柳十兵衛 小夜の中山を越える 3
小夜の中山山頂付近にて、敵はいよいよ襲撃をかけて来た。彼らは十兵衛たちの前後を押さえて包囲を試みる。
だが十兵衛たちも用意はしてきた。一行は長い隊列を生かして包囲を阻止し、撤退準備が整うまでの時間を稼ごうとする。
そんな折、敵の一班が草むらから十兵衛たちの班に近付く。これは戦わざるを得ないと、十兵衛たちは応戦の構えを取った。
十兵衛たちの班に接近してきたのは覆面を付けた四人組の刺客であった。彼らの振る舞いを見るに狙いはどうやら十兵衛のようだ。
「向こうはどうやら十兵衛様を狙っているようですな」
「ああ。今後のために妖術に詳しい者を排除しておきたいのだろう」
十兵衛はちらりと周囲を見渡した。残念ながら戦線の都合上逃げ場はないようだ。だが幸い敵は四人だけ。これなら迎え撃つことも可能だろう。
「常隆、四郎五郎。お前たちは荷物を持って下がっていろ。向こうが四人ならこっちも四人で相手をしてやろう」
そう言うと十兵衛と与六郎、善祐と康成の四人が前に出た。
ちなみに部下二人を下げたのは相手を舐めての行動ではなく、下手に乱戦にならないようあえて同数になって一対一を誘ったのだ。その甲斐はあったようで、向こうも一人ずつ十兵衛たちの前に立って構えた。
「よし、あとは一人ずつ倒すだけだ。皆、無茶するでないぞ」
「はっ」
こうして小夜の山中にて十兵衛たち四人と敵四人、計八人が互いに睨み合う形が出来上がった。
互いに構えて睨み合う八人。その中で一番最初に動いたのは、意外にも一番慎重そうに見える年長者の善祐であった。
彼は周囲に他の伏兵がいないことを確認すると相手に向けていた切っ先をやや下げた。それは下段と言うほどではなかったが、中段にしては明らかに低い、ほぼ水平に近い構えであった。そして善祐はこの姿勢のまま相手に向かって飛びかかっていったのだ。
「はぁっ!」
「なにっ!?」
これには相手も驚愕する。なにせ一般的に切っ先を下げる構えは、相手の攻撃を受けることを目的とした守り寄りの構えであったからだ。
にもかかわらず善祐は自ら飛び込んでいき、そして互いの間合いまであと四半歩というところでビタリと止まってみせた。伸ばした切っ先は相手まであと数寸もない。これに敵の男は戦慄する。
「なっ、このっ!?」
男は覆面越しでもわかるほどに狼狽した。なぜなら男はこの一瞬でいきなり動かざるを得ない状況に陥ってしまったからだ。
現在善祐の位置は間合いの四半歩手前。このままぼうっとしていたらすぐにもう半歩踏み出され、切りつけられてしまうことだろう。それを防ぐためにはこちらも対応の一手を打たなければならない。引くか、弾くか、攻めるか、あるいはそれ以外か……。
選択を迫られた男が選んだのは、がら空きになっていた善祐の頭部に向かって刀を振り下ろすことであった。下段寄りに構えていたため手薄だと見たのだろう。しかし残念ながらそれこそが善祐の狙いであった。
「甘いっ!」
客観的に見れば露骨な誘いだったが敵はまんまと引っかかった。善祐は刀を持ち上げ敵の一撃を受け止めると、その勢いを利用して円を描くように逆袈裟で切り返した。
「ぐぁぁぁぁっ!?」
断ち切るまでにはいかなかったが敵の右前腕の肉はぱっくりと裂け、流れ出る血はくたびれた小袖を一瞬で朱に染めた。この傷ではもはや善祐の相手は務まらぬであろう。つまりは勝負ありということだ。
善祐は無表情のまま刀についた血を払うと、敵が逃げぬよう切っ先を向けたまま(他の者は大丈夫だろうか?)と軽く周囲を見渡した。
善祐は相手に主導権を譲ることなく、力の差を見せつけて勝利した。それに続いたのは康成であった。
正確に言えば善祐が動き出した際に、康成の相手が一瞬そちらの方に気を取られた。それに合わせて動いたためほぼ同時といってもいいだろう。康成は身を小さくして、素早く敵の意識の反対側――左下に飛び込んで切り上げるように刀を振った。
だが敵も完全に油断していたわけではなかった。一瞬隣の攻防に気を取られはしたもののすぐさま康成の動きを察知し、彼の奇襲気味の一撃を巧みに鎬でさばく。しかもさばいただけでなく、なんとこの男はそこから左手をグンと伸ばして康成の袖を掴もうとしてきたのだ。
「おっと、危ない!」
康成は乱暴に右手を振って掴みに来た手を弾くと、後ろに飛んで距離を取った。敵は惜しかったことを悔やむようにニ三度左手を握ったのち、改めてその手を柄に添えた。
それを見て康成は敵の出自をなんとなく察する。
(なるほど。純粋な剣士というわけではなさそうだ)
敵が繰り出そうとした掴み技――確かに実戦的な剣術の中にはそういう技法もあるにはある。しかしそれにしては手を出す速度が速すぎた。あれは日ごろからそういう戦い方をしている者の反応である。
それを鑑みるに、どうやら敵は剣士というよりは『剣術も修めた近接戦闘員』といった方が近いようだ。実際多様な任務に対応するためにはそちらの方が都合がいいのだろう。
(身のこなしも悪くない。おそらく総合力では向こうの方が上だろうな。……だがそれならそれで、やりようはいくらでもある!)
「はぁっ!」
相手の力量を察した康成は、仕切り直されるやすぐさま間合いを詰めて切りかかった。太刀筋は素直な袈裟切り。敵はこれを難なく弾いたが、康成は構わず今度は左に動いて逆袈裟切りを放つ。
「まだまだっ!」
「むっ!」
敵は再度康成の攻撃を弾くも、康成は構うことなくまたも右からの袈裟切り。そして次は左からの逆袈裟切りと、何度も何度も左右からの攻撃を繰り返した。
「はぁぁぁぁぁ!」
「くそっ!滅茶苦茶な!」
康成の連撃は一見すると剣術を知らない素人が出鱈目に刀を振っているようにも見えるだろう。だが敵は反撃できずに防戦一方となっていた。その秘密は彼の足さばきにあった。康成は打ち込むたびに左右に少しずつずれて、決して敵の真正面に立たないようにしていたのだ。
ただ左右に動くだけ。そう聞くと地味な技のように聞こえるが、実はこれがなかなかに厄介な技術であった。相手が正面にいないということは、正面に向かって普通に刀を振ってもきちんとした太刀筋にならないということである。これの対処法はこちらも足を使って相手を正面に捕らえるか、あるいは体をひねるようにして角度をつけて刀を振るうしかないのだが、どちらもそう簡単なことではない。足さばきの方は一朝一夕でできるようなものではないし、刀も半端に振れば逆に康成の付け入る隙となってしまう。
とはいえ何もしないままだとジリ貧になるのも目に見えている。いかに優秀な戦闘員であっても、さすがに剣術という土俵の上では手も足も出ないようだ。男の顔は今や焦り一色になっていた。
「くっそ……!こうなれば……!」
進退窮まった男は刀を手放し、別の武器を使おうと懐に手を入れた。
だがそこまで含めて康成の想定内であった。康成は相手が刀を手放す気配を感じ取るや、ダダンと無理矢理もう一歩踏み込んで敵の懐付近に突きを放った。
「はぁっ!」
「ぐふっ!?」
康成の一撃は敵の右前腕を裂き、胸にも切っ先が一寸ばかり刺さった。致命傷というほどではなかったが、胸を刺された衝撃的で男はその場でガクリと膝をついた。
「あ、が……」
(ふぅ、なんとか制することができたな……)
もし乱戦で来られたら、こうも簡単にはいかなかっただろう。康成は気を抜かずに倒れた男に切っ先を向けると、手傷なく勝利できたことにほっと胸をなでおろした。
こうして善祐と康成が一仕事終えたため、残るは十兵衛と与六郎の組のみとなったいた。だが与六郎の方はその後すぐに決着がついた。というのも彼担当の男が倒された二人を見て、完全に意識を持っていかれたからだ。
「猿彦っ!登一郎っ!」
(未熟な……)
敵と相対している最中に目を離すとは、悲しいかな襲ってきた中ではこの男が一番の未熟者だったようだ。
そのような隙を与六郎が逃すはずもなく、彼が音もなく放った短刀は男の左太ももに刺さった。
「っつったぁ!?」
袴越しだったためそれほど深くは刺さらなかったようだが、それでもまともに立てぬくらいの傷にはなった。
もはや余程の天災でもない限りここの戦局が覆ることはないだろう。あっけない幕切れであったが与六郎の戦闘も実質これで決着であった。
(ふむ。残るは俺だけか)
小夜の攻防も気付けば四組中三組の決着がつき、残るは十兵衛の組のみとなっていた。
彼が対峙する男は襲ってきた敵の中でも相当に体格のいい、身の丈六尺(約180センチメートル)を越える大男である。この男は十兵衛を担当するだけあって腕前の方にも自信があるのだろう、仲間が一蹴されたにもかかわらず、動揺の様子はまるで見られなかった。
(仲間に一瞥もせず、か……。このままでは自分が袋叩き似合う可能性だってあるというのに……)
手が空けば与六郎たちも合流してくる。にもかかわらず男には余裕の雰囲気すら見て取れた。それが少し気になり十兵衛は男に尋ねてみる。
「おい、お前。まだ続ける気か?お前以外の三人はもう決着がついたようだが」
すると対峙している男は覆面の下であざけるように鼻で笑った。
「ふん。負けたということはそいつが弱かったということ。弱い奴が地に伏すのは当然のことだろう」
「つれないな。仲間じゃないのか?」
「仲間とは使えるやつのことを指す。使えない奴はただのゴミだ」
酷い言い草であったが、それだけの自負があるのだろう。実際男の構えは他三人とは一線を画す、堂に入った剣士のそれであった。
(ふむ。なかなかできるようだな……)
男の構えは右足をやや前に出した正眼で、その切っ先は不安定に揺れていた。これが彼の流派なのか単なる癖なのかはわからなかったが、目線や呼吸がわかりづらい覆面と相まって妙な不気味さが感じられた。
こういった嫌な感覚は一度気になると尾を引くものである。気付けば十兵衛もほんの少しではあったが、攻めの気持ちが薄れていた。
(どうする?与六郎たちと合流するか?任務の成功を考えれば、数に頼るのも間違いではないが……)
安全策を取るべきかとわずかに逡巡する十兵衛。しかしこの一瞬が敵に付け入る隙を与えてしまった。
覆面の男は十兵衛が躊躇するのを見るや、ゆらりと重心を前に移動させ、その勢いで一気に突っ込んできたのだ。
「貰ったぁっ!」
男の突進、からのしなやかな一撃が十兵衛に迫る。
「なっ!?くそっ!」
ガキン
十兵衛はこれを間一髪で弾いたが、しかし男も初撃で勝負が決まるとは思っていなかったようで流れるように次の一撃を放ってきた。
「はぁっ!」
「くそっ!」
またも弾く十兵衛。だが男の連撃も止まらない。彼は恵まれた体格を生かして反撃の機を与えないように攻め立てる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
(くっ!このままでは……!早く反撃に出なければ……!)
当然だがこの状況はあまりよくない。だがここで十兵衛は――これはのちに彼自身も大いに反省することとなるのだが――与六郎たちの助勢が来るのではないかと期待して、つい守りに専念してしまう。
この判断の原因は現在の布陣にあった。十兵衛たち四人は並んで敵と対峙したわけだが、このうち善祐たちが前に出て敵を倒したのに対し、十兵衛の組のみ敵の方が前に出てきた。これにより敵の側面や背後はがら空きとなり、与六郎や善祐が回り込める形となったのだ。
実際ここで与六郎や善祐が短刀なりを投げていれば決着はついていただろう。だが善祐たちにとっても十兵衛が一方的に受けに回ったことは予想外だったようで、期待したような助太刀はなされなかった。結果として敵の猛攻は続き、十兵衛は自らの判断を大きく恥じることとなる。
(くそっ!馬鹿か、俺は!?なに他人を頼りにしている!?それでも柳生家の嫡男か!?)
こちらから一対一を誘っておいて味方を頼った結果がこのザマだ。十兵衛は誰よりも自分自身の未熟さに恥ずかしさと憤りを覚え、そしてそれは爆発した。
「舐めるなぁぁぁっ!」
「なっ!?」
敵の袈裟切りを力任せに弾いた十兵衛。彼はそこから身をよじり、決して正道とは言えないねじれた構えから反撃の突きを放った。
「はぁっ!」
「くっ……、なんだこいつ、急に!?」
十兵衛の反撃。だがさすがに男も手練れ。彼は寸でのところで十兵衛の闘気に気付き、飛び退くように突きをかわす。結果十兵衛の突きは男の肩のあたりを軽く傷つける程度で止まった。
しかし男は傷以上に十兵衛の変容ぶりに困惑していた。
(何だ今のは?破れかぶれの一撃にも見えたが……)
男は立場上追い詰められた人間の最後のあがきを何回も見てきた。だが十兵衛のそれは記憶のどれにも当てはまらない、荒々しくも洗練された一撃であった。
(今のはいったい……!?)
逆に嫌な予感を覚える男。そして今度は十兵衛がそのためらいを感じ取り、一気に攻勢に転じた。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「っ!このっ、調子に乗りやがって!」
先程の反撃を機に、お返しといわんばかりに攻勢に転じる十兵衛。その攻撃は乱雑に見えて隙がなく、つかみどころのないものであり、手練れであるはずの男ですらさばききれずに徐々に切り傷を増やしていたほどだった。
(くそっ、どういうことだ?怒りで忘我したかと思ったが、それにしてはまるで隙がない!?)
追い詰められた相手が破れかぶれで反撃してくる様は何度も見てきた。そういった相手は得てして前後不覚に陥っており、大振りで隙だらけなのが常だった。しかしこの十兵衛は違う。明らかに怒りからくる変容だったにもかかわらず、その太刀筋に曇りはなく、まるで止められる気がしない。
実のところ少し俗な表現になるが、今の十兵衛はスポーツにおける『ゾーンに入っている』状態に近かった。自身に対する怒りと情けなさから集中力が極限まで研ぎ澄まされた結果、過分な力が抜け、視界は冴え、体に染みついた経験が惜しみなく発揮される。
そうして発揮された実力の中でも特筆すべきなのが洗練された足さばきだろう。十兵衛は単に前後の距離を取るだけでなく、康成がやっていたように敵の太刀筋から外れるように常に立ち位置を変えていた。それに加えて肩やひじを使って押し切りや引き切りといった、瞬間瞬間における最善の攻撃を繰り出していた。その組み合わせはまさに多種多彩。おそらく今の十兵衛を互角に立ち合えるのは全国に五人といないだろう。
そんな覚醒した十兵衛は流れるように男のひたいを薄く切った。これにより同時に覆面も切れて、その下の闘犬にも似た憤怒の表情も露わとなる。
「っ!……この、若造がっ!」
男はひたいから流れる血で顔を真っ赤にしながら、わなわなと震えている。皮肉かな、男は怒りのせいで明らかに力んでいた。ここまで冷静さを欠いているのならば決着も間もなくだろう。
だがその時だった。パンパンパンとどこからか、火縄銃の発砲音にも似た破裂音が鳴り響いた。
それは本当に前触れなく、唐突に山中に鳴り響いた
パン パン パン
幾つもの破裂音。イメージとしては鉄砲の発射音に近いだろう。それが一つ二つではなく十も二十も連続して鳴っている。
「なっ、何だ今の音は!?鉄砲か!?」
身に覚えのない破裂音に慌てふためく襲撃者たち。だが十兵衛たちは知っていた。それが忍者が使う火器の一種・
百雷銃とは現代の爆竹に似た火器で、小さな竹製の筒に火薬を詰めて連続して破裂するようにしたものである。これに殺傷能力はなかったが、火縄銃の発砲音に似た破裂音が断続的に鳴り響くため、何も知らぬ敵を怯ませることができた。またあらかじめ打ち合わせをしていれば合図として使うことも可能である。今回の破裂音はこの両方の意図で鳴らされたものだった。
「皆さん、こっちです!こっちに向かって突破してきてください!」
「小一郎!」
破裂音がした方から声を上げる者――それは護衛仲間の忍びの一人、小一郎であった。彼は一行から離れて敵の布陣を観測し、突破する方向を指示する役目を担っていた。
そんな彼が「こっちの方に突破してくれ」と叫んでいる。その意味に敵の一人がすぐに気付いた。
「まずい!奴ら突破するつもりだ!布陣を厚くしろ!絶対にここから逃がすなよ!」
十兵衛たちの突破の気配を感じ取った襲撃者たち。彼らはそうはさせまいと包囲の層を厚くしようとしたが、十兵衛一行はそれより先に、
「なっ!?逆だと!?どういうことだ!?奴ら、この包囲を突破するんじゃないのか!?」
あっけにとられる敵一同。だがすぐさま何が起こったのかを察する。
「野郎っ!あれすらも囮かよっ!?」
そう、昨夜のうちから十兵衛たちは敵包囲の突破が勝負のカギになると予想していた。そのため少しでもその確率を上げるためにもう一工夫、突破の方向を指示する人物――小一郎が指し示す方向とは逆に逃げようとあらかじめ決めておいたのだ。
その目論見は見事成功。敵は小一郎の百雷銃に気を取られ、体勢が完全に彼の方に向いていた。そのため反対方向に走り出した十兵衛たちに反応することができず、進行方向にいた敵も百地の忍びたちに切り伏せられてしまった。
「よしっ!行けるぞ!」
もはや一人二人では彼らの勢いは止まらない。十兵衛たちもそれに続こうとしたところで、自分たちを襲ってきた刺客と目が合った。
「小僧!まさか逃げるつもりか!?」
男はひたいからの血を手で押さえながら叫ぶ。これに十兵衛は呆れたように肩をすくめた。
「当然だろう。お前も運よく拾った命だ。大事に使えよ」
「なっ、この痴れ者がっ!?」
男は二三暴言を吐いたが、十兵衛らは気にせず仲間たちと共に突破を試みる。
こうして一丸となった結果血路は拓かれ、十兵衛たちは見事敵の包囲を突破したのであった。
「くそっ!何をぼうっと見送ってる!?動ける奴はさっさと追いかけろ!」
敵の一瞬の隙を突いて包囲を突破した十兵衛たち。しかし当然その程度で敵があきらめてくれるはずもなく、敵指揮官はすぐさま十兵衛たちの追走を命じた。
彼らは五体満足な者から十兵衛たちを追いかける。しかしそんな組織立っていない追撃では十兵衛たちを止めることはできず、そして山頂付近が近付くと道中に無関係の旅人たちもちらほらと現れるようになっていた。
「うぉっ!?なんだ、こんな狭いところで!?」
「ひいぃっ!?山賊か!?」
「こ、こっちに来るんじゃねえ!?」
両軍合わせて三十名ほどの集団がバチバチにやり合いながら狭い峠道を駆けあがってくるのだ。当然峠道は一気に混乱状態となる。そしてこれを嫌がったのは敵の方であった。
「くっ!マズいな。顔を見られるなよ!」
彼らは十兵衛たちを追い立てながら、同時に覆面が取れないように気遣ってもいた。どうやらよほど正体をバラされたくないらしい。それを見ていた壮年の百地の忍びは一計を案じ、唐突に叫んだ。
「よし!敵の勢いは落ちてきている!この機に一人でもいいからひっ捕らえろ!情報を吐かせるんだ!」
壮年の忍びは敵を生け捕りにするようにと指示を出した。これを聞いた他の忍びたちはここまでの防御一辺倒から一転して、獲物を狙う肉食獣のように目の色をガラリと変えた。
そしてこれに敵一団も敏感に反応する。
「……くそっ、ここまでか!引け!引けっ!」
分が悪いと見たのか敵一団はすぐさま転身し、各々四方に散っていった。若い忍びは追おうとしたが、壮年の忍びがそれを止める。
「よせ。無理に追う必要はない」
「良かったのですか?捕らえろとおっしゃってましたが……」
「いいんだよ、脅しだったんだから」
壮年の忍びはいたずらっぽく白い歯を見せた。
「敵は正体がバレるのを恐れていたからな。あるいは雇用主につながるのを恐れていたのか?……まぁどちらでもいいか。ともかく奴らは正体を掴ませたくないと思っていた。そこを突いて引かせたってわけさ。特に俺たちは向こうの本命じゃないんだしな」
「本命……。雅親様ですか」
「十中八九な。奴ら、まだ本命が西にいると思っているのだろう」
敵の本来の目的である武家伝奏の使い・雅親は、現在小夜の中山の北を大回りで迂回している。もちろん敵はそれを知らないため、改めて峠で待ち伏せするために引いて行ったのだろう。
「少し考えれば俺たちが東に抜けた時点でおかしいと思うべきなんだがな。……まぁいいさ。せっかく向こうが混乱しているんだ。今のうちに大井川まで進んでしまおう」
こうして襲撃者たちを巻いた十兵衛たちは菊川、金谷宿を越えて、やがて大井川のほとりにまで到着したのであった。
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