植田与六郎 追手に狙われる 2
与六郎と弥彦郎、そして与六郎の部下である綱二の三人は大坂を出て一路柳生庄へと向かう。その際彼らは安定を選んで大坂から奈良まで一直線に続く街道・
しかしわかりやすい道を選んだ代償か、与六郎たちは
「与六郎様。かなり離れたところにですが、我々をつけてきている者がいます」
「ほう。襲ってくるならここだと思っていたのだが、随分と距離を開けているな」
「おそらくは先に進んでいる本隊と協力して挟撃を狙っているのかと。いかがなさいますか?」
「……このまま進もう。上手くいけば本隊の方を引き付けることができるかもしれないからな」
こうして与六郎らはわざと尾行に気付いていない振りをしながら峠道を進んでいった。
「おぉ!ようやく峰か!いやぁきつい道だった!」
開けた景色にそう感嘆したのは弥彦郎だった。時刻は大坂出立から二刻(4時間)ほど過ぎた正午ごろ。一行は暗峠の峰へとたどり着いたところであった。
「おぉすごい!霞んではいるがここから笠置の山も見えるのか!ようやくここまで来たという感じだな!」
折りよくこの日は快晴で眼下には生駒谷や矢田丘陵、そしてその先には大和の広い平野部や笠置山地の影まで見えていた。ちなみに柳生庄はこの笠置山地の盆地部にある。つまり彼らはまだ遠いながらもゴールが見えるところにまでやってきたということだ。
だが与六郎からしてみればまだまだ気の休まるような場面ではなかった。なにせ彼らの一町(約100メートル)ほど後ろには自分たちを狙う男らの目が光っていたのだから。
(ここから下りか。つまりここからは常に向こうの方が高所にいるというわけだ。不意の襲撃には気をつけないとな)
与六郎は弥彦郎にさりげなく注意を促す。
「おい、弥彦郎。興奮するのは勝手だが気を抜くなよ。下りの方がケガをしやすいんだからな」
「わかってるって。峠ももう一つあるわけだからな。慎重に下っていくさ」
その言葉通り彼らは慎重に下り坂を下って行った。この時彼らの歩みは片手のない弥彦郎の存在も相まって非常に遅いペースだったが、その間も尾行者たちは一定の距離を保ち襲ってくるようなことはなかった。
後方を警戒していた綱二が相手の動向を報告する。
「与六郎様。やはり奴らは詰めてくる意思はないようです」
「そのようだな。どうやらこの峠では監視に徹底しているらしい」
「いかがなさいますか?谷に下りてもこの距離のままなら、ふもとの村で撒くこともできましょうが……」
「いや、下手に刺激して方針を変えられても厄介だ。このまま気付いてない振りで行ける所まで行っておこう」
二人がそんな会話をしていると何も知らない弥彦郎が横から割って入ってきた。
「何の話をしてるんだ?何かあったのか?」
与六郎らは下手に教えて挙動不審になられたら困るからと、まだ弥彦郎に尾行のことは教えていなかった。そして二人はここでもそれを誤魔化す。
「いやぁ、生駒谷のどこで宿を取ろうかと思ってな。お前はどこかいい宿を知ってるか?」
「知るわけないだろう。このあたりに来たのは初めてだ。そういうのはお前たちに任せるよ」
「そうか。まぁ行けばいい宿も見つかるだろうから、まずは確実に下山しないとな」
適当に誤魔化したのち与六郎たちは再度素知らぬ顔をして歩き始める。そして一行は暗峠を抜け、生駒谷へと入っていった。
生駒谷。その名の通り東西を生駒山地と矢田丘陵に挟まれた生駒地方の谷間の平野部である。ここは正式な宿場ではなかったが、峠越えで疲れた人が多く立ち寄る地域なため、それを迎え入れる茶屋や旅籠が多く並んでいた。
与六郎たち一行がここにたどり着いたのは八つ頃(午後二時頃)のことだった。まだまだ日は高かったが、彼らは大事を取って今日はこの地で一泊することにした。
「少し早いが今日はここで宿を取ろう。二人ともそれでよかったよな?」
この提案に綱二はもちろん弥彦郎も同意した。というのもこの先に待っているのは矢田丘陵を超える
「宿は……ここでいいか」
与六郎たちは客引きの声に任せて適当な安宿に入った。緊張感のない選び方ではあるが、実はこれは尾行者たちの油断を誘うためでもあった。よもや尾行されていると気付いている者がこんなに簡単に宿を選んだりしないだろうというという欺瞞である。実際のちに綱二が探ったところ、尾行者たちは与六郎たちが選んだ宿の近くではなく村の出口付近の旅籠に泊まったとのことだった。おそらく近くで監視するよりも、うっかり顔を見られて尾行がバレることの方を恐れたのだろう。些細なことであったがこれで一晩ゆっくりできる。
与六郎らは寝るまでの間に今日の道のどこがきつかっただの、明日の天気はどうかといった他愛ない話をしたのちこの日を終え、翌日矢田丘陵の榁木峠へと入った。
矢田丘陵とは現代で言う奈良県北西部、生駒山地より数キロ東に位置する丘陵地帯である。そして榁木峠はこの丘陵の中心部を横断する全長4キロメートル標高300メートルほどの南都道の一部を担う峠であった。
またこの峠は先の暗峠に勝るとも劣らぬほどの急勾配で有名だった。それを聞いた弥彦郎は生駒側のふもとから山頂付近を仰ぎ見て憂鬱そうにつぶやいた。
「これはまた、こっちも相当に急な峠道だな……」
「安心しろ。急なのは登りだけで下りの方はそれほどじゃない。その分距離があるがな」
与六郎の言葉に弥彦郎はげっそりとした表情で笑う。
「そりゃあ心躍る情報だ。……はぁ。しかしここを越えなきゃ柳生庄につけないわけだしな。仕方がない、行くか」
二日連続の峠越えに弥彦郎は若干気が滅入っていたが、それでも彼らは一歩一歩進んでいく。そして出発から半刻後、彼らはなんやかんやで峠の最高峰近くまで到達することができた。
「ふむ。確か最高地点はこのあたりだったな。ちょうどいいからこのあたりで一息入れようか」
「はぁ……はぁ……はぁ……。な、なんだ……存外大したことなかったな……」
与六郎は明らかに肩で息をしていたが、それでも勝ちを確信したかのようににやりと笑った。
「これで後は下るだけ。そしてその先は平坦な道ということでいいんだよな?」
「ああ。柳生の里に入るときに若干登るが、そこを除けばほぼ平坦な道のりだ」
「そうかそうか。ということはあと少しで孝蔵たちに一泡吹かせてやれるということか。くくく。今に見てろよ、孝蔵め。貴様らがどれだけ古ぼけた思想をしてたのか思い知らせてやる!」
意地の悪い笑みを見せる弥彦郎。孝蔵とは柳生家や弥彦郎を狙う残党一派の頭領格の男で、弥彦郎の左手を切り落とした張本人でもある。弥彦郎は情報を売ることでこの男に意趣返しができると喜んでいたが、実はすでに彼の部下が後方で目を光らせていることを弥彦郎はまだ知らない。今日もまた尾行者たちは一定の距離を保って与六郎たちの後をつけてきていた。
(今日もこんな感じか。しかしどこまで黙ってついてくるつもりだ?ここから先は見通しもよくなる。襲えるような場所は限られているぞ?)
不気味なほどに静かな尾行者たちに逆に不信感が募る与六郎。彼が懸念したようにここから先は人目が多くなるため襲撃には適さない。
(あるいは何か別の目的があるのか?俺は何かを見落としているのか?)
不安を抱えながら榁木峠を下る与六郎たち。そしてふもとまであと二町(約200メートル)ほどとなったところで、いよいよ尾行者たちが動き出した。
事態が動いたのは一行が榁木峠の峰を越えて下り坂を下っている時だった。足元に集中している弥彦郎を横目に、綱二が与六郎にこそりと耳打ちをする。
「与六郎様。尾行していた奴らの内の一人が近付いてきます」
その報告にさりげなく振り返ってみてみると、確かに小柄な旅装束の男が早足でこちらに向かってきていた。
いよいよ襲ってくるのかと与六郎はさりげなく腰の脇差に手を添えたが、どうも様子がおかしい。というのも下ってくる男に殺気はなく、それに何より彼らは三人いたにもかかわらず一人だけで近付いてきたのだ。残る二人は素知らぬ顔で変わらぬ距離を守っている。
(すれ違いざまに不意打ちをするつもりか?いや、それでも後ろの二人が全く近付いてこないのはおかしい。いったい何のつもりだ?)
相手の意図が読めなかった与六郎は、少し危険な賭けであったが成り行きを見守ることにした。すると近付いてきていた小柄な男は「ちょいと失礼」と言って一行を軽く追い越していった。
それからしばらく様子を見ていたが、すれ違った男はそのまま速度を落とさず下っていき、残る二人も変わらず一定の距離を保って尾行していた。与六郎はすぐに彼らの意図を察した。
(今の男、本隊に報告に行ったな。ということはいよいよ襲ってくるということか!)
おそらく今の男は弥彦郎を発見したことを、この先で待つ本隊へ伝えに行ったのだろう。そして腕の立つ仲間数人を引き連れて戻ってくるはずだ。そう察した与六郎が綱二を見れば、彼も同じ結論に達したのだろう若干緊張した顔でこくりと頷いた。
「今の男、仲間を呼びに行ったのでしょうね」
「ああ、おそらくな。そろそろこちらも動かねばならん。綱二、
これに綱二は自信ありげに笑って「お任せを」と返した。
(ふっ。頼もしい奴だ)
与六郎がそう思ったところで二人の会話に気付いた弥彦郎が振り向いて尋ねてきた。
「なんだ?さっきから何の話をしてるんだ?」
(あぁ、そういえばいい加減この男にも尾行の事を教えておかねばな)
与六郎は顔を正面に向けながら小声で語りかける。
「話してやる。話してやるが、相手に気付かれないためにもお前はそのまま前を向いて歩け」
「相手?何を言ってるんだ?」
「前を向けと言っただろう!……いいか?落ち着いて聞けよ。実は今俺たちは残党らしき奴らに尾行されている」
「ええっ!?」
弥彦郎は驚きから思わず振り向いたが、与六郎が本気で睨みつけたためすぐに顔を正面に戻した。
「……そ、それは本当なのか?」
「嘘を言って何になる。今しがたすれ違った奴がいただろう?そいつが尾行していた奴らの一人で、おそらく近くにいる本隊に報告しに行ったのだろう。見覚えはなかったのか?」
「ま、全く気が付かなかった……」
愕然とする弥彦郎。与六郎はそれに肩をすくめた。
「まぁいい。お前は足元に集中していたし、むしろ気付いていた方が面倒になっていただろうからな。それで話を戻すが、俺たちは当然こいつらから逃げる。なに、難しい話じゃない。『ふもとに下りたら全力で走る』。お前はそれだけ覚えていればいい」
「全力で走る?それだけでいいのか?」
「ああ。引き返してくる奴らは俺たちがこのまま南都道を進むと思っているだろうからな。脇道に入って逃げれば挟み撃ちになることはないだろう」
南都道は榁木峠のふもとからは平城京・朱雀門方面に――東北東に伸びていた。だがこの道は歴史ある街道なだけあって多くの追分が存在した。代表的なのが東生駒へと続く北の道。郡山城城下町へと続く南東の道。そして
やがて一行はそのうちの一本、北の東生駒へと続く追分のところにまでやってきた。
与六郎が小さな声で「心構えはできてるな?」と問うと、残る二人は互いにわかる程度に小さく頷いた。
(郡山の城下町は残党らが滞在しているかもしれないし、南の斑鳩はあまりに遠回り過ぎる。ここは一度北に進路を取り大回りして里に向かった方がいいだろう)
「せーので行くぞ。いいか?……せーの、走れっ!」
三人は与六郎の合図で一斉に脇道に入り走り出した。そんな彼らを見て一町後ろの残党たちは「なっ!?」と動揺を露わにした。
「なっ!?弥彦郎たち、急に道を変えて走り出したぞ!?」
「畜生!あいつら、こっちの尾行に気付いてたんだ!」
与六郎たちが道から外れて走り出したことで尾行していた残党二人は大いに驚いた。というのも彼らは与六郎たちの予想通り、この先で仲間との挟み撃ちを計画していたからだ。
だが彼らが道をたがえたことでその計画は崩壊し、さらにはこのままでは弥彦郎本人すら見失ってしまうかもしれない。
「ま、マズい!追うぞ!」
「おう!」
それだけは避けなければと二人の男は慌てて一行を追って走り出した。
「……ふむ。やはり追ってきましたね」
背後の様子を冷静に報告したのは最後尾を走る綱二であった。その前には与六郎がいて、さらに前を走る弥彦郎にもっと速く走るようにとその尻を叩いている。
「どうだ?速いか?」
「まぁこちらよりは」
綱二は言外に弥彦郎の足の遅さを指摘した。一時期療養生活をしていた彼をこの場で走らせるのはやはり少し無理があったようだ。気付けば一町あった両者の距離も当初の半分――50メートルほどになろうとしている。このままでは追い付かれるのは時間の問題だろう。
「仕方がない。頼めるか、綱二?」
「お任せを」
与六郎が頼むと綱二は一人その場で反転し迎え撃つ態勢を取った。その間に与六郎たちは先に進む。
これを見ていた追手の男たちは一瞬身構えるが、相手が一人と見て再度速度を速めた。
「どけっ!邪魔立てするならば容赦しないぞ!」
残党らはもはや殺気を隠す気すらなく腰の刀に手をかけている。
しかし綱二はそんな怒声など気にも留めずに右手を掲げ、そして彼らに向かって何かを投げつけた。
「むっ!何か投げてきたようだぞ!気をつけ……ぎゃっ!?」
綱二が何か投げる動作をするや、追手の一人が悲鳴を上げてその場に転がった。
「おいっ!?大丈夫か!?……痛っ!?」
もう一人の男も肩に衝撃を受けてその場にかがみこむ。何かはわからないが攻撃された。そう思った男はとっさに身を伏せる。そして冷静に地面を見渡し、自分たちを打ちのめした物を見つけ出した。
「これは……くそっ!鉛の塊か!」
伏せた男が見つけたのは地面に転がる小さな鉛玉だった。大きさは成人男性の親指ほどで形は楕円形。重さは150グラム前後といったところだろう。綱二はこれを高速かつ正確に追手に向けて投げつけたのだ。
「くそっ!厄介なものを!おい!大丈夫か!?」
軽傷の男が倒れこんだ仲間に声をかけると、その男は「痛え!痛え!」とわめきながら顔面を押さえていた。見れば右頬の下一面に青アザができており、さらに上唇のあたりが大きく裂けて歯も何本か欠けている。どうやらあの鉛玉をモロに顔面に受けたようだ。
(うっ、えげつねぇ……。ありゃあ頬骨も砕けてるだろうな。畜生め、ひでぇ真似しやがって!)
男は綱二を睨みつけようとしたが、当の綱二は十分足止めできただろうとすでに
「く、くそっ!逃すか!」
軽傷だった男は慌てて立ち上がり後を追う。しかし数十メートル走ったところで足の裏に鋭い痛みを感じて倒れこんだ。
「痛ぇっ!?な、何か踏んだのか!?」
見れば草履の裏には乾燥させたオニビシの実――つまり
「く、くそぉ……。こんなことまで……」
がっくりとうなだれる男。その姿を肩越しに見て綱二はわずかに口角を上げた。
(ふっ。どうやら上手く引っかかってくれたようだな。これでもう追ってくるような気力も尽きたことだろう)
自分たちの目的はあくまで弥彦郎を柳生庄まで連れていくこと。ならば相手を完全に打ち倒さなくとも、その意思を挫くだけで十分。それが綱二たち忍びの合理的な判断だった。
実際軽傷だった男のやる気は完全に削げていた。だがここで予想外のことが起きた。もう一人の男――顔面に鉛玉をくらった重症の男がここまで執拗に邪魔をされたことで、逆に堪忍袋の緒が切れたのだ。
「許さねぇ!絶対に許さねぇぞ、三下どもが!」
男は顔の痛みすら忘れて叫んだ。そして怒りに任せて懐から印籠を取り出す。それを見ていた軽傷の男は慌ててその行動を止めようとする。
「お、おい!こんな奴らにそれを使うのか!?」
「うるせぇ!このまま舐められっぱなしで引けるかよ!」
男は中に入っていた黒い丸薬を乱暴に手の平一杯に出し、それを一息に呑み込んだ。
「おお!おおおっ!おおおおおっ!来た!来た!来たぜぇ!」
黒い丸薬。坂崎家残党たちが持っている膂力を爆発的に増大させる薬である。それを一気に呑んだ男はその効果の反動かしばらく唸り声をあげて震えていたが、やがてその震えが収まるとその顔は自信と狂気で満ちていた。
「く……くくく……。あぁいい気分だ!痛みもねぇ!これなら奴らをぶち殺せるぜ!っはぁっ!」
男は仲間の制止も振り切り、怒りの形相で綱二たちに向かって駆けだした。
(……!何か来る!)
綱二が背後からの不穏な圧を感じ取ったのは、与六郎たちと合流する寸前の事だった。綱二はその場に足を止めて振り返る。与六郎もすぐ背後にまで来ていた綱二が足を止めたことに気付いて肩越しに振り返った。
そうして二人は狂ったような表情でこちらに向かってくる追手の男を目にした。
「くはははは!殺す!殺してやる!」
「な、なんだ、あいつは!?」
男の顔の傷はひどいものだった。右頬の下一面に青アザができており、鼻と裂けた唇からは血が流れ、前の方の歯が数本欠けているのも見えた。にもかかわらず男は笑みにも似た表情でこちらに迫ってきている。その姿はおよそ正気には見えない。
(何が起こった!?自棄になったにしちゃあ、あまりに圧が強すぎるぞ!?)
困惑する綱二であったが、彼はすぐに報告にあった黒い丸薬の事を思い出した。坂崎家残党たちが持っているという不思議な力があふれる丸薬。なるほどそれを服用したというのならあの狂気も頷ける。
(だがだとすると少しマズいな。俺一人で止められるのか?)
綱二は試しに先程も使った鉛玉を投げてみるが、追手の男はそれを平然と避けたり叩き落としたりしていた。どうやら動体視力の類も強化されているようだ。綱二は舌打ちを一つしたのち腰に据えていた脇差を抜いた。ただしこの時綱二は自分がこの男を押さえられるとは全く思っていなかった。
(仕方ない。ここは向こうに
綱二の策はこうだ。まず向かってくる男を止めるのではなく、上手く受け流して先に進ませる。そうすると男は自分と与六郎に挟まれることとなる。いかに男が薬で強化をしていようとも、さすがに後ろに目が生えてきたりはしていない。つまり綱二と与六郎どちらかの攻撃は通るというわけだ。もちろんこの策は打ち合わせなどしていない。しかし与六郎ならきっと合わせてくれるだろう。そう信じて綱二は大きく横に飛んだ。
しかし綱二の思惑は外れた。弥彦郎を狙うと思われた男は横に飛んだ綱二を追ってきたのだ。
「逃がすか!」
「なにっ!」
綱二の想定外。それはこの男が散々邪魔してきた綱二に対して憤っていたということだ。彼からしてみればもはや弥彦郎など第一目標ではない。男は怒りの感情を全身に込めて刀を振り下した。
「死ねぇ!!!」
「くっ!?」
綱二は慌てて脇差を横にするが、反応が一歩遅れたことで完全な防御はできなかった。キィィィンという澄んだ金属音ののち綱二の脇差は真っ二つに折れ、そして受け止めきれなかった凶刃が彼の胸部をえぐった。
「ぐはぁっ!?」
「終わりだぁ!!!」
そして男は再度上段に構える。綱二はかろうじて指先をぴくりと動かしたが、それ以上は何もすることができず、男は綱二の左肩から腹部にかけてを大きく切り裂いた。
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