第十二話:あそぼうよ
最初の出会いは、学童保育だった。ボクはそこに預けられた小学一年生、信濃はボランティアで来ていた高校生だった。
自由時間の時、ボクら生徒と先生、ボランティアで来ていた高校生は小学校のグラウンドで遊んでいた。
高校生の人達はほとんどみんなボクたちと遊んでくれていた。そんな中、髪の長くて背の高い彼女は、いつも端の方でボク達をじっと見ていた。最初は見守る役割なのかなと思ってたけど、それにしては様子が変だった。何だか、みんなの輪に入れなくて困っているように見えた。
そのボランティアの人は首から名札を下げていた。そこにはひらがなで「しなの さきね」と書いてあった。
「さきねおねえちゃん、なにしてるんだい?」
気になってボクは聞いた。
「見てる」
「なんで見てるんだい?いっしょにあそばないの?」
「私がいると楽しくないみたいだから」
信濃はボクを見下ろす。
当時、まだみんなと遊ぶことは楽しいと思っていたボクは、彼女の言うことがよくわからなかった。
「たのしくないってどういうこと?みんなであそぶのたのしいよ?」
「残念だけど、私はその“みんな”には入っていない」
信濃はグラウンドの真ん中で遊んでいる生徒や高校生たちを見る。
「“みんな”に入ってない?ホントはおてつだいの人じゃないってこと?」
「そういうことじゃない。小学一年生にはわからない」
そう言われてボクは少しむっとした。多少勉強のできたボクは頭の良さにはそれなりに自信があった。それをけなされたみたいだった。
「ほら、貴方も」
信濃がボクを指さす。
「貴方も、私に嫌な顔をした」
「あっ……ごめんなさい」
「これでわかったでしょ?私は一緒に遊ばなくていいから。ほら、向こう行って」
「わかった……でもさきねおねえちゃん」
「何?」
「さきねおねえちゃんは、なんでそんなにかなしそうなの?」
思えば、ボクは当時から人の表情を読むのが得意だったんだと思う。遊ばなくてもいい、と言いつつ悲しそうな表情を浮かべるその矛盾が不思議だった。
「もしかして、ほんとうはいっしょにあそびたいの?だからさびしくて、かなしいの?」
「貴方には関係ない」
「かんけいある!」
当時小学一年生だったボクは、みんなと楽しく遊ぼう、困っている人を見たら助けてあげよう、という教育が素直にしみ込んでいた。今となっては消えてしまった思想だけど。
「じゃあ、ボクといっしょにあそぼうよ!」
「さっきまでの話聞いてた?……ああ、もう」
信濃は頭を掻いて苛立ちを露わにした。
「どうせ貴方も同じ。私のことが嫌になって離れてく」
「そんなのやってみなきゃわからないのだよ!」
ボクは信濃の手を取った。そして、彼女を引きずるようにずんずんと進んだ。
「ちょ、ちょっと、何」
「さきねおねえちゃん!たんていごっこしよ!」
「探偵?」
当時からボクは謎を調べることが好きだった。今みたいに都市伝説を調べるようなことはなかったが、日常に潜むものを謎として暴くのが好きだった。
ボク達はグラウンドから離れ、校舎の北側に来た。
「遊ぶ時はグラウンドでって約束」
なんだかんだ言いながら、信濃はついてきた。
「けどここ見てよ!」
注意なんか無視して校舎の壁を指す。
そこには“1900 k”と書かれてあった。
「何これ?」
「あんごう!」
「暗号……?」
信濃が眉をひそめる。
「こんなところにすう字なんてふつーかかないでしょ?だからこれはあんごうだとおもうのだよ!」
「……この暗号を解くことが、さっき言ってた“たんていごっこ”?」
「そう!」
「貴方はこの数字がどういう意味だと思ってるの?」
「よるの七じに“kさん”ここにこい、って意味だと思う!」
「……はあ」
信濃はぼんやりと相槌を打った。まあそれはそうだろう。もしボクが信濃の立場だったら同じ反応をしたに違いない。
「……時間とかアルファベットの読み方とか知ってるんだ」
「うん、そうだよ!おとーさんとふゆねえちゃんが教えてくれたんだ!kは小春のkだから、一ばんさいしょにおしえてくれて……ああっ!」
かちりと何かがはまった感覚がボクの中に走った。
「もしかして、ボクにいってるのかな!?七じにここにこいって!」
「違うと思うけど。世の中にイニシャルがkの人たくさんいる」
「でもでも、ボクかもしれないじゃん!ねえさきねおねえちゃん!ボク、きょう七じまでいてもいいかな!?」
「ダメ」
「えぇーっ!」
当時学童保育は夕方五時までだった。ボランティアとはいえ、子供を見守る側がそれを許可していいはずがないだろう。
「なんでなんで!七じまでいたいよ!」
「ダメ」
「うぅ……うわーんっ!」
思い通りにならなくてボクは泣いた。大声を上げ、天を向き、清々しいほどの号泣っぷりだったことを覚えている。
「え、ちょっと……」
そんなボクを見て信濃は困惑していた。小学生なんてそんなものだと思うが、高校生の彼女にしてみればいきなり泣かれるとは想像していなかったのだろう。
「そんなに泣かなくても」
「いーやーだー!ここにいるのー!」
「いやだから、そんな時間までいたら危ない」
「あぶなくないー!」
泣き続けるボクを見て、信濃はどうしていいかわからないようだった。
「あ、芦引さん!!」
とそのとき、グラウンドの方から女性の呼ぶ声が聞こえた。見ると、学童保育の先生がボクと信濃を探しに来たようだった。
「遊ぶ時はグラウンドでって約束でしょう。ほら、戻りますよ」
「やーだー!!」
ボクの目線に合わせて腰を下げ、諭す先生。しかしボクは無視して泣き続けた。
「あ、えっと、どうしたら……」
「大丈夫ですよ、任せてください。それよりごめんなさい、こんなところまで子供に付き添ってくれて」
「い、いえ……こちらこそ、すいません……」
信濃が泣き続けるボクを見る。その目は、どこか申し訳なさげだった。
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