春豪 楽田にて立ち合いを挑まれる 2

 ある日、尾張柳生家の食客として過ごしていた春豪の元に果たし状が送られてくる。

 春豪はこの挑戦を受けようか迷っていたが、利厳はとある思惑からこれを後押しし、立会人まで用意する。

 利厳が決闘の立会人に選んだのは春豪と共に任務に出たことのある清厳、儀信、兼平の三人であった。


 春豪が果たし状を受け取った翌日――つまりは決闘前日の朝餉時。朝食を持ってきた下男から立会人が選ばれたことを聞いた春豪はその人選に目を丸くした。

「……本当にその三人なのですか?」

「左様にございます。何か不都合があるのならば殿にお取次ぎいたしますが?」

「いや、不満があるわけではないですが……」

 下男曰く、翌日の決闘の立会人に選ばれたのは儀信と兼平、そして清厳の三人であった。

 このうち儀信が選ばれたのはまだわかる。若くて剣の腕前も人並み以上。清厳のお付きということで儀礼にもそれなりに詳しいことだろう。だが残るうちの兼平は実力不足なのは否めず、清厳に至っては柳生家の次期当主である。いくら腕が立つとはいえ、こんな牢人同士の立ち合いに同行させていい人物ではない。

(いったい利厳殿は何を考えておられるのだ?)

 不満はないが疑問は残る人選。その真意を尋ねようと春豪は利厳との面談を希望するが、下男曰く利厳はすでに城に登城済みで今日帰ってこれるかもわからないとのことだった。

(逃げられたか……。仕方がない。ならば先に清厳殿たちから話しを聞くか。きっと今日もまた鍛錬場にいるだろうからな)

 そう予定を立てた春豪は出された朝餉を平らげ、早速庭へと出るのであった。


 朝食を平らげたのちいつものように鍛錬場となっている庭に向かうと、そこではちょうど清厳と儀信が日課の素振りをしているところであった。

 彼らは春豪を見つけるや手を止めて嬉しそうな笑顔を見せた。

「おや、春豪殿。おはようございます。某が立会人に選ばれた話はもうお聞きになられましたか?」

「あ、ああ、朝のうちにな……。それで清厳殿らはそれを引き受けたのですか?」

「ええ。ちょうど城のお役目も入っていなかったので。春豪殿の御勇姿、ぜひ見届けさせてもらいます」

 そう言ってドンと自身の胸を叩く清厳。果し合いは武士の華。その立会人を務めるということでかなりやる気になっているようだ。

 だが春豪としては不安なところも多々あるわけで、ついつい年長者らしい小言も出てしまう。

「そうは言うが、立会人というお役目は決して楽なものではありませぬぞ?対峙する相手は牢人。下手をすれば立会人にまで危険が及ぶかもしれない。そのあたりのところをわかって引き受けられたのか?」

 立会人というお役目は存外することが多い。勝負の結末を見届けることはもちろん、その戦いが正当な条件で行われるよう働きかける必要もあるし、怪我人や死者の処理をすることだってあるだろう。また御公儀が不当だと追及してきたときは、それに対し申し開きをすることだってあるかもしれない。

 加えて言えば今回の相手は素性もよく知れぬ牢人である。卑怯な手を使ってくるかもしれないし、あるいは目的は春豪ではなく柳生家の人物を狙っているのかもしれない。

 とにかく考え出したら切りがないほどに、今回の決闘は懸念だらけなのだ。それを踏まえたうえで、果たして清厳たちは立会人のお役目をまっとうできるのだろうか?

 だがそのような懸念も若い清厳たちにとっては、逆にやる気を上げる材料にしかならなかった。

「ご安心を。危険があることは父から聞いたうえで引き受けました。父のためにも春豪殿のためにも、決して油断しないことをここに誓いましょう」

「むぅ……」

 ここまで自信を持って言われれば、春豪ももう二の句を継げなかった。

(……まぁ罠は可能性の話だし、彼らとて武士だ。何かあったとしても自分の身くらい自分で守れるだろう)

「承知いたしました。ならばもう某からは何も言いますまい」

「ありがとうございます。では春豪殿、早速明日に向けて手合わせなどいかがです?相手になりますよ」

「いや、ありがたい申し出だが今は結構。今は少し気を落ち着かせたい気分なのでな」

「そうですか。ではその気になった時にまたお声掛けください」

 こうして一通り話し終えた春豪は、清厳たちを残して庭を後にした。


 清厳たちとの会話を終えた春豪はなんとなく歩きたい気分だったので、適当に屋敷内をぶらつくことにした。

 そうして目的も持たずにさまよっていると、やがて正門付近で食材の搬入作業をしている兼平と出くわした。

「兼平殿」

「おや、春豪殿ではありませぬか。いかがなされましたか、このようなところで?」

「いや、特に理由もなく散策していただけです。兼平殿は食材の仕入れですかな?」

「ええ。暑さのせいですぐ痛むから、こうしてしょっちゅう問屋を呼ぶ必要があるんですよ」

 正門前には贔屓の問屋が持ってきた稗や粟、葉物野菜や酒などが並んでいた。全部合わせて荷車一台分という結構な量であったが、食べ盛りの柳生家家臣たちにかかればこれでも数日で平らげてしまうのだろう。兼平はそんな食材を一つ一つ見ていき、注文書通りであることを確認した。

「よし、確かに注文通り。ではいつものように帳簿につけといてくれ」

「承知いたしました。今後もどうかご贔屓に」

 こうして問屋は去っていったが、兼平の仕事はまだ続く。彼は今度は下男たちを指揮して、仕入れた食材をそれぞれの保管場所に運ばせた。

「野菜はすべて調理場に。稗や粟は半分は蔵に。酒の四半は長屋に置いておけよ!」

 きびきびと指示を出す兼平。その姿からは明日の立会人に選ばれたという気負いは見えない。あるいはまだ利厳から話を聞いていないのだろうか?そう春豪が思っていると、ふとした合間に兼平が声を掛けてきた。

「……意外ですか?明日のことがあるというのに、こんなことをしている私が」

 どうやら兼平はすでに立会人の件について聞いていたようだ。それを知りつつ鍛錬ではなくお屋敷の仕事に精を出していたらしい。

「いや、そんなことはありませぬ。むしろ普段通りに振舞えているその姿に感心していたくらいです」

「ふふふ。普段通りですか。……本当、そのくらいの胆力があればよかったんですがね」

 そう言うと兼平の体は、まるで堰を切ったかのように震えだした。どうやら兼平はだいぶ無理をして平静を装っていたようだ。

「まさかこんなに早く次のお役目が来るとは思ってもみませんでした。しかも今度は決闘の立会人。信頼されているがゆえに選ばれたということは理解していますが……情けないことに他ならぬ私自身が私のことを信じられていないようです」

「兼平殿……。……酷な言い方になりますが、無理だと思うのならば辞退するのも一つの手だと思いまするぞ」

 実際春豪は、兼平に関してはまだ精神面に不安が残ると分析していた。本人もそこは自覚しているようだったが、それでも辞退という案には首を振る。

「清厳様や儀信殿が向かわれるというのに某だけが留守番なんてできるわけありませんよ。それに……わかるんです。自分は一度引いたらもう元の場所には戻れない。一度引くことを覚えたら、もう武士ではいられないということが……」

 武士には腕っぷしも確かに必要ではあるが、それ以上に心の在り方が重要となってくる。こころざし無き者はそこいらを浮浪する牢人と変わらず、逆に一本芯を持っていれば春豪のように周囲からの尊敬を集めるような武士にもなれる。

 兼平は今、自分が目指すべき武士になれるかどうかの瀬戸際に立っていることを自覚していた。

 そして悩める若人である以上、兼平もまた春豪にとって救うべき対象であった。

「……自身の心に従うといい。生き様とはそのあとについてくるものだ。それに助けてくれる者もいる。清厳殿に儀信殿。もちろん某も兼平殿が道を見つけられるよう助力しましょうぞ」

「ありがとうございます。……ふふっ。これではどちらが立会人かわかりませんね」

「まったくだ」

(あるいはこれも利厳殿の掌の上なのかもな……)

 結局春豪は、立会人になる自信がなかった兼平の背中を押した形となってしまった。果たしてこれで良かったのだろうかと自問したものの、その成否は結果が出るまでわからない。

(ならばせめて私は私がすべきことを成すか)

 その後自室に戻った春豪は入念に体をほぐしたり、長巻の手入れをするなどして明日に備える。

 そして一夜明け、いよいよ決闘当日の朝がやってきた。


 決闘当日の早朝。春豪と立会人の三人――清厳、儀信、兼平は屋敷正門前に集合していた。

 服装は清厳たちは動きやすい遠出用の裃と袴で、頭には日光除けの笠もかぶっている。春豪はいつも通りの着古した僧衣を着込み、そして右手には布を丁寧に撒かれた長巻が握られていた。

 準備は万端であとは門が開く明け六つの鐘が鳴るのを待つばかり。そんな中で春豪は近くにたたずむ清厳に声を掛けた。

「清厳殿。改めて本日は立会人になっていただき感謝いたします」

「気になさらないでください、春豪殿。春豪殿の本気を間近で見られるのです。むしろ役得ですよ」

 実のところ、春豪は未だ清厳がこの決闘についてくることを呑み込めずにいた。彼の立場を考えれば屋敷でじっとしている方が明らかに安全だ。

 だが相談した利厳は意に介さず、清厳本人もまるでこれから遊びに出かける子供のように期待している顔をしていた。結局清厳の同行を止められなかった春豪はせめてもと忠告くらいはしておく。

「……一応罠の可能性もあるってことを忘れないでくださいね?」

「わかってますよ。貴殿も某らの腕はご存じでしょう?何かあったとしても、自分の身ぐらい自分で守れますよ」

 実際彼らの腕ならば、牢人が多少の策を弄してきたとしても問題はないだろう。とはいえ何が起こるかわからないのが戦場というもの。世話になった柳生家の嫡男を預かるという形に春豪は珍しく気を揉んでいた。

「……儀信殿。一応言っておくが、万が一の時は清厳殿を優先してくださいね。某は多少のことならば自分で解決できますゆえ」

「ご安心を。殿には先んじてそう言われておりますので」

 どうやら利厳も最低限の保険は掛けていたようだ。そんなことをするくらいなら初めから遠ざければいいものをと思いもしたが、まぁ向こうには向こうの思惑があるのだろう。

 そう色々と考えていると空もだいぶ白んできた。まもなく開門の鐘が鳴る。春豪は(もうここまで来ればなるようにしかならないな)と半分あきらめた様子で草鞋の結びを確認した。


 まもなくしてゴーンゴーンと明け六つの鐘が鳴った。これは同時に町中の門を開門する合図にもなっており、これによりようやく町の外に出ることができるようになる。

 春豪たちは鐘が鳴ると同時に屋敷を出て、数日前と同じように堀切筋を東に進んだのち、小牧街道へと続く北門から名古屋の町を出た。

 城下町を出た一行は先日とまったく同じ道をたどって小牧へと向かう。天気は快晴で旅人の姿がまばらなのも前回通り。違いはせいぜい前回は代表者となっていた年嵩の武士・直房がいないくらいであった。

 同じことを儀信も思っていたのだろう。彼は何気なしに清厳に話を振る。

「まさかこんなに早くまたこの道を通ることになろうとは……。これで直房様がいらしたら、この前の視察と同じだったんですがね」

「ああ。昨日少し話したが、立会人に選ばれなかったことを残念に思っていらしたな。面子が面子だけに他の者よりも特にな」

「殿にも意図はあるのでしょうが、結果的には一人漏れてしまった形となってしまいましたからね」

 二人のそんな会話を聞いて、先頭を歩く兼平が申し訳なさそうに振り向いた。

「う……。やはり某が辞退して代わればよかったでしょうか?」

 兼平は年長の者を差し置いて選ばれたことに若干の後ろめたさを覚えているようだ。だがそれは不要の心配だと儀信が返す。

「それは違うぞ、兼平殿。俺たちは皆適材適所で選ばれたんだ。申し訳なく思うのならばむしろするべきことを成し、自分が選ばれたことは間違いではなかったと証明して見せろ。それが選ばれなかった直房様のためにもなろう」

 それから儀信は兼平と肩を組み、そして小声で続けた。

「……それに万が一の時は清厳様を逃がさねばならぬからな。こればかりは俺一人では不安だ。頼りにしているからな」

「!……承知いたしました!全力を尽くします!」

 儀信からの励ましを受けて立ち直る兼平。やはり精神的な安定感は他二人に比べて一段劣るが、回復が早いのも若さゆえの強みだろう。

 こうして一行は二刻ほど歩いたのち、再度小牧の地に訪れるのであった。


 名古屋城城下町から五里ほど北にある宿場・小牧宿。

 数日ぶりに再訪した春豪たちであったが今回は公的な用事ではなかったため、彼らは目立たぬようにそそくさと通り過ぎようとする。

「まさかこれから決闘をしに行くとは言えませんからな」

 町の近くで決闘をすると聞けば、役人たちはきっと春豪たちを止めることだろう。それは望むところではない一行は笠を目深にかぶって足早に宿場を抜ける。幸いにも春豪たちは見知った顔とすれ違うことなく小牧の町を出ることができた。

「ふぅ……。ここまでくればもう大丈夫でしょう。どうです、このあたりで少し休むのというは?」

 休憩を提案した儀信曰く、このあたりは小牧と楽田の中間あたりだそうだ。またちょうど腹も減ってきたところであった。

「ふむ。ではそうしようか」

 一行は適当な木陰に腰を下ろすと、屋敷を出る際に貰った握り飯にかぶりついた。ちなみに中身の具は干し昆布を刻んだものだった。昆布は古来より『喜ぶ』に通じる縁起のいい食べ物とされている。利厳たちなりの気遣いなのだろう。

 そんな昼食の最中、春豪は改めて楽田という土地について訊いてみることにした。

「それで楽田とはどのような村なのですか?」

 これに答えたのは清厳であった。

「楽田はかつて楽田城があった土地で、今は小さな集落となっているところですね。中山道の鵜沼うぬまへと続く追分があることでも知られております」

「追分か……。人通りは多いですか?」

「いえ、あまり栄えてる方ではありませんね。元々こちらの街道はあまり使われない道ですし」

 追分とは複数の街道が交差している地点のことで、流通の要所となるため近くの集落は賑わっていることが多い。だが楽田から名古屋へと伸びる小牧街道は道中に徳川義直の御殿があったため、一般人はあまり使用しない道だった。また中山道のショートカットとしても半端な道だったため、楽田周辺は予想に反して人通りは少ないとのことだ。

 人通りが少ないということは決闘をしてもお上に咎められる可能性が低いということだが、反面不埒な牢人たちが出入りしやすいことでもある。

「……何が起こってもいいように、幾つか合図を決めておいた方がいいかもしれませぬな」

「合図と言いますと?」

「こういうのはどうでしょうか?」

 春豪たちは握り飯を食みながら、幾つかの即席のハンドサインを用意した。これがどれだけ役に立つかは知らないが、何も準備をしないよりはマシだろう。

 ある程度合図を決めた春豪たちは改めて楽田へと向けて歩き出した。


 名古屋を出てからおおよそ三刻。春豪たちは正午ごろに目的地最寄りの集落・楽田へとたどり着いた。

 楽田は事前に聞いていた通り追分のある寂れた集落で、村人に訊けば目的の廃寺の場所もすぐにわかった。

「北西の廃寺?あぁ確かに寺ならあるな。だが何しに行くんだ?あそこは最近牢人たちが出入りしているそうだから、あまり近付かない方がいいぞ」

「忠告感謝する。だがどうしてもそこに向かわなければならなくてな。道を教えてくれるか?なに、迷惑はかけないから安心してくれ」

 こうして寺へと続く細道を教えてもらった一行は、道なりに進んでいく。そんな中儀信がぽつりと呟いた。

「いよいよですな。しかし『牢人』ですか。これはやはり罠なんですかね?」

 。道を教えてくれた村人はこの先に牢人が複数人いることを示唆していた。

「多対一で襲ってくるか、それとも伏兵として潜んでいるか……。どちらにせよ警戒は怠らない方がよさそうですね。……!。寺が見えてきましたよ!」

 先頭の兼平の報告の通り、細道を五分ほど歩いた先に指定された廃寺はあった。見たところ五年以上は放棄されていたようで、石畳の隙間からは茎の太い雑草が伸び放題になっていた。

 ただ本堂の方は戦国の頃に拠点となることを期待していい建材を使ったのだろう。目立った破損部は屋根のこけら板が幾枚か歪曲しているくらいで、壁や柱は苔とカビで覆われているものの往年の風格を残していた。

 そんな廃寺本堂の正面階段では一人の牢人が腰掛けて手酒をちびちびとやっていた。軽く周囲を見渡すもこの男以外に人影はなし。春豪はこの男に近付き声を掛けた。

「貴殿が某を呼んだ者か?」

 牢人の男はぎょろりと目玉を動かし春豪を見たのち、にやりと不敵に微笑んだ。

「貴殿が春豪殿ならばいかにもだ。某は越前の兵五郎へいごろう。春豪殿の噂を聞いてお呼びした」


「某は越前の兵五郎。柳生殿のお屋敷に果たし状を送ったのは、いかにも某だ」

 指定された廃寺では兵五郎と名乗る牢人が待っていた。年齢は三十代後半から四十代といったところで、ボロい小袖を纏っており少し出た腹は運動不足を思わせる、そんな男であった。

(こやつが一人か……)

 さりげなく周囲に目を配る春豪。見える範囲に他の人影はない。ということはやはりこの男が果たし状を送った人物で間違いないのだろう。

(その割にはあまり戦乱の世に執着しているようには見えんがな……)

 訝しむ春豪であったが、兵五郎の方はそんな視線には気付かず話を進める。

「果たし状に応じてくれて感謝いたします、春豪殿。それで後ろの方々はどなたでしょうか?」

 兵五郎が尋ねたのは清厳たちについてだった。

「ん。ただの立会人だ。彼らが手出しすることはないから案ずることはない」

「立会人……。柳生家の方々ですかな?」

「そこは気にするところではないだろう。……それで早速立ち合うのか?」

「……そうですな。世間話をするような仲でもないですし、それもいいでしょう。場所はそこの参道で」

「承知した。清厳殿。少し下がっていただけますか?」

 振り返った春豪は決闘ができるだけのスペースを作るために清厳たちを下がらせる。――それと同時に春豪はさりげなく清厳たちにハンドサインを出した。今回出したそれは『罠の可能性高し。周囲の警戒を怠るな』。春豪は相手の雰囲気からそう判断した。

(こやつからは立ち合いに挑む覚悟のようなものが見受けられない。きっと何か策を弄してあるな……)

 もしこの兵五郎と名乗った男に己が命を懸けて戦うだけの気概が見えていたら、彼がこの場に一人でいることに納得していただろう。だが薄ら笑いを浮かべる彼にそのような気概は感じられない。むしろ本気で戦うなど馬鹿げているとでも言いたげな、のらりくらりとやり過ごしておいしいところだけかっさらってやろうという狡い考えが透けて見えていた。

(十中八九罠だな。まぁ何をしてくるかは知らぬが、先に切り捨ててしまえば問題ないだろう)

 このような罠に巻き込まれることは初めてではなく、春豪はその都度力と胆力で乗り越えて来た。

(今回もまた同じようにすればいいだけのことよ)

 そんなことを考えながら春豪は長巻をくるんでいた布をゆっくりとはがすのであった。

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