドなんて選ぶと思うかい?」
グラウンドに佇むみどりさんを想像する。緑髪で全裸の少女がピッチャーマウンドに立っていたら、いくらそこを通る人が少なかったとしても目立つ。
「また矛盾してるな……」
露出狂にしては人目の少ない場所を選び、非露出狂にしては人目につく場所を選んでいる。だまし絵のような堂々巡りだ。
頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
こんな時に名探偵の相棒はとっかかりになる一言を発するものなのかもしれない。だが残念ながらおれは亀山薫とはかけ離れているし、神戸尊でもない。甲斐亨は勿論、冠城亘にも程遠い。
「むー……カイト、何か思いつかないかい?」
「そう言われてもな……どっちつかずの露出狂、くらいしか出てこないな。最初は思いっきり見せてたけど、徐々に怖くなってきたとか」
「たしかにそれで妥協はできるんだけどさ……けどそれじゃ面白くないじゃないか!だからもうちょっと頭を働かせたまえ!ボクも頑張るから」
そう言って腕を組んで唸るが、閉塞感は否めない。
「なあ、正体明かしは後にして、先にみどりさんを探したほうがいいんじゃないか?いつまでも終わんないだろ」
「いや、それは微妙だ」
提案するが、小春は顔をしかめてかぶりを振る。
「正体がわからなきゃ、作戦も立てようがない。むやみに探して、全球空振り三球三振は避けたい」
ただその様子からして、小春自身今の“詰み”の状態をうっすらと理解はしているようだ。
狭い部室に、沈黙が降る。
外を見ると、すっかり暗くなっていた。梅雨模様の天気のせいで、日が暮れるのも早く感じる。晴れている昼間なら部室から駅前の像が見えるのだが、すっかり身をひそめてしまっている。
「どっちにしても、この雨の中探し回るのは面倒だな」
「そうだね……」
窓を叩く雨粒を見て、小春は机に左の頬をつけて突っ伏す。
低気圧のせいか、手詰まりのせいか、はたまたその両方か。小春の気分も曇りがちのようだった。
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