春豪 郊外の見回りに参加する 3

 利厳からの頼みで哨戒任務に協力することとなった春豪は、清厳たちと共に名古屋城城下町の北にある宿場・小牧宿へと向かう。

 無事小牧宿に到着すると報告のために清厳と直房が一時離脱する。その際小牧宿で留守番することとなった春豪たちであったが、ここで兼平が疲労で倒れてしまう。

 春豪と儀信は兼平の介護をしながら、清厳たちが戻ってくるのを待つのであった。


 疲労で横になっていた兼平はまもなくして目を覚ました。

「ん……ここは……?」

「おぉ起きたか、兼平殿。どうだ、動けそうか?」

「儀信殿?……あぁそうか。某は小牧で気が抜けて……。なんと恥ずかしい醜態を……!」

 どうやら兼平はこれまでの経緯を思い出したようで、情けなさに歯ぎしりをするが、それに儀信が軽く肩を叩いて慰める。

「初めてのお役目ならばそういうものだ。幸い清厳様たちと別れた後だったから巻き込まれたのも俺たちだけ。気にすることはないさ。なぁ春豪殿?」

 春豪がこれにうなずくと、兼平の自責の念も少しばかりは軽くなったのだろう。彼はゆっくりと上体を上げたのち深々と頭を下げた。

「見苦しいところを見せてしまい本当に申し訳ございませんでした。これからは真の武士となるべく精神の方も練磨するとここに誓おう」

「うむ。共に鍛えていこうではないか」

 こうして兼平は回復し、それからまもなくして清厳たちも小牧御殿から戻ってきた。


 小牧御殿への報告を終えて戻ってきた清厳と直房は、別れた近くの木陰で待っていた儀信たちを見つけて少しばかり驚いた顔を見せた。

「なんだ、先に昼飯に行ってていいって言ってたのに、食いには行かなかったのか?」

「ええ、まぁ……まだ早い時間でしたからね」

 本当は兼平が倒れたせいで昼食を取る余裕がなかったのだが、武士の情けということで儀信はそのあたりはぼかして返答した。実際まだ正午前だったため清厳たちは特に気にすることもなくこれに納得する。

「まぁまだ九つにもなってないからな。だがそれならちょうどよかった。向こうで色々と土産を貰ったのでな、皆で食おうではないか」

 どうやら清厳たちは小牧御殿の役人たちから餅やら漬物やらを土産として分けてもらったようだ。こうして合流した一行は近くの茶屋の座敷を借りて、少し早い昼食を取ることにした。

 そして各々好きなように土産を腹に入れる中、春豪がこれからの予定について尋ねる。

「これで小牧までの視察は終わりましたが、これからどうするのですか?このまま引き返すのですか?」

 これに答えたのは焼いた草餅を食んでいた直房だった。

「いえ。我々はここから東にある和泉いずみ村という村を目指すこととなります」

「その村に何かあるのですか?」

「和泉村の近くにはここ小牧と同じように、大納言様の鷹狩用の仮御殿が建てられているんですよ。またすぐそばには名古屋へと続いている街道も通ってまして、帰りは視察がてらこれを通って名古屋へと戻ります。つまりぐるっと一周するということですな」

 そう言うと直房は土間に大きな三角形を描いて見せた。頂点はそれぞれ名古屋城下町、小牧宿、和泉村。そして辺はそれぞれをつなぐ街道を表していた。

「なるほど。確かに『ぐるっと』ですな。……この小牧と和泉とをつなぐ街道は何という名前なのですか?」

「この道には特に名前はないですな。ちゃんとした街道ではなく地元の者が使う細い道です。対して和泉から名古屋へと続く街道はよく整備された広い道で、『内津うつつ道』やら『下街道』なんて呼ばれてますね。道なりに進めば二刻半ほどで城下町へと帰ることができましょうぞ」

「……つまり今回の見回りは城下町と大納言様の二つの御殿とを結ぶ区域の見回りだったということですか」

「そういうことですな。……さぁそろそろ参りましょうか。夏とはいえのんびりしていたら日暮れまでに屋敷に帰れませんからな」

 直房に倣い立ち上がる一行。茶屋を出た彼らは和泉村に向け小牧宿を出た。


 早めの昼食を終えた春豪一行は小牧宿を出て東へと歩を進める。目的地は義直の御殿近くにある村・和泉村である。

 この和泉村と小牧との間には明確な街道は敷かれていなかったが、地元の者が往来しているのだろう、所々に人によって踏み固められた道らしきものが続いていた。

 一行はそれに従いゆっくりと東に進む。速度を出さなかったのは昼食後だからではなく、賊や牢人がいないか警戒しての歩みであった。

「このあたりには里山や手つかずの林も多いため、時折どこぞの無頼者が住み着くことがあるんですよ。当然それらも我らの監視対象となります」

 小牧・和泉村間は人通りが少なく、かつ義直の御殿が近くにあったりと牢人にとってはあまりうま味のある場所ではない。それでも東海道と中山道、両方の街道にアクセスできるということから一時的にこのあたりに居を構える牢人は時折いるらしい。

 一行は道中の集落で情報を得ながら進んでいく。話によると今のところこのあたりに不審な影はないとのことだったが、油断はできないと直房は釘をさす。

「ただ寝泊りするだけならいいのですが、万が一近くの里の者に被害が出れば城の管理問題に発展しかねませんからな。ゆえに気を抜かずに進んでまいりましょう」

 とはいえ敵が現れない以上、比較的のどかな旅であることに変わりはなかった。一行は程よく休憩を取りながら進み、時には歩きながら世間話に興じることもあった。

 そんな世間話の中で次のような一幕があった。


「そういえば春豪殿はこのあたりに来たことはあるのですか?」

 振り返りながら尋ねたのは儀信であった。彼としては特に深い理由もなく、単にふと気になったから尋ねたのだろう。春豪も歩きながら軽い感じで返答する。

「このあたりですか?いえ、初めてですね。そもそも名古屋の北にこんな場所があったことすら知りませんでしたから」

「なるほど。ではどこまでなら行ったことがあるのでしょうか?江戸に参られたことは?」

 これに春豪は首を振る。

「某は西の生まれでして、尾張ですら今回初めて来たくらいです」

「そうだったんですか。しかし何故尾張に?旧知の方でもいらしたのですか?」

「それは……実はお恥ずかしながら、駿府の方で武術大会が開かれると聞いて東に向かっていた最中だったんですよ」

 春豪が尾張にまで来た理由。それは駿府にて武術大会が開かれると風の噂で聞いたためだった。

 だがこの噂は実はガセで、それに気付いてこれからどうしようかと宮宿で悩んでいたところ利厳に声をかけられて今に至る。

 そんなことを話して聞かせると、春豪は聞いた清厳たちが苦虫を嚙み潰したような何とも言えぬ表情をしていることに気が付いた。

「ど、どうかなされたのですか?そのような表情をして……」

 これに答えたのは直房であった。

「……まぁもう過ぎた話ですし話してもいいでしょう。実はその武術大会の噂は、駿府に名だたる武術家が集まってしまったがために生まれた噂なんですよ」

「名だたる武術家が?いったいどういうことですか?」

「詳しい経緯は私も知りませんが、駿府を拠点として賊の討伐だか護衛だかが行われたそうです。そしてそれに選抜されたのが江戸の柳生宗矩殿。そしてその嫡男・柳生三厳殿だとかなんとか……」

「柳生三厳!」

 思いがけないところで出てきたその名前に、春豪は思わず驚愕の声を上げるのであった。


 直房が名を挙げた柳生三厳といえば尾張柳生に対する江戸柳生、その次期当主候補の人物である。加えてまだ推察の範囲だが、清厳がその首を狙っている相手でもあった。

 というわけで彼の名前が出るや春豪はさりげなく清厳の顔色を窺おうとした。しかし前を歩く清厳の顔は見えない。それでもその背中からは明らかに不機嫌そな気配が見て取れた。

(果たしてこれは触れてもいいことなのだろうか?)

 春豪が逡巡していると、先に直房が口を開いた。

「おや、知っておりましたか?柳生三厳の名を」

「え?ええ、まぁ……。某は強者を求めて西の国々を渡り歩いておりましたので……」

「なるほど、柳生の名は有名ですからね。……その三厳殿ですが、半月ほど前でしたかな?とあるお役目で手勢を率いて駿府に向かったことが確認されております」

 このお役目とは武家伝奏の使いを駿府まで送り届ける護衛任務のことである。しかし本作戦に参加していなかった直房たちは任務内容までは把握してはいなかった。

「わざわざ駿府にまで行くとは、そのお役目とは何だったんですか?」

「それがいくら調べてもわからないんですよ。余程重要なお役目だったんでしょうね」

「おや。尾張の柳生家は任務には参加しなかったのですか?」

「……」

 一瞬ピリッとした空気が一行の中に流れた。春豪はすぐさま自分が失言したことに気が付いたが、もはや言葉は口から出た後であった。

(しまった!迂闊だったか!?)

 江戸柳生はお役目を任されたが、尾張柳生には声がかけられていない。それは尾張柳生の自尊心を傷つけるには十分すぎる事実であった。

 春豪もすぐにそのことに気が付いたが時すでに遅し。残念ながら何かしら取り繕うよりも先に直房が皮肉めいた笑みを見せた。

「まぁ仕方ありますまい。某らは尾張の家臣。江戸から見れば十分に信用はできないということなのでしょう」

「えっと……、それはどういう……」

「上の方で色々とあるということですよ。……おや。話し込んでいたら到着ですか。春豪殿、内津道が見えてきましたよ」

 少々強引に話題を変えた直房。春豪もあまりこの話を掘り下げるべきではないと感じたようで、素直に彼が示した先を見る。

 すると一行の進む道が少し先のところで、よく整備された広い別の道と交差していた。それこそが名古屋と和泉村とをつなぐ街道・内津道であった。


 内津うつつ道。名古屋城城下町から北東に延びる街道で、現代で言う愛知県春日井市や岐阜県多治見市などを通ったのち中山道の大井宿へと合流する。ちなみに内津という名は、道中にある尾張と美濃とを分ける峠・内津峠から来ている。

 またこの街道は小牧街道ほど警備が厳重ではなかったため、お上御用達の小牧街道との対比で『下街道』と呼ばれることもあった。

「ここが内津道ですか。次の目的地は和泉村でしたよね?」

「ええ。ここより少し北にあります。そこで報告をしたら、あとはもう屋敷に帰るだけですね」

 そういうわけで今度は道なりに北に指針を取る一行。彼らは整備された広い道を歩き出す。

「何と言いましょうか、どうやらよく使われている道の様ですな。人通りも、これまでの道と比べて段違いに多い」

 春豪が指摘した通り、内津道は今日歩いて来た道の中では最も往来の数が多い街道だった。その原因はこの街道も中山道に通じているためである。

「中山道に向かう者、あるいは中山道から東海道に向かう者が使う道ですからな。先の小牧街道も中山道に通じておりましたが、向こうは役人も使う分普通の旅人は遠慮してこちらの道を使っているんです」

「なるほど。しかし人の行き来が多いということは、その分不埒な輩も多いということですかな?」

「その可能性は十分にありますね。まぁ城も近いですし、そこまで露骨な馬鹿はいないと思いますが。……お、見えてきましたよ。あの小川を越えれば和泉村はもう目と鼻の先にございます」

 直房の言葉通り、小さな橋を渡ると一行は間もなくして和泉村に到着した。

 和泉村。内津道沿いにある小さな村で、近くには徳川義直が鷹狩りのために建てた坂下御殿があった。また小牧御殿の時と同様に、ここまでの見回りの報告をここに詰めている役人にすることとなっていた。

 一行は先程と同じく清厳、直房だけを報告に向かわせ、残る三人は適当な場所で留守番をすることとなった。


 和泉村に到着した一行は再度報告組と待機組とに分かれた。組み分けは前回と同様に清厳と直房が坂下御殿に報告に向かい、残る春豪、儀信、兼平が待機組となる。

「それでは報告に行ってくる。多分小牧の時よりは早く済むだろう。適当に待っておいてくれ」

「はっ。どうかお気をつけて」

「ふふっ。ただの報告に気を付けるも何もないだろう。むしろ気を付けるとしたらお前たちの方だ。怪しい奴がいないかよく目を光らせておけよ。……それでは行ってくる」

 こうして坂下御殿へと向かった清厳たち。残された春豪たちは近くの木陰に腰掛けぼんやりと時間を潰すことにしたのだが、そんな折儀信がいたずらっぽく笑いながら話しかけてきた。

「先のは失言でしたな、春豪殿」

「失言?……ああ、お役目から遠ざけられた話ですか。迂闊でした」

 先の失言とは武家伝奏の護衛任務に呼ばれなかった件についてである。

 確かに面目を重んじる武士に対してハブられたことを指摘するのは、自尊心を傷つける行為に他ならない。その時の直房の反応から悪いことをしてしまったのではないかと心配する春豪であったが、儀信によるとそれほど気にしなくともいいとのことだった。

「江戸が尾張うちをないがしろにするのは、よくあることなので気にしなくてもいいですよ」

「そうなのか?」

「ええ。奴ら、うちの大納言様が将軍の座を狙ってるんじゃないかと勝手におびえてるんですよ。まったく、肝の小さな奴らです。……ただ今回は江戸の柳生が関わっておりましたからな。直房様たちがピリピリしているのはそのためです」

「江戸の柳生……。そういえば言っておられましたな。江戸の柳生が駿府に集まっていると」

 直房の話によるととある任務のために江戸柳生の柳生宗矩と柳生三厳、およびその配下らが駿府に集まっていたそうだ。そして儀信によると、彼らが暗躍している噂が流れること自体が清厳たちにとって癇に障ることらしい。

「江戸の役儀ゆえ江戸の柳生が関わるのは仕方のないことです。問題はその噂が広く流布してしまっているということです」

「どういうことですか?」

「考えてもみてください。片や尾張に閉じこもっている柳生家。片や東海道を股にかけ重要な任務を任される柳生家。噂を聞いた者はどちらがより優れた家だと思うでしょうか?」

 悔し気に石を投げた儀信を見て春豪もようやく彼らの心中を悟った。

「なるほど。確かに噂だけ耳にした者からすれば、江戸の柳生家の方が優れているように聞こえますな」

「でしょう?主君の差はあれど、家自体は大した差などないというのに……」

 どうやら清厳たちは江戸の柳生家と勝手に優劣をつけられてしまっていることを面白く思っていないようだった。

(もしやこれが清厳殿が三厳殿を狙う理由か?……待てよ。だとすると清厳殿の執着の原因は柳生庄という土地ではなく……)

「儀信殿。少し訊きたいことがあるのだが……」

 話を聞いた春豪はとある考えに思い至り、それを確認するために儀信に尋ねてみようとした。

 しかしそれは別の声によって遮られるのであった。


 とある疑念を抱き尋ねてみようとした春豪。しかしその問いかけは別の声によって遮られることとなった。

「なぁ、なにも有り金全部取ろうってわけじゃないんだ?尾張に着くまでの金は残してやるから、それ以外は俺らに貸してくれって言ってんだよ」

「こ、困ります!他を当たってください!」

「そう言うなよ。ここで会ったのも何かの縁と思ってさ」

 聞こえてきたのはガラの悪そうな男の声と、それに怯えているような男の声。それを耳にした春豪たちが木陰から顔を覗かせると、いかにも牢人らしい三人組の男が一人の旅人に金をせびっているところが見えた。

「寄越せって言ってるんじゃないんだよ。ちょっと貸してくれって言ってんだ。都合がついたらちゃんと返してやるからさぁ」

 当然だがこの手の牢人が素直に金を返すはずがない。一連のやり取りを見ていた儀信は呆れたように溜め息をついた。

「……まったく、馬鹿はどんなところにでもいるものだな。行きますぞ、兼平殿!」

「は、はいっ!」

 こういった破落戸ごろつきを取り締まるのも見回り任務の一環である。儀信と兼平は早速飛び出して牢人たちの前に立つ。

「お前たち!そこで何をしている!」

「あぁん?何だ、てめぇ?」

「尾張御公儀の者だ。強請ゆすりやたかりで無辜の民に害をなすというのなら容赦はせぬぞ」

「ははっ、強請りだぁ?そりゃあ勘違いだぜ、お侍様よぉ。俺たちはただ金を貸してほしいってお願いをしているだけですぜ」

「……そんな口八丁が通じる相手だと思うなよ」

 舐めた様子の牢人たちに向かって鯉口を切って睨みを利かす儀信と兼平。しかし牢人たちはこれにひるむことなく懐の短刀に手を伸ばす。

「はっ!随分と威勢のいい口を利くじゃねえか。そっちがその気ならこっちだって容赦はしねえぞ?」

「この……!」

 共に得物に手を伸ばし構えたことにより、街道が一気に一触即発の空気となった。

(これはマズい……!)

 牢人たちがこうも強気に出れるのはおそらく儀信たちが若いせいだろう。儀信と兼平は共に二十代前半。対し牢人たちは牢人稼業も長いであろう三十代から四十代といったところで、数も三人と一人多い。こういう荒事にも慣れているようで全員気負う様子もなく、いつでも飛び掛かれるような構えを取っていた。

(このままでは怪我人が出るな。仕方ない。俺も行くか)

 雰囲気が悪いことを察した春豪が一歩遅れて彼らの前に出た。

 これに牢人たちは思わずたじろぐ。彼らからしてみれば謎の巨僧がいきなり割って入ってきたたのだ。動揺するのも仕方のないことだろう。

「な、何者だ、てめぇは!?」

「ゆえあって彼らに協力している者だ。戦うというのなら某も参戦するが、さぁどうする?」

「春豪殿!」

「くっ……」

 春豪の見た目はいかにも歴戦の古強者といったものである。加えて数的優位もなくなった。これにより牢人たちも分の悪い勝負になると察したようで、彼らはありきたりな捨て台詞を残して逃げていった。

「くそっ!覚えていろよ!」

「ふんっ。戦う気概もないのか、この根性なしめ。……申し訳ございません、春豪殿。お手を煩わせてしまって」

「お気になさらずに。某は今は柳生家の食客なのですから。……どうやら旅人の方も上手く逃げおおせたようですね」

 牢人たちに絡まれていた旅人は、儀信たちが注意を引いている間にこの場から立ち去ったようだ。感謝の言葉一つなかったわけだが、まぁこちらもお役目の一環でしたことなので気にすることもないだろう。

 その後若干乱れた衣服を正していると、報告を終えた清厳たちが戻ってきた。

「戻ったぞ。……どうした?何かあったのか?」

「なに、少し行儀の悪い牢人がいたので睨んでやっただけです。そちらはいかがでしたか?」

「うむ。こちらも最近牢人の数が増えてきていると報告を受けてきたところだ。まったく、物騒な話だ。帰りは気を付けなければな」

 こうして合流した一行は警戒しながら和泉村を出て、内津道を南に進む。

 その甲斐あってか彼らは無事名古屋の町に到着し、任務を貫徹することができた。

「ふぅ……。どうやら無事に帰ってこれたようだな。報告は後からするとして、まずは足でも洗おうか」

 旅禍なく帰還できたことに安堵する一行。

 しかし問題はこの時すでに別の場所にて動き出していた。


 場所は変わって和泉村近くのとある廃寺。そこでは先程春豪たちが退けた牢人たちが腰を下ろして愚痴を言い合っていた。

「畜生、ツいてねえな。まさか今日がお上の見回りの日だったなんて」

「ああ、まったくだ。それにあのデカい坊主だ。ありゃあ明らかに普通の坊主じゃねえ。あいつさえいなけりゃ、頭でっかちの若侍なんぞどうにでもできてただろうに」

「それなんだが……、あの坊主、もしかして春豪房なんじゃないだろうか?」

 どうやら牢人の一人が春豪について心当たりがあるようだ。残る二人はその男の方を見る。

「知っているのか、あの坊主のことを?」

「噂で少しな。他の奴らも『春豪』と呼んでいたからまず間違いないだろう。命懸けで腕試しをしてくれる凄腕の坊主だそうだ。最近どこぞの屋敷に招かれたと聞いていたが、まさか本当だったとはな」

 男は自分の知っている春豪房の噂を話して聞かせた。

「……ほう。名を挙げるために諸国を渡り歩いている僧侶か。そんな古臭い考えの奴がまだいたとはな」

「ああ。ただ最近はどこぞの屋敷に招かれたそうだ。まさかそれが街道の見回りをしている家だとはな」

「……面白い話じゃねえか」

 一連の話を聞いた牢人の一人が意地の悪い顔でニヤリと笑った。

「え?何がだ?」

「考えてみろ。討てば名の上がる僧侶。そしてそいつが招かれている家は街道の警備を任せられるくらいの地位を持っている家だ。……うまくやればこいつら両方の首を取ることができるんじゃねえか?」

 男の意図を悟った残る二人は同じように意地悪く口角を上げた。

「面白れぇじゃねえか。奴らに一泡吹かせてやろうぜ。……となるとまずは奴らがどこの家の者なのかを突き止めないとだな」

「頭数も必要だ。集まれそうな奴に片っ端から声掛けようぜ」

「くくく……。いいねぇ。久しぶりに血が騒いできた!」

 こうして春豪たちのあずかり知れぬところで、彼らの命を脅かしかねない問題が静かに進行しているのであった。

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