第四話:悩みを解決するアカウント
「……さて、話は終わりだ!ここからは楽しい楽しい調査の始まりだ!」
小春はバンと机を叩き、勢いよく立ち上がった。先ほどまでの憂いは見られない。切り替えが速いというか、気分のアップダウンが激しいというか。
「『夜に学校に忍び込んで行方不明になった生徒がいる』の続きか?」
ちらりと部室の掃除ロッカーに目を向ける。鼻の奥に、まだ昨日の独特の匂いが残っているような気がする。
「ザッツライト!」
小春は力強くサムズアップする。そして「これを見たまえ!」と言って、いじっていたスマホの画面を見せてきた。ネット掲示板の、特にオカルト系を扱っているスレッドのようだ。そしてスレッドのタイトルは、“悩みを解決するアカウント”。
「……なんだこれ?」
「さっきの時間にオカルト板で見つけたんだけどさ、なかなか面白いことが書いてあるんだよ。さっきキミに送ったのもこのスレのURLだ」
「読んでみたまえ」と諭され、カバンからスマホを取り出す。ロック画面には、小春からのココアの通知がずらりと並んでいた。ざっと見たところ二桁はある。最初のメッセージは“これ見て!”とスレッドのURLだったが、時間が経つにつれて“ねえ”、“ココア見てよ”、“そいつと何話してるの?”、“なんで見てくれないの?”と不穏になっていた。やはりヘビー級だ。
「授業中にどんだけ送ってんだ……」
「そんなことはどうでもいいのだよ!いいから見たまえ」
「はいはい」
小春から送られたそのスレッドを見る。
“悩みを解決するアカウント”。
簡単に言えば、そのアカウントに自分の悩みについて送れば、その解決策を教えてくれるというものだ。アカウントがあるサービスは多々あるようで、メッセージアプリの“ココア”や短文投稿サイト“ツイーター”、果ては写真投稿サイトの“スナップタイム”まで、主なSNSは大体カバーされているようだ。
「これ、そんなに謎って感じしないよな。ざっと見ただけじゃただの慈善事業だけど」
「それがそうでもないのだよ」
にんまりと口角を上げ、小春はカバンからタブレット端末を取り出した。
「昨日……というか今日の深夜に“警察の人”が最後に言ったこと、覚えてるかい?」
小春は“警察の人”という言葉をやけに強調して言った。
「ん、ああ、信濃さんって人か」
その名前を聞いて、小春は少し顔をしかめた。
「咲ねえ」「小春ちゃん」と呼んでいたことからして、二人が知り合いであることは間違いない。知り合いどころか、もう少し深い仲だった可能性もある。ただ、おそらくその間柄は良好ではない。信濃は小春に近づこうとしていたが、小春は明らかに彼女を避けていた。
「……そういえば、あの人とはどういう関係なんだ?いやまあ、答えたくなかったらそれでいい」
「……」
聞かれて、小春は下を向いた。その仕草ではっきりした。信濃との関係は、彼女にとって誰にも、“相棒”であるおれにも話したくないことなのだ。
「……わかった。嫌なこと聞いて悪かった」
「……ごめん」
「いや、小春が謝るようなことじゃない。聞いたおれが悪い。嫌な思いしてまで話してもらわなくてもいいよ」
「うん……そうしてくれると、本当に助かるよ」
小春はぺこりと頭を下げた。
そもそも、彼女たちが人に言いにくい関係だろうことは、二人を最初に見た時点で何となくわかっていたことだ。彼女が打ち明けたかったのならともかく、それを聞き出そうとしたおれがナンセンスだった。
「で、昨日あの人に言われたことだよな?えっと……」
記憶をたどる。胸倉を掴まれたことと、深い怨念が込められた目で睨まれたことが一番に思い出される。深夜に異性と徘徊していたとは言え、一般市民に対してあの態度は問題のような気もするが……それはとりあえず置いといて。
「“誰かに連れ去られないように気をつけろ”……だったか」
「その通りだ。それについてパトカーの中で少し話を聞いたら、面白いことがわかったんだ」
小春はタブレットを操作し、画面の上下をおれに合わせるように机の上に置いた。
「これは警察が公開している、伊谷市の未成年の行方不明者をまとめたグラフだ。十年前から去年までで、一年ごとに数を集計している」
縦軸がその年の行方不明者数、横軸が何年かを示している棒グラフだ。見てみると、確かにやけに特徴的だ。
「……何だこれ?最近、どんどん増えてないか?」
「そうなんだよ。それも奇妙なほどね」
七年前まではほとんど変わらない。しかし六年前から行方不明者数を表す棒が長くなり始め、四年前から急激にその数が増加している。
「七年前までは百五十人くらい。警察の発表では全国の未成年の行方不明者数は人口十万人当たり約百五十人。伊谷市の人口も十万人くらいで、平均通りだと言える。けど六年前に百七十人になったのをスタートに、そこからどんどん増えて今や二百人強だ。単に偶然ってわけじゃないだろうし、この五年でいきなり伊谷市の治安が悪くなったとかでもないだろう」
「けどなんで急に……もしかして、これが“悩みを解決するアカウント”と関係しているとかか?」
「うん、ボクはそう思ってる。もしかすると、『夜に学校に忍び込んで行方不明になった生徒がいる』とも何か関係してるかもしれない」
小春がタブレットでブラウザのアプリを開き、あるサイトを開く。
第一印象は、白。ページの上部にはゴシック体で「貴方のお悩みを聞かせてください」との見出し。「少しでもお悩みのことがあれば何でも……」とか何とかの文章を下っていくと、最後に悩みの内容を記入するフォームがあった。全体的にデザインは柔らかく、サイトの訪問者に対して開かれているように感じる。
「今はSNSがメインだけど、六年前に始まったときはこのサイトから相談を受け付けていたらしい」
「六年前……」
「そう、六年前だ」
小春が少し身を乗り出す。
「さっきのグラフで未成年者が増え始めた時と同じ。奇妙な符号だ」
「でも、この人たちって悩みに対して解決策を教えてくれるだけだろ?行方不明とは何ら関係がないじゃないか」
「ところが、そうはいかないんだよ」
小春がおれの手からスマホを抜き取り、少し操作してからまた画面を見せてくる。今度は先ほど開いていたものとは異なるスレだ。
「六年前のとあるスレだ。読んでみたまえ」
そこには、実際に“悩みを解決するアカウント”に相談したらしいとあるユーザーの書き込みがあった。こんなことが書かれてある。
“悩み言ったら来いって言われたんだけど行った方がいい?”
見たところ、“悩みを解決するアカウント”がスレのユーザーに対して、日時を指定して呼び出したらしい。
そしてその集合場所は、伊谷駅。
「この人は結局、アカウント主にあったのか?」
「わからない」
「わからない?どういうことだ?」
「言葉通りの意味だよ。このユーザー、“行ってくる”と書き込んだきり、消息が掴めないんだ」
「は……?じゃあそれってつまり……」
「そう。行方不明なんだよ」
小春がスマホを操作し、スレの続きを見せてくる。確かに、先ほどアカウントに相談したユーザーが“行ってくる”と書き込んでいる。他のユーザーは嘲笑ったり、怖がったり、釣りだと推理したり様々だ。
だが、呼び出されたユーザーの書き込みはそれ以降ない。小春のスクロールに従ってスレを見るが、一文字も書き込んでいない。
そして徐々に、このような書き込みが増えていく。
“呼び出されたユーザーは、拉致されたのではないのか”
「このユーザーが消息不明になって以降、スレには“悩みを解決するアカウント”に呼び出された他のユーザーたちの“報告”が増えていく。その中には行ったまま帰ってこなかった人もいれば、ちゃんと帰ってきた人もいた。そして、彼らが待ち合わせ場所に指定されたのは、伊谷駅だ」
「まじかよ……」
これまでの旧校舎での実験や、夜の学校で人が消える話と比べて妙にリアルだ。最初の投稿が伊谷市に関わっていることも相まって、少し恐怖を覚える。
「つってもネットの書き込みだし、嘘ついた人もいたんじゃないか?メールのスクショだって、いくらでも作れるだろうし」
「確かにその可能性はあるね。ただ、じゃあなぜ最初のユーザーが伊谷駅をチョイスしたのかがわからない。もし伊谷市がそこそこ名が知れてるとか、もともとオカルティックな場所と言われるとかなら文句はない。けどここは、多少栄えてるくらいの半田舎だ。作り話の舞台にしようと思ったときにすぐ出てくるような街じゃない。だからこそ話の舞台に仕立て上げられたという可能性と、本当に“悩みを解決するアカウント”に関わって失踪した可能性。今の段階だと、どちらもあり得る。ボクは本当に失踪した、って考えてるけどね」
「……」
思わず黙り込んでしまう。小春の言うことは一理ある。
「ちなみに、ボクもただの空想でこう言ってるわけじゃない」
小春は今度はカバンから赤いクリアファイルを取り出し、中から資料を取り出す。
「その資料は?」
「信濃さんからもらったんだ。六年前から今年まで、伊谷市の行方不明者に関する情報だ」
「え、マジで?そんなもん簡単に渡してもいいのか?」
「ダメだろうね。小原さんってもう一人の警察官がいたでしょ?これ渡すとき、あの人信濃さんにパトカーから追い出されてたから。まあ、一応原本ではないみたいだけどね」
小春はふっ、と笑い、肩をすくめた。
「なんでわざわざそんなこと……」
「さあね。……ま、もしかするとこれを渡して、ボクを囮にする気なのかもしれないね。実際、この情報をもらってからボクは伊谷市の行方不明に関連する謎について調べ、“悩みを解決するアカウント”に行きついたんだし。あの人からすれば、予想通りの展開になっているのかもしれない」
「なんだよそれ」
さすがに、信濃に対して怒りが募る。たとえ捜査のためとは言え、高校生を囮にするなど警察官がするようなことではないだろう。もし小春が本当に拉致されたらどうするつもりなのか。
「怒ってくれるんだね。さっきはただのお話だろ、って顔してたのに」
「……たとえ嘘かもしれなくても、相棒を失うなんて嫌だからな」
「ふふっ、大丈夫だよ。キミがそうやって隣にいてくれる限り、ボクはずっとキミの相棒だ。連絡すれば信濃さんは護衛してくれることになってるしね。それに、こんなチャンスを与えられて、ボクが指くわえて待ってるだけだと思うかい?」
「待ってる……わけがないよな」
「その通り!」
小春は腰に手を当てて胸を張る。
信濃との関係について尋ねたときの元気がない状態よりは、これくらいのほうが彼女はよっぽどいいと思う。ただ、あまり暴走しすぎるのも危険だ。どこかで上手くバランスを取れればいいのだろうが、今は無邪気な彼女の邪魔はしたくなかった。
「で、あの人からもらったこの情報を見ると、面白いことがわかったんだ」
ファイルを受け取り、スリーブに入れられた資料に目を通す。
数は三十枚ほど。顔写真や名前、年齢、血液型など個人の基本情報の後に、行方不明に至るまでの推移が記されてある。かなりたくさんの人数の情報があるようだったが、しばらく読んでいるとある共通点に気が付いた。
「……この人達、行方不明になる前に色々悩んでたんだな」
親子の不仲やいじめ、学業上での失敗などその理由は多岐に渡るが、大抵何らかの理由で心を病んでいたらしい。そしてある日行方不明になり、発見されていない。
「その通り。でも共通点はそれだけじゃない。もっと詳しく見てみたまえ」
「詳しく?」
書かれてある情報を一つずつ確認していく。生年月日、血液型、通っている学校……この辺りは特に怪しいところは見当たらない。
「……あ」
しかし、見つけた。
「悩みを抱えていた人達みんな、いなくなる前日にアカウント側と通話してたのか」
「ビンゴ。ちなみに、チャット履歴を見る限りだと、前日までは普通にテキストメッセージでやり取りしていたんだ。ちょっと待ってね、今それをプリントしたものを見せるから」
小春が再びカバンを漁り出す。
その間に、行方不明者の情報にもう一度目を通しておくことにした。読んでいて気分の良いものではない。しかし彼らの中には、おれや小春と同級生となるはずだった者も多い。それを考えると、どうしても目が離せなかった。
「……っ!?」
そして、半分を読み終えたくらいの時だった。
ある行方不明者の顔写真と名前を見た時、心臓を両手で潰されたような感覚に襲われ、思わず息を飲んだ。
その少女の名はそう記されていた。
顔写真に映る顔は前髪でよく見えない。意図的に長くしているというよりは、ずっと放置していたような印象。だが髪の間から見える少し切れ長の目や細い顎は、年齢以上に整っている。
「えっ……?」
徐に、写真の中の少女が口を開いた。
『うあああぁぁぁぁぁ!』
「っ!?」
それと同時に、叫び声が脳を震わせた。しかし声の主は小春でもなければ、おれでもない。
それはおれの記憶。心の中で蓋をして、ずっと目をそらしてきたものだった。
「……っ」
それ以上、見ることはできなかった。手が勝手に、高砂莉子の情報を後ろに流していた。
「あった!」
「うわっ!!」
不意に小春が大きな声を出し、驚いて椅子から転げ落ちそうになる。彼女はカバンから新しくクリアファイルを取り出していた。
「あ、ごめんごめん、ちょっとびっくりさせちゃったかな」
おれの顔を見て、小春はそんなことを言う。
「い、いや、大丈夫。はは」
適当に愛想笑いをして場を濁す。しかし内心では焦りが募っていた。彼女はおれの表情から色々なことを読んでくる。この記憶すら見透かされているのではないか、と考えてしまう。
「ん……?まあでも、そんなに驚くってことは行方不明者の情報を集中して見ていたってことなんだろう!感心感心」
一瞬訝しげな表情を浮かべたものの、うんうんと頷く小春を見て、留飲を下げた。幸いにも、それ以上おれを追究することは無かった。タイミングが良かったとしか言いようがない。
「……で、それがチャット内容?」
「そうだ。読んでみたまえ」
新しく小春から資料の束を受け取り、眺めてみる。
“こんにちは。僕は佐野武人と言います。僕は今いじめられています。辛いです。”
佐野武人と言えば、先ほどの行方不明者に関する資料でも見た名前だ。確か行方不明当時、中学二年生だったか。
“こんにちは。お辛いことがあったと思います。どのようなことでも構いませんので、貴方の思っていることを全て吐き出してください。”
これが“悩みを解決するアカウント”のレス。それに対し、佐野武人が返す。
“僕は身長が低く、顔も不細工です。運動も勉強もできません。そのせいで、クラスの人たちから奴隷みたいに扱われています。僕のお金で昼飯を買わされたり、何か面白いことやれ、と言われて裸にさせられて写真を撮られたり……”
と、いじめの様子を物語る長文のメッセージが書かれていた。佐野が切実に訴える姿が頭に浮かぶ。想像もしたくない内容だ。こういうのを見ると、喉の奥の辺りに不快な塊がこみあげてくる。
胸糞悪い気持ちでやり取りを読んでいくと、少し引っ掛かるメッセージがあった。”悩みを解決するアカウント”からで、こう書かれている。
“私たちはあなたのように苦しんでいる人たちのカウンセリングも行っております。都合のいい日で構いませんので、お会いできる日はありますでしょうか。”
今までチャットでしかやり取りしていなかったのに、突然のカウンセリングの提案。
部外者として見ると少し怪しさを感じるが、佐野はそれを承諾した。
“お願いします。助けて下さい。”
……彼にとっては、この“悩みを解決するアカウント”が最後の希望だったのかもしれない。そう考えると、たとえ相手の顔を知らなかったとしても会うハードルは低くなる。
そして、チャットはその後のアカウント側からの電話で終了していた。
「……この後は?」
聞きたくなかったが、知らなければならないことだと考えて小春に聞く。
「ないよ。それが佐野武人の最後のメッセージだ」
小春はスマホを捜査しながら、口を開いた。
先ほどの行方不明者の資料から佐野さんの情報を探し出す。行方不明になった日を調べてみると、カウンセリングの予定日と同じだった。
「……つまり、こういう事なのか。この佐野さんは、自分を助けてくれると思って会いに行ったら、そのままどこかに連れ去られた、と」
「ああ、その通りだよ。全くもって気の毒な話だけどね」
そう言いつつ、小春は相変わらずスマホを操作している。指の動きを見る感じだと、誰かにメッセージを送っているようだ。
その姿に、違和感を覚えた。彼女のことだから、資料の内容はほぼ全て頭に入っているだろう。行方不明者一人一人のエピソードも何度も読んだに違いない。だから資料の情報にそれほど興味を示さないのはわかる。ただ、それにしては佐野という辛い境遇にあった人間に対して冷たすぎるような気がした。もう少し、彼に対する同情があってもいいのではないだろうか。
「……」
別にそれを指摘するつもりはなかったが。
小春と過ごしていくにつれ、こういう風に微妙な考え方のずれを、特に倫理的なところで感じることはあった。最初の頃は戸惑ったりもしたが、今ではそれほど重要でなければスルー出来るようになっていた。それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
「で、さっきから何してるんだ?」
それはさておき、小春が自分の推理を披露せずスマホをいじっているのは珍しいので、聞いてみる。
「ん?何って、ココア」
「ココア?誰とだ?」
「“悩みを解決するアカウント”とだよ」
「……は!?」
一気に頭が覚めた感覚がする。おれは乱暴に机を叩き、彼女に向かって身を乗り出していた。
「“悩みを解決するアカウント”って、まさか……!」
「うん、そのまさかだよ」
にっこりと笑い、小春がスマホを見せてくる。そこでは、既にやり取りがされていた。しかもアカウント側から、“私たちはあなたのように苦しんでいる人たちのカウンセリングも行っております。都合のいい日で構いませんので、いかがでしょうか。”とのメッセージを受け取っていた。
「せっかく都市伝説の方から来てくれるんだ。こんなチャンス逃すわけないでしょ?」
「いや、さすがにそれはまずいだろ……」
一歩間違えばどこかに拉致される可能性があるのだ。そんなことをさせるわけにはいかない。
「今からでもキャンセルを……!」
「残念。もう遅いよ」
小春がチャットを上にスクロールする。すると、とんでもないメッセージが小春から送られていた。
“今付き合っている彼氏が私のことをちゃんと見てくれません。私の望みを伝えても何もしてくれないのに、私には俺の言うことに従えと命令してきます。けど彼との関係は壊したくないので、相談させてください”。
「え?……小春、まさかとは思うけど、これって……」
「そのまさかだよ」
そう言うと小春は椅子の上に立ち、上からおれを指さした。
「いいかねカイト君!我らは相棒だ!相棒とは、たとえ火の中水の中どこでも共に行動するものだ!調査のときなら、常に半径五十センチ以内にいなければならない!」
「いやでも、ええ……」
普段から小春に振り回されている自覚はあるが、さすがにここまでは初めてだ。
本音を言えば、行きたいわけがない。そもそもおれは、自分からわざわざ死地に赴くタイプの人間ではない。
しかしここで断って小春が一人で行った結果、もし本当に拉致されたらどうする。いやもちろん、こんな話はただの都市伝説だ。マスクを着けた女性を見て「口裂け女じゃないか?」と疑うくらいバカバカしいことだ。しかし以前小春も言っていた。都市伝説が存在しないことを否定することはできないと。だからいかにこの話が都市伝説だろうと、“カウンセリング”の日が終わるまで、この不安は拭えない。
それにおれが行かないと言えば、一か月前の拒絶に怯える彼女に逆戻りしてしまうかもしれない。そうなったらおれのこの一か月間が全て水泡に帰す。それは、小春が拉致されることと同じくらいあってはならない。
「……わかった。行けばいいんだろ行けば」
結局、おれは彼女の誘いに乗らざるを得なかった。
「さすがカイトだ!」
小春が椅子から飛び降り、床が「ダン!」と大きな音を立てた。
「いいかい、決行は明日だ!今日はしっかり準備していくから、そのつもりでいたまえよ!」
「え、明日!?」
「もちろん!謎は待っちゃくれないのだよ!」
そういうわけで、“悩みを解決するアカウント”の調査が始まったのであった。
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