柳十兵衛 山賊の塒に向かう 1
山賊討伐のために室生までやってきた十兵衛一行。彼らはまず相手の正確な位置を探るところから始めることにした。
室生到着から一夜明けた翌朝。十兵衛たちは打ち合わせ通り山賊捜索のために室生の村を出た。
なにはともあれ、まずは山賊たちの正確な位置を知る必要がある。彼らの
そうしておおよそ四半刻ほど歩いた頃だった。宇田川の支流・室生川沿いの脇道まで来たところで高通たちが立ち止まる。
「では某どもはここで……」
この日高通らはこの脇道の先にある室生寺という寺に聞き込みに行くことになっていた。彼らは互いに「お気をつけて」と言い合い二手に別れる。街道に残ったのは十兵衛とそのお供の家臣、
「うーん。……さぁて、宇陀の御公儀様方もいなくなったことですし、これでようやく息も吸えますなぁ」
そう言って伸びをしたのはお供の一人・友蔵だった。彼は十兵衛よりもやや年上の長身の家臣で、先の発言からもわかるようにやや軽薄なところのある男だった。そしてそれを諫めたのが彼と同年代のもう一人のお供・藤五郎である。
「おい、友蔵。どこでだれが聞いているかわかったものではないのだ。あまり滅多なことを言うな。それに山賊らと戦うかもしれないのだぞ。もっと気を引き締めろ」
こちらはお小言からもわかるように若干堅物のきらいがある小柄な家臣であった。一見すると凸凹で真逆な二人であったが、不思議なものでこれで存外相性はよく、腕前の方も共に護衛に申し分のないだけの実力を持っていた。十兵衛はそんな二人を引き連れてさらに道を北に進む。
「ともかく進むぞ。高通様は脇道は見つけづらいと言っておられたからな。騒いで見落とすんじゃないぞ」
「はっ」
この日十兵衛たちは街道から逸れたところにあるお堂の調査に向かうことになっていた。彼らがそこに至るための脇道を見つけたのは、それからさらに四半刻ほど歩いた頃だった。
「おっ、ここじゃないですか、十兵衛様?ほら、ここ通れますよ」
「どれ……。おぉ、ここだここだ。だがこれはまた細い獣道だな。あらかじめ地図を渡されていなかったら見落としていたぞ」
目的の横道を見つけたのは友蔵だった。それは前もって教えられていなければ見落としてしまってもおかしくないほどの細道で、入り口からすでに草木に覆われ、その先も垂れ下がった蔓や蜘蛛の巣が何重にも幕を張っている。山育ちの一行は一目見てすぐにこの道が長いこと使われていないことを察した。
「草木も伸び放題ですな。こんなところ、地元の者どころか山賊すら使っておりますまい」
「たぶんこれハズレですよ。それでも行くんですか、十兵衛様?」
十兵衛もおおよそ同じ感想を抱いたが、依頼された以上おろそかにするわけにもいかない。
「わかってる。だがここは室生の村に近い。確認しないわけにはいかんだろう。露払いは頼んだぞ、友蔵」
「はいはい、承知しましたよ……」
ぼやきつつも友蔵が先陣を切って藪の中に足を突っ込んだ。そこに十兵衛、藤五郎と続いて草木をかき分けて進む。
そうして数町ほど進んだあたりだろうか。彼らは切り立った崖下にできた少し開けた空間に出た。高通によるとここにちょっとしたお堂があるとのことだったが……。
「まさかこれが目的のお堂ですか?」
「ああ、その一つだ。大分昔に打ち捨てられたため賊に利用されているかもと言っておられたが……」
「……まぁここで寝泊まりするのは無理でしょうね」
彼らが見つけたお堂は大風か何かで倒れた大木によってその大半を潰されていた。倒木の苔むした具合からそれは昨日今日の話ではないようで、破損部から吹き込んだ雨風によってお堂は内外問わず腐りかけている。
「最初のお堂でこれか……。どうだ、中は見えるか?」
「んー、一応見えますが……、人がいた形跡はありませんね。蜘蛛の巣ばかりです」
「これ、ここより先を見て回る意味ありますか?
友蔵の軽口に十兵衛は苦笑した。
「言いたいことはわかるがこれもお役目だ。とりあえず言われたところだけでも見て回るぞ」
気を取り直して獣道を進む十兵衛たち。しかし残念ながらここから先も彼らの空振りは続くこととなる。
一行が次に調査したのは崖沿いにできた竜穴――雨水の浸食によってできた横穴群だった。このあたりは火山性土壌のためこういった浸食性の地形が多いらしく、戦国の頃はここに落ち武者が流れて隠れ住むこともままあったそうだ。
だがそれも今は昔。十兵衛らが調べたところ、ここも普通のタヌキやコウモリが住み着いているくらいで、山賊はもちろん伝承にあった水龍がいた気配すらしなかった。
(気が安定している……。やはり水龍伝説は単なる噂話か……)
こうして実りのない調査を続ける十兵衛たちは、やがて獣道の果てに古い寺の跡地を見つけた。それはもはや廃寺と言えるほどの形すら保っておらず、幾本かの立柱に屋根や壁の残骸がギリギリ残っている程度のものであった。それでも草木に埋もれてかろうじて残っている石畳や石灯篭から、ここがかつて寺であったことをうかがい知れる。
「これはまた、歴史がありますねぇ……」
「まったくだ。いったい何年前に打ち捨てられたんだ?」
いくら雨風に晒されていたとはいえ数年程度の朽ち方ではない。おそらく戦国の頃にはもう管理する者がいなくなっていたのだろう。この地域は長い歴史がある分、こういった時の流れを感じさせる廃墟が多々あった。
一応十兵衛らはぐるりと見て回ったが、当然最近人が立ち寄った形跡はない。結局この日の調査は最後の最後まで空振りで終わった。
「これで終わりか。やれやれ。とんだ無駄足でしたな、十兵衛様」
「まぁいきなり大将首は取れまい。珍しい地形などもあったし、話の種になったと思えばいいさ」
もとより今日の調査は期待値の低いものだった。十兵衛たちは軽くぼやきながら再度草木をかき分けて室生の村へと戻った。
十兵衛たちが室生に戻ると、屋敷では高通の部下・八太郎が一人で夕食の支度をして待っていた。どうやら高通らはまだ帰ってきてないらしい。
「ただいま戻りました。……高通様たちはまだのようだな」
「お帰りなさいませ、十兵衛様。はい、高通様たちはまだ戻っておられませんね。もしかしたら向こうで一泊してこられるのかもしれません」
「あぁそういえばそんなことも言ってらしたな」
高通たちはこの日、聞き込みとして西の山中にある寺・室生寺を訪ねていた。日帰りできる距離であったが、話が弾めば一泊してくるかもとも言ってもいた。あるいは高通たちは宇陀の相続についても画策していたので、そっち方面での交渉もあるのだろう。結局この日は高通たちは戻らず、夕食は十兵衛一行と八太郎の四人で囲むこととなった。
八太郎は粥をよそった椀を差し出しながら十兵衛に明日の予定を尋ねる。
「それで十兵衛様は明日はどちらに向かわれるのですか?」
「明日はここより北西の炭焼き小屋までだ。八太郎殿は行ったことはあるか?」
「残念ながら某もそれほど長くここにいるわけではありませんので……。ですが冬の頃、遠くの方で煙が上がってたのを見たことがありますね」
八太郎によると、このあたりには木炭にするのにちょうどいいカシが群生しているそうで、村の炭はおおよそここで一括で作っているらしい。ただ今(五月)は農繁期なため力仕事のできる者は全員村に戻ってきており、炭焼き小屋には管理人の老人が一人残っているだけとのことだった。
「山賊が出る近くに老人一人か。無事だといいが……」
「あるいはこっそり山賊たちの味方になっていたりするかもしれませんよ」
「可能性としてはありえるな。まぁ行ってみないことにはわからんか」
そして翌日。十兵衛一行は昨日と同じように村を出て北上する。炭焼き小屋までの横道は昨日よりは見つけやすく、時折伸びた枝が邪魔をしたもののそれでも一刻程度でたどり着くことができた。
「ここか。結構大きな炭焼き小屋だな」
「村の炭をまとめて面倒見ていると言ってましたからね。確か管理人が一人残っているんでしたよね。……おや、あれですかな?」
藤五郎は遠くで薪の枝を落としている老人を見つける。つられて十兵衛も目を向けたが、その姿を見るや驚きで目を丸くした。
(あれは……あやかしか!?)
十兵衛が驚いた理由。それはその老人からあやかしの気配がしたためであった。
山賊調査のために、村近くの炭焼き小屋へとやってきた十兵衛一行。そこには管理人として一人の老人がいたのだが、十兵衛は一目で彼があやかしの血を引いていることに気付いた。
(あれはあやかし……?いや、気配が薄い。あやかしとの人間の子――半妖か)
半妖とは、人間とあやかしとの間に生まれた者のことである。彼らは純血の者と比べて外見的特徴はかなり人間寄りなものになるが、見る者が見れば一目でわかる独特な気配をしていた。
ちなみにだが半妖やあやかしの血を引く者がいること自体は大して珍しい話ではない。この時代、人間とあやかしの生活圏に明確な区分はなかった。大きな町に行けば結構な確率で人ならざる者とすれ違うし、柳生庄にだって猫又の猫婆をはじめ三名ほどそういった者たちが暮らしている。この時代の人たちにとって隣人があやかしかどうかなどは大した問題ではなく、ちょっとした縁で夫婦となって子を成すこともあり得ない話ではなかった。
とはいえ今は時勢が悪いと十兵衛はわずかに眉根を寄せる。
(山賊のあやかしの噂がなければ放っておいたのだがな……。仕方ない。少し慎重に話を聞いてみるか)
十兵衛は友蔵たちを下がらせて、単身でその老人に声をかけた。
「ご老人。貴殿がここを管理している者か?」
「……なんじゃ、お前さんは?」
老人は明らかに警戒した様子で十兵衛を睨みつけた。いきなり見知らぬ武士がやってくればこういう反応にもなろう。
「驚かせてすまない。某らは宇陀の御公儀に頼まれて、このあたりに出るという山賊の調査に来た者だ。すまないがご老人、何か知っていることはないだろうか?」
「さあな……」
老人はぷいを顔をそむける。どうやら見ず知らずの人間と話すつもりはないようだ。だが十兵衛とてそう簡単には引けぬ。
「本当に何も知らないのか?あやかしつながりで何か聞いているのではないのか?」
「!」
炭焼きの老人はびくりと体を振るわせたのち、ギョロリと敵意を含んだ目を向けた。しかしここまでは想定内。十兵衛は両腕を広げて争うつもりがないことを示す。
「安心してくれ。別にあやかしだからすぐに切り捨てるわけでもない。俺たちはあくまで不埒な山賊たちを討ちたいだけだ。何か知っていることがあったら教えてほしい」
「……」
両者はしばらく張り詰めた緊張の中で睨み合っていたが、十兵衛に乱暴する気がないとわかると老人の方が折れてくれた。老人は適当な丸太に腰掛け、溜息をついて面倒そうに話してくれた。
「……わしのところにも来たよ。その山賊とやらがな」
「やはり……。それはあやかしだったか?」
「ああ。わしと同じ半妖一人と部下の人間が二人。ちょうどお前さんたちみたいな三人組じゃったよ」
どうやら敵のあやかしは半妖らしい。噂がはっきりしたものじゃなかったのはそのためだろうか?
「そいつらは何をしにここに?」
「あやつらは初めは炭と金目の物を奪うつもりだったそうな。だがわしにあやかしの血が流れていると見るや、仲間にならぬかと誘ってきた」
「誘いには乗ったのか?」
尋ねつつ十兵衛は間抜けな質問をしたなと思った。ここに残っているということは、そういうことのはずだ。老人も目を細めてくっくっと小さく笑った。
「当然断ったさ。わしが年を食ってたというのもあるが、数十年前ならいざ知らず、今のご時世で粋がったところですぐにお上に見つかって潰されるに決まってるからな。……そう、あんたみたいなのにな」
「なるほど。それでその後そいつらは何を?まさか何か盗んでいったり……」
「いや。普通に炭を買っていったよ。無理矢理奪わなかったのは同族のよしみだろう。こっちもよしみで安くで譲ってやった」
「それはいつ頃の話だ?」
「炭を買った話なら初めてここに来た時と十日くらい前だな。それなりの量を買っていったから、しばらくはここには来ないだろうな」
どうやら山賊たちはここでは乱暴を働かなかったようだ。そしてこの老人は山賊たちに数度会っているらしい。
「ふぅむ、それなら何か見た目で特徴的なところはなかったか?例えば刺青や傷のような……」
十兵衛の質問に老人はうぅんと唸りながら宙に目をやった。
「特に目立つ何かはなかったと思うが……。……強いて言うなら訛りがこのあたりのものじゃなかったぐらいじゃろう。それと頭領風の男は『
「ほう、『鬼蜘蛛丸』……。なにっ!?『鬼蜘蛛丸』だと!?」
その名に聞き覚えがあった十兵衛は思わず老人を二度見した。『鬼蜘蛛丸』とはかつて遠江の三ケ日にて、牢人たちを集めて徒党を組んでいたあやかしの名前だった。
(『鬼蜘蛛丸』……。まさかあの『鬼蜘蛛丸』なのか……!?)
十兵衛は唐突に出てきた聞き覚えのある名前に困惑する。
約二年前、十兵衛は浜名湖近くの山中にて牢人徒党を壊滅させたことがあり、その時徒党を率いていたあやかしの名前が『鬼蜘蛛丸』だった(第三話)。もちろん今回のそれが同一人物かはまだわからないが、珍しい名前な上に山中に拠点を作って徒党を率いるという共通点もある。
(確かにあの時は徒党を壊滅させることを優先していたから、鬼蜘蛛丸本人は討てずに終わったが……。まさか本当に奴なのか……?)
思案する十兵衛。それを不思議そうに炭焼き小屋の老人がのぞき込む。
「どうしたんだ、急に黙って。知ってる相手だったのか?」
「あ、あぁ……。いや、まぁその名前に心当たりがあるという程度だ……。えっと、それでそいつらがどこを塒にしているかはわかるか?」
十兵衛が話を戻すと老人は北東の方を顎で指した。
「ここより少し北東の山。そこの小さな廃寺を塒にしてると言っていた。とはいえ聞いたのはだいぶ前だからな。今はもう別のところに移動しているかもしれんぞ」
「北東の廃寺か……」
そこは明後日あたりに調査に出向く予定だった廃寺がある山だった。信憑性は高いと見ていいだろう。それはつまり決戦が近いことを意味している。
(まさかまたあの鬼蜘蛛丸と対峙することになるとはな……。いや、まだ確定ではないか。だが……)
「他に訊きたいことはなかったかい?」
「……いや、もう十分だ。参考になった。感謝する」
思わぬ収穫に十兵衛は老人に礼を言って炭焼き小屋を後にした。
室生の屋敷に戻ると高通らも寺から帰ってきていた。
「いやぁ、手厚く歓迎されたせいで一晩かかってしまいましたよ。その代わり首尾は上々です。なんでも寺の者曰く、北の廃寺へと続く道に怪しい奴らが入っていったのを見たとのことです」
「こちらも炭焼き小屋から北東の山に潜んでいるという話を聞きました。近々調査に行く予定だった山です」
一行が情報をすり合わせながら地図を確認すると、一つの廃寺が浮かび上がってきた。
「ふむ。こちらが目をつけていた場所の一つですね。……どうします?予定を繰り上げて明日にでも向かいますか?」
「そうした方がいいかもしれませんね。……実はまだ未確認の話ですが、敵の首魁が私を知っている可能性がありまして。もしそうならば私の噂を聞いて逃げられるかもしれない」
「と言いますと?」
十兵衛は老人から聞いた鬼蜘蛛丸の名前、およびその因縁をかいつまんで話した。
「なるほど。名前の一致に山中にて居を構える徒党。確かに共通点はありますね」
「ええ。ただ以前こいつは北に逃げたと聞いていたんです。そこだけが少し気掛かりで……」
三ケ日騒動ののち、十兵衛は鬼蜘蛛丸が北に逃げたと聞いていた。だが室生は三ケ日から見て西にある。確かに一年以上の時が経っているが、この違いは無視していいものだろうか?十兵衛がその懸念を伝えると、高通は「ない話ではない」と返答した。
「ありえない話じゃないですね。最近の牢人どもは西に流れてると言いますし」
「そうなのですか?」
「ええ。正確には東西の二極化ですね。江戸に流れるか、西に流れるかの二択です」
高通の話によると、度重なる牢人政策に疲弊した牢人たちはあえて人の多い江戸に向かうか、あるいは御公儀の目から逃れるために西に向かうかの二極化が起こっているとのことだった。特にこの頃はまだいわゆる鎖国政策も取られていなかったため、国外を目指して西に向かう者も珍しくはなかったとのことだ。
「北でも上手くいかなかった賊が西を目指す道中でちょうどいい場所を見つけた。十分あり得る話です。……まぁ結局は推察止まりですがね」
「そうですね。直接会えばわかることです」
「では明日は?」
高通の確認に十兵衛は迷わず頷いた。
「ええ。事は早い方がいい。明日はこの廃寺へと向かいましょう」
十兵衛たちは決戦も視野に入れつつ、明日の調査先を決めたのであった。
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