第十三話:いっしょにいようよ
次の日。
「さきねおねえちゃん!あーそぼ!」
またグラウンドの端でぼんやり立っていた信濃を見て、ボクは遊びに誘った。
「何、また探偵ごっこ?」
「そう!あ、でもね、きょうはちょっとちがうのだよ」
信濃に向かって手招きする。彼女は何のサインかと訝し気な顔をしたが、すぐ意味を理解して少し屈んだ。
ボクは信濃に耳打ちする。
「きょう、がくどうおわったあとにいこ」
「えっ?それって……」
「じゃあね!」
「あ、ちょっと……」
信濃の返事を待たず、ボクは彼女のもとを去った。子供ならではの悪知恵を働かせ、“学校が終わった後なら先生は見回りに来ないだろうと思っていた。
そして学童が十七時に終わった。ボクと信濃は帰ったふりをして、校舎裏が見張れる場所に潜んでいた。小学校の北側には河川があり、その土手には背の高い草が生えていた。ボクたちはそこに隠れていた。
「……私、草の中に隠れるとか嫌なんだけど」
「なにをいってるんだい!いちりゅうのたんていになるには、こういうどりょくがいるんだよ!ほら、さきねおねえちゃんも!」
ボクは校舎裏が見えつつも体がうまく隠れるよう、地面にうつぶせになっていた。会話も、できる限りボリュームを抑える。
「嫌。汚い」
「なんでだよ!じゃあしゃがんで!」
「はあ……」
信濃は明らかに嫌そうな顔をしていた。だけどボクは構わず校舎裏の見張りを続けた。
「ちなみに、今五時半だけど」
「そうだね……ええっと、あと一じかんと三十ぷん!」
「本気で言ってるの?」
「ほんきだよ!」
「……はあ」
信濃はまたしてもため息をついた。しかし帰ろうとはせず、じっとボクの隣でしゃがんでいた。ボクもそれに満足して、じっと地面に伏せて校舎裏を見張っていた。
「一つ聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「これ、楽しい?」
「たのしい!」
ボクは即答した。
「何が楽しいの?」
「なぞがすきだから!」
「謎?」
「そう!ボク、なぞとか、としでんせつがだいすきなんだ!いつか、それをじぶんでかいけつしたいんだ!」
「ふうん」
自分から聞いておきながら、信濃は生返事をした。
「さきねおねえちゃん、どうしてそんなこときいたの?」
「……私いなくてもいいんじゃないかって思ったから」
「そんなことないよ!」
ボクはうつ伏せになったまま、信濃の手を握った。
「さきねおねえちゃんといっしょで、なんだかあいぼうみたいでボクちょうたのしいよ!」
「っ……」
そう言われて、信濃は目を見開いた。その表情はボクに対して初めて見せたものだった。
「どうしたの?」
気になって尋ねる。
「……やめて」
信濃は唇を噛みしめ、ボクの手を払った。
「えっ……どうしたの、さきねおねえちゃん」
理由はわからなかったが、拒絶されたことだけはわかった。とてもショックを感じたことを覚えている。
「嘘つかないで。……私と一緒で楽しい人なんていない」
「うそじゃないよ!ボク、ホントにたのしい……」
「嘘!そんな人いない!!」
「ちがう、うそじゃない!ホントだもん……ボク、ほんとに、さきねおねえちゃん……うっ、うわあああああああ!!!」
いきなり拒絶されたこと、怖い顔をされたこと……いろいろなことが重なって、小学生が我慢できるわけがなかった。ボクは探偵ごっこのことも忘れ、仰向けになって大泣きした。
「やめて、泣かないで」
「うわああああ!ホントだもんー!うそついてないもんー!」
「嘘。私なんて……」
「ボクさきねおねえちゃんのことすきだもん!!」
町中に響き渡るほどの声で、ボクは叫んだ。道を歩いていた人たちが何事かとこちらを見る。ボクは全く意に介さず泣き続ける。
「……嘘。自分でもわかってる……私、小学生の貴方に、優しい言葉遣いもできない人間……だから、貴方の言ってることは、全部嘘……」
そうやって首を横に振りつつ、信濃は顔を手で覆っていた。声には嗚咽が混じり、鼻水をすする音も聞こえた。
「なんでさきねおねえちゃんがないてるんだよおおおお!!」
「うるさい……うるさいうるさい!うるさい……!」
信濃は膝をつき、仰向けになっていたボクを強く抱きしめた。
市民からの通報を聞いた警察官が駆け付けるまで、ボクたちは抱き合ったままずっと泣き続けたのだった。
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