柳生宗矩 駿府へと向かう 3

 残党たちが江戸に向かっていると知った宗矩たちは駿府に赴き迎え撃つ準備を整える。調査に出ている忍びからの報告によれば残党らはすでに浜名湖を越えており、数日中に駿河に入るだろうとのことだった。

 それはつまり数日中に彼らは刃を交えるということだ。待ち構える宗矩たちに対し、残党たちは東海道を東に進んでいた。


 宗矩たちが駿府で準備を整えていた丁度その頃、残党たちもまた江戸に向かって東海道を進んでいた。人員は総勢十二名。その中には柳生庄預かりだった坂崎直盛の嫡男・坂崎平四郎の姿も見える。

 残党たちの襲撃後人質としてとらえられた平四郎であったが、現在彼は特に縄などをかけられることもなく残党らに同行していた。逃げ出そうと思えば逃げられる状況であったが、彼にそのようなそぶりはない。彼は何を思って残党らと共に歩んでいるのか。その話は草助らによる柳生庄襲撃後にまで遡る。


 里を襲撃した草助ら残党たちは柳生側の策に嵌り壊滅寸前にまで追い詰められたが、平四郎を人質にすることでどうにか撤退することができた。彼らは現在月明かりだけを頼りにうのていで笠置街道を東に進んでいた。

「……柳生の奴らは追ってきているか?」

「いえ、今のところ気配はありません。やはり人質の存在が大きいのかと」

「そうか。だが相手はあの柳生だ。何をしてくるかわからんから、今のうちに進めるだけ進むぞ」

 残党たちは傷の手当てもそこそこに、痛む体を引きずりながら少しでも距離を取ろうと薄暗い山道を歩き続ける。平四郎はそんな敗走の列の中央付近におり、そのすぐ後ろには抜き身の脇差を構えた草助がぴったりとついていた。

「そういうわけで逃げようだなんて考えないでくださいよ、平四郎様。こっちも今は余裕がないですからね。変な真似をすればその時は……」

「わかっておる。私も孝蔵に会いたいと思っているのだ。逃げたりなどせぬよ」

「チッ。そうですか。どうぞ思うがままに。……おい、遅れてる奴はいないか?歩けないなら誰か肩を貸してやれよ!」

 この時点で人質は平四郎一人であり、また残党たちも自分たちのことで手一杯だった。しかし平四郎は特に逃げるような気配も見せず彼らについていく。

 そして一行は追手に襲われることもなく伊賀上野の街影が見えるところにまでたどり着いた。時刻は草木も眠る丑三つ時。町は灯一つ見えず、しんと静まり返っているのが遠くからでもよく分かった。

「よし、ようやく町が見えるところにまで来たな。確かここから少し南に行ったところに小さなお堂があったはず。そこで夜を明かし、明け方孝蔵さんたちを呼びに行こう」

 こんな時間に町に向かっても宿など開いてるはずもなく、それどころか門番や同心に傷だらけの姿を見られるかもしれない。ゆえに草助の指示のもと、一行は打ち捨てられた小さなお堂に身を潜め夜明けを待った。

 やがて空が白んでくると彼らの中で一番外傷が少なかった男が代表して孝蔵らを呼びに出る。そこから間もなくして上野方面から慌てた様子の男たちが駆けてきた。言うまでもなく先に上野に入っていた孝蔵ら古参幹部たちである。道中で経緯を聞いたのだろう、彼らは信じられないといった面持ちでお堂へと駆け込んだ。

「お前ら、無事か!?……くっ、これだけしか……残りは全員……!」

 飛び込んだ孝蔵たちは仲間たちの惨状を見て各々言葉をくした。半日前に分かれた仲間が傷だらけになり、さらに幾人かは戻ってないと知ればそうもなろう。

 彼らはしばらく絶句していたが、やがて孝蔵がお堂の奥に座していた平四郎に気付いて小さく動揺の色を浮かべた。

「平四郎様……。本当にあなたなのですな……」

 どうやら平四郎がいることも道中聞いていたようだ。孝蔵はかつては直盛に仕えていたためその息子である平四郎の顔を知っていた。そしてそれは平四郎も同じであった。

「久しいな、孝蔵……。湯島の屋敷以来か……」


 残党たちの頭領格・箕輪孝蔵はかつて坂崎直盛の馬廻の一人だった。文武に優れ人望に厚く、家柄の問題で小姓にこそなれなかったものの、年が近かったため平四郎とも何度か交流があった。

 その二人が何の因果か、この上野郊外で敵味方として再会した。

(さて、なんと声をかけるべきか……)

 再開時の挨拶を色々と考えていた平四郎だったが、いざ顔を合わせるとそれらはすべて吹き飛んだ。自分の知る孝蔵と、今の野犬のような荒々しい雰囲気を持つ彼とがあまりにも違い過ぎたからだ。

(言葉を間違えれば切り捨てられてしまいそうだな)

 その雰囲気に気圧された平四郎は思わず息を呑む。だが当の孝蔵はすっと平四郎に近付き丁寧に頭を下げた。

「ご壮健そうで何よりです、平四郎様。お話ししたいことは多々ありますが、今は部下たちの治療を優先したいため、しばしお待ちいただけますでしょうか?」

「うおっ……おぉ……」

「平四郎様?」

「あ、あぁいや、何でもない……。ああ、治療だったな。それがいいだろう。好きにするとよい」

「感謝いたします」

 孝蔵は一礼して辞すと部下たちの治療に加わった。孝蔵は惨状を知った当初こそ動揺していたが今ではすっかり落ち着きを取り戻し、仲間に包帯を巻いてやったり、動けぬ仲間の手を取って励ましたりしていた。

「安心しろ。傷は浅いぞ。……ああ、お前の仇は必ず取ってやろう。だから今はゆっくりと休むといい」

 情け深いその姿からは先程感じた野犬のような印象は消えており、平四郎は往年の誇り高い家臣の面影すら垣間見ていた。

(これほどの者が江戸に弓引く道を選んだのか。……いや、その道を選ばせたのは私たちか)

 平四郎の胸中に複雑な思いが交錯する。

 そんな彼らにようやく話すだけの時間ができたのは治療を始めてから二刻ほど経ってからのことだった。部下たちの治療を一段落させた孝蔵は一息ついたのち、改めて話がしたいと平四郎に申し出る。

「お待たせして申し訳ありません、平四郎様。ここではなんですので一度外に出ましょうぞ」

 平四郎を外に連れ出そうとする孝蔵。これに部下の何人かは逃げられるのではないか、危険ではないかと警戒したが、孝蔵が頑として譲らなかったため結局二人は並んでお堂から出た。


 お堂から出て、とある木立の影に立った孝蔵は改めて悲し気な、あるいは苦しげな眼で平四郎の方に向き直った。

「まさかまた貴方様とお会いできるとは思っても見ませんでした。噂通り柳生庄にいらしたのですね、平四郎様」

「ああ。私もこのような再会になるとは思ってもいなかった。そしてお前の言う通り、私はこれまで宗矩様のお世話になっていた」

「『宗矩様』ですか……」

 冷笑気味に鼻を鳴らす孝蔵。

「軽蔑するか?」

「……どうでしょう?思うところは多々ありますが、致し方ないことは理解しています。ただ……」

「ただ?」

「ただ強いて言うならば平四郎様が何を考えているのかがわからない。どうして今頃になって私どもの前に現れたのですか?よもや私たちが何をしようとしているか知らぬわけではないでしょう。それを知りつつ、人質なんて手の込んだ真似をしてここまで来て……。私たちを止めに来たのですか?それとも……」

 孝蔵は見定めるような目を平四郎に向けた。

「それとも、私たちと共にお父上の仇をとってくれるのですか?」

「……」

「どうなんですか?答えてください!?」

 声を張って問いただす孝蔵。これに平四郎はすぐには返答しなかった。彼自身どうしてここまでついて来たのか上手く言語化できずにいたからだ。

 だがいつまでも黙っているわけにはいかない。しばしの沈黙ののち、平四郎はぽつりぽつりと己の心情を語り始めた。

「……正直に言えば、初めはお前たちを止めようと思っていた。江戸に弓を引いてもかないっこないだとか、父上はそのようなことを望んではいないとか言ってな。あるいは保身の思いもあったのかもしれない。縁が切れていたとはいえ主家と家臣だ。暴挙の責任が私に回ってくることは十分に考えられたからな」

「今は違うのですか?」

「わからんよ。だがその理由も今わかった。私がお前たちの目的を知らないからだ」

「目的?それならば……」

「いや、わかりやすいお題目など聞かせてくれるな。私が知りたいのはお前たちの本質だ。お前たちはどこに向かっている?よもや本当に父上を嵌めた全員を討てると思っているわけではあるまいな」

「……っ!」

 なぜ今になって勝てもしない戦を仕掛けるのか――逆に真意を問いかける平四郎。その質問は思い起こせばずっと孝蔵が問われていたことだった。潜伏していた津和野の村長にも似たようなことを聞かれたし、かつて仲間だった弥彦郎が離反したのも元をたどれば孝蔵が江戸と戦った後のビジョンを持っていなかったことに由来する。

「確かに身命を賭した仇討ちと聞けば立派に聞こえる。だが相手が悪い上に十年以上も昔の話だ。それがなぜ今になって立ち上がる?」

「……来るべき日が来たと思ったから弓を取る。それの何が間違っているというのですか?」

「十年以上の空白期間がなければな。見たところ徒党も寄せ集めでこの日のために準備していたようには見えない。お前ほどの男が何を死に急いでいるのだ?」

 平四郎の目には孝蔵の行動は短絡的なものにしか見えなかった。その指摘に孝蔵はカッと目を見開き感情的を剥き出しにする。

「ならばただ怠惰に日々を過ごすことが生きていると言えるのですか!?慚愧ざんきの思いを胸に抱え続けることが正しい生き方だというのですか!?」

 孝蔵の叫びは何かにすがるかのような悲痛なものだった。彼は叫んだのちしばらく興奮から肩で息をしていたが、やがて恥じるようにかぶりを振った。

「……声を荒げてしまい申し訳ございません。ですが急ではありません」

「急ではない?」

「ええ。殿の仇討ちを考えたのは最近の話ではございません。十二年前のあの日から何度も思い、そして現実的ではないと何度も諦め、忘れようとしたことです」

「それをなぜ今になって……」

「半年……いえ、八か月ほど前の話です。殿に仕えていた右筆の方が亡くなり、その葬儀の場で当時の御公儀の奸計を知りました……」

 孝蔵が話に上げたのは直盛の右筆・小平某の葬儀の話である。ここで直盛の旧家臣たちが集まったことが現在の残党一派形成の契機とされていた。

「情けない話ですよ。私はあの日まで江戸御公儀の卑怯な振る舞いを知らなかった。それを聞いたとき集まった皆が憤り、成敗するべきだと口々に言ったものです」

「それでお前は徒党を組んだのか?」

「ええ、組もうとしました。ですが賛同してくれた者は少なかった。彼らも結局は口先ばかりで、本気で江戸と戦おうという者はいなかったのです。……正直私も賛同者が集まらず諦めかけたこともありました」

「だがお前は弓を引く側になることにした」

「もう嫌だったんですよ。くだらない毎日、意味のないことを我慢する日々にね。先のない生き方なのは百も承知。ですが叫びたいことを叫ばずにいるくらいなら万倍マシな生き方でしょうよ!」

 畢竟ひっきょうこの叫びこそが孝蔵のすべてであった。生きたいように生きる。正しいと思った方に進む。戦いたいように戦い、我慢などしない。父・直盛の敵討ちの話も渡りに船程度の名目だったのかもしれない。

 だがこれを聞いた平四郎は正直うらやましくも思った。

(私だってそう生きられるならそう生きたいさ……)

 平四郎とて今日まで江戸幕府を恨まなかったわけではない。父・直盛の仇討ちを考えたことも数知れない。だがそれらは結局現実的な障壁を前に、空想の域でとどまっていた。

「それをお前はしようというのだな?例え敵わぬ相手だとしても」

「ええ。勝者こそが善悪を決められる。それに挑む権利がある。それがあるべき世の姿です。……そういう世界で俺たちは生きてきたはずだ!」

 孝蔵はまっすぐ平四郎を見ていた。その熱意ある瞳に平四郎はこれ以上の説得は無理だと悟る。

(これはもう私の言葉は届かぬな。……だがそれもいいのかもしれん。いつまでも中途半端な私よりはな)

「……承知した。もう止めようとは思わん。その代わりお前たちがどこにたどり着くか、しっかりと見させてもらうぞ。それが坂崎家嫡男である某の役目なのだろう」

「平四郎様……!」

 孝蔵らの考えが時代遅れなことはわかっていた。それでも彼らの剣がどこまで届くのか見届けたい自分がいる。

(たとえそれで私が処刑されるとしてもな)

 こうして平四郎は残党たちに同行し、その成り行きを見届けることを決めたのであった。


 さて、こうして平四郎と孝蔵が合流してから一日が過ぎた。この一日で孝蔵たちは徒党の再編成を行った。具体的に言えば江戸まで歩けなさそうな怪我人を西に返し、またこれ以上ついていけないという者は徒党から追い出そうともした。

「もはやこうなってしまった以上無理についてこいとは言わん。去りたい者は去るがいい。必要とあらば旅費も工面してやろう」

 これは江戸までの不安要素を少しでも減らしたいという考えで、旅費云々は口止め料も含めてのものなのだろう。だが意外にもこれで徒党を去ろうとする者はいなかった。

「舐めないでくだせぇ。ここまでコケにされて引き下がれるわけがないでしょう……」

「俺も同じだ。柳生のクソどもめ!遠くからチマチマと攻撃しやがって。今度こそ俺の剣を見せてやる!」

「まぁ戻っても働き口なんてないしな。これも縁ですし、江戸までは付き合いますよ」

 それぞれに思惑はあったが、それでも皆江戸に一矢報いて自分の存在を誇示したいという想いは同じようだった。皮肉なことに、柳生という体制側の勢力にボコボコにされたことで逆に団結力が増したようだ。

「皆、感謝する……!」

 最終的に孝蔵たちは歩けぬほどの怪我人のみを上野に残し、平四郎含めて十二人で江戸に向かうことにした。


 一行は人目を気にしつつ東海道に沿って東に進む。そして現代で言えば愛知県中部、三河国・額田の峠の辻茶屋で宗矩たちの噂を耳にした。

「なぁ聞いたか?駿府の大納言様が剣術の師範役を呼び寄せたそうだぞ」

「剣術の?まさか戦準備をしてるんじゃないだろうな……。いよいよ江戸と一戦交えるのか?」

「いや、どうもそうじゃないらしい。というのもその呼んだ指南役は江戸の殿様のお気に入りの者らしいんだ。確か新陰流の柳生とか何とか……」

 それは駿府方面から来た旅人二人の会話だった。聞こえてきたのは柳生やら新陰流といった言葉。おそらく柳生宗矩のことと見て間違いないだろう。そこに草助が割って入った。

「……すまないが、その話を詳しく聞いても構わぬか?」

「うおっ!?なんなんだ、あんた!?」

 旅人二人は急に話に割り込んできた草助に胡散臭い目を向けたが、これも旅の縁と自分たちが聞いた話を聞かせてやった。

「別にどうという話ではないが、駿府の殿様が江戸の柳生なんとかという剣術家を城に招いたってだけの話だ。ただ牢人仲間らはこれが合戦の準備で、もしかしたら仕官できるんじゃないかって色めいてるって話さ。まったく、気の早い連中だろ?」

「ああ、そうだな。ところでその柳生とかいう奴の目的は噂になってないか?例えば誰かを狙っているとかなんとか……」

「狙うって、駿府の殿様とかをか?ははは。将軍様お抱えの剣術師範が実は暗殺剣の使い手だった、か。そりゃあ面白い話だな。だがさすがに与太が過ぎるだろうよ」

「それもそうだな。忘れてくれ。話は助かったよ」

 どうやら自分たちに関する噂は流れてないようだ。草助は軽く礼を言ってからその場を離れ、仲間たちにこの話を共有した。

「その話、本当ですか、草助さん!?なら好機じゃないですか!今度こそ柳生の奴らに目にもの見せてやりましょうよ!」

「落ち着け、馬鹿野郎。孝蔵さんはどう思いますか?この時期に柳生の噂……。さすがに少し出来すぎですかね?」

「確かに怪しい。しかし罠にしては早すぎやせぬか?柳生の里を襲ってからまだ十日も経ってないぞ?」

 この日は里襲撃から七日目。当時京都から江戸までが二週間弱かかるとされていたため、この動きはかなり早いこととなる。

「偶然前々から訪問が決まっていたか、あるいは単なる空言か。もちろん俺たちを誘い出す罠の可能性も残っている」

「そうかもしれませんが……いや、でももし本当に柳生の頭領が近くに来ているんだとしたら、これ以上の好機はないですよ!」

「そうですよ!むしろ偶然ならこっちの方が優位なくらいだ!」

 残党たちはしばらく言い合っていたが、何の物証もない以上この場で答えなど出るはずもない。行き詰った孝蔵はふと平四郎にも意見を求めた。

「平四郎様はいかがお考えになりますか?」

「孝蔵さん、訊くだけ無駄ですよ。この人は柳生の人なんでしょう?真面目に答えるはずがないですよ」

「まぁいいではないか、少し訊くだけだ。……それで平四郎様はどう思いますか?」

 この質問に平四郎は軽く茶をすすってから答えた。

「あくまで根拠のない個人的な意見だが、おそらく宗矩様は来ておられると思われる」

「なっ!?おい、どういうことだ!?あんた、御公儀側だからって適当なこと言ってんじゃないだろうな!?」

「落ち着けっ!……詳しく聞いてもよろしいですか、平四郎様?」

「ああ。とはいえさっき言った通り根拠のない推察なのだがな……」

 平四郎はそう前置きして彼なりの考えを語り始めた。


 平四郎は湯呑の白湯をすすってから先の質問の続きを答える。

「まず動きが早いことについてだが、御公儀の情報網ならそうおかしな話でもない。聞いたところによると御公儀の忍びを使えば、京で出した手紙も三日で江戸に着くらしい。ならば江戸に我々のことが伝わっていたとしてもおかしくはない」

「そ、そんなに早いのか……」

「驚いたろう?加えて決断も早い。御公儀は前々からお前たち徒党のことを知っていたそうだ。ならばそれに対する備えも万全に整えていたとみるが道理だろう」

「つまりこの噂は江戸の罠だと?ならば宗矩本人は来ていないのか?」

 なるほど単に残党らを呼び込むだけなら本当に宗矩が駿府まで来る必要はない。だが平四郎はこれに首を振る。

「いや。今回の件は御公儀からすればあまり知られたくない事件だ。ゆえに兵もあまり動かしたくはないはず。ならば選ばれるのは事情を知っていて、かつそれなりの腕を持つ者たち――つまりは宗矩様たちということだ。……それに宗矩様なら自らの手で今回の件の幕引きをしたいだろうからな。つまり宗矩様は本当にかの地でお前たちを待っているはずだ」

 断言する平四郎。それを聞いて残党たちに熱が入る。

「くそっ!舐めやがって!俺たちなんて正面切っても倒せると思ってやがるのか!?」

「上等じゃねぇか!やってやりましょうよ、孝蔵さん!どうせ初めから倒すべき相手の一人だ。お望み通り血だるまにしてやりましょうよ!」

 口々に好戦的な意見を述べる残党たち。彼らに当てられて孝蔵もいよいよ決心した。

「そうだな。もし本当ならばこれはある意味好機に他ならない。せめて奴の首だけでも墓前に供えようぞ。……よろしかったですね、平四郎様?」

「私は何も言わん。宗矩様も承知の上だろう。もっとも私の見立てが正しければの話だがな」

「それはここから先でわかることでしょう」

 その言葉の通り駿府に向かうにつれて宗矩たちの噂はさらに具体的なものになっていく。やれ駿府に来たのは全員腕の立つ剣豪だの、やれ駿府城の忠長には会っていないだの、やれ彼らは安倍川を越えただの……。

 それら噂を精査した結果、どうやら宗矩たちは鞠子宿の南の方に集まっているとのことだった。

「鞠子宿の南……。そのあたりには何かあるのか?」

「いえ、何も。強いて言うならばこのあたりは草原が広がっており、人目を気にせず刃を交えるにはちょうど良いところかと」

「なるほど。この地で決着を付けようというわけか。人数は何人くらいだ?」

「噂では十人を越える程度とのこと」

「ふんっ。ちょうどよい餌のつもりか。だがいい。乗ってやろうじゃないか、その策に」

 気付けば残党たちは皆野犬のように獰猛な笑みを浮かべていた。

「いまさら臆する者はいないな!?宗矩に!江戸に!我らの意地を見せてやろうぞ!」

「オォーーーッ!!!」

 残党らの意気は十二分に高まっており、平四郎はそれを少し離れたところから見守っていた。

 場所は駿河国・岡部宿。目的の鞠子宿までは半日程度のところであった。

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