柳生三厳 旧友に協力を依頼される 2

 柳生屋敷を訪ねてきた陰陽頭・幸徳井友景の使い――それは三厳の旧友・多比羅たひら雅行まさゆきという男であった。彼は上司である友景の助言に従い、自身の陰陽寮の仕事に協力してもらうために三厳の元までやってきたとのことだった。

「近江の太神山たなかみやま近くに化け物どもの溜まり場となっている屋敷があってな、それを共に開放してほしいのだ。要は妖怪退治だ。協力してくれないか?」


 雅行の話を聞いて三厳は何とも言えぬ渋い顔をした。

「うーん……あやかし退治か……」

「ああ。と言っても相手は名のある大物というわけでもない。とある屋敷に巣食っている妖怪・あやかしどもを蹴散らすだけだ。俺とお前の力なら首尾よく進めば三日か四日もあれば帰ってこれるだろう」

「うーん……」

 腕を組んで眉間にしわを寄せる三厳。あやかしを切ることに関しては能力的には問題はない。加えてかつて共に机を並べた旧友の頼みでもある。心情としては受けてやりたい。

 しかし悲しいかな今の三厳には同時に立場もあるため、そう簡単には首を縦には振れないのだ。

「……難しそうか?」

「いや、そういうわけではないのだが、こちらにもいろいろと立場というものがあってだな……。お前だってわかっているのだろう。江戸と京との関係は」

 寛永四年現在、幕府と朝廷は互いに水面下で主導権を奪い合う非常にひりついた関係となっていた。そんな情勢下で幕府寄りの三厳が、朝廷に近しい陰陽寮関係者と行動を共にしてはあらぬ噂を立てられかねない。特に今柳生家は宗矩が動けないため余計な問題を増やすわけにはいかないのだ。

 だが雅行はそれは気にしすぎだと肩をすくめる。

「それは承知しているさ。だからこその非公式の依頼だ。それに詳しくは知らないが、友景様が俺を使いに出したということは何かしらの意図があってのことだろう。おそらく柳生家に関する何かが見えたのだ」

「見えた……。『遠見とおみ』か……」

「ああ。どうだ、心当たりがあるんじゃないか?」

「……」

 雅行の問いに三厳は無言という形で返した。

 陰陽術師は五行を読み解いたり式神を使役したりと様々な術を持っているが、その中の一つに『遠見』と呼ばれる異能があった。これは見えないものを見る能力であり、『透視』『千里眼』『天眼通てんがんつう』、あるいは『未来視』『予知』などと呼ばれているものと同類の能力である。陰陽寮の術師はこれに秀でている者が多く、例えば著名な術師である安倍晴明などはこの能力で箱の中に隠されたものを言い当てたり、時の天皇が出家する未来を見たともいわれている。

 そして友景もまたこの能力に秀でていることで有名だった。場所の遠近、時間の今昔を問わない彼の恐るるべき眼力は三厳もよく知っている。それだけに雅行の訪問が『意図がない』なんてことはありえないということは三厳も承知していた。

(友景様の思惑……。やはり坂崎家残党のことだろうか?確かに今ちょうど俺たちは残党たちに対して打つ手がなくなっていて、そこに折りよく雅行がやってきた。こいつを助けることで新たな手掛かりが手に入るのならばそれは願ってもないことだが……)

 三厳はちらと隣の頼元を見る。すると頼元は少し悩んだのち、三厳の考えを肯定するようにこくりと小さく頭を下げた。彼もまた難しいところであったが受けた方がいいと判断したのだ。これで三厳の心持ちも定まった。

「……承知した。どこまでやれるかはわからんが陰陽寮の仕事に協力しよう。その代わりこちらもいろいろと利用させてもらうぞ」

「おう、何でも言ってくれ。お前のためならこちらも喜んで手を貸そうぞ」

 にかっと笑って返す雅行。こうして三厳は雅行の妖怪退治を手伝う運びとなった。


 三厳は雅行と協力関係を結ぶことに同意した。となればある程度はこちらの事情も話しておくべきだろう。

「ではこちらの現状も説明しておかねばな。実を言えば今柳生家は少々厄介な連中に狙われていてな……」

 三厳は現在柳生家が置かれている状況――坂崎家残党のことや宗矩が動けぬことを語って聞かせた。ただしすべてを開けっぴろげに開示したわけではない。当時の御公儀の失態は意図的に伏せたし、宗矩が動けぬ理由も公式の発表通り療養ということにしておいた。いくら旧友とはいえ相手は朝廷関係者。弱みはそう易々とは見せられないからだ。

 こうして思惑を込めつつ事情を話したのち、三厳は残党らについて何か覚えはないかと雅行に尋ねてみた。

「……というわけで恥ずかしながら残党らの足取りがつかめなくなってな。些細な噂程度でもいい。何か手掛かりになるようなことは知らないか?」

 しかしこれに対する雅行の反応は芳しくないものだった。

「ふぅむ、そのようなことが起こっていたのか。十年来の遺恨とは、武士の世も大変なのだなぁ。しかし手掛かりか……。すまんな。役に立ちそうな話に覚えはない」

「む、本当に何も思いつかないのか?友景様からも何も聞いていないのか?」

「友景様は何もおっしゃられてなかったな。ただお前を訪ねるようにしか言われていない。まぁ遠見は話し過ぎると効果が薄れると言うしな」

 三厳は「そうか……」と肩を落とす。もしかしたら雅行が来た理由は残党とは関係ないのではないかと考えたからだ。だが雅行はそうではないだろうと否定した。

「いや、友景様が俺を遣わせた理由はおそらくその残党に関することだろう。話を聞いて、なんとなくだが縁を感じた」

「縁?……あぁお前の『遠見』か」

「ああ。師匠らには及ばないがこれでも陰陽寮の端くれだからな。感じるものはある。ただなぁ、牢人徒党なんて珍しいものでもないし、そいつらは別に京を中心に動いていたというわけでもないのだろう?何か知りたいのならば、もう少しこう……俺が陰陽術師ということを生かせそうな手掛かりはないのか?」

「陰陽術師であることを生かすだと?注文の多い奴だ……」

 とはいえ普通の調査ならすでにやるだけやっている。確かに新しい切り口は必要なのかもしれないなと、三厳は少し考えたのち別の話題を振ってみた。

「そうだな……ならば残党たちが持っていた薬について何かわからぬか?呑めば膂力りょりょくが増大する、豆粒ほどの小さな黒い丸薬だ」

「黒い丸薬?」

 三厳は自身の経験や之平らから聞いた話をざっと説明した。聞き終えた雅行は興味深げに頷いていた。

「なるほど……。それは確かに常道の薬ではなさそうだ。口にしてすぐに力が増大したのだな?」

「ああ。もしかしたらそれ以前に服用していたのかもしれないが、見ていた限りでは薬を飲んですぐに力が増していた」

「経口してすぐに効果が出たというのなら何かしらのまじないが込められていたとみて間違いないだろう。おそらくは服用者に関するものを混ぜ込んで効果を発現しやすくしたのだろうな」

「詳しく聞かせてくれるか?」

 三厳がずいと前のめりになると雅行は「これはあくまで推測だが……」と前置きをしてから話し始めた。


「まず前提知識として、薬というものは基本呑んでから効果が出るまでの間に多少の時間がかかるものだ。腹下しの薬も熱さましの薬もそうだろう?ところがお前の話では残党らは薬を呑むとすぐに異様なまでの力を発揮したという。これはおそらく自身と関係の深いものをあらかじめ丸薬の中に混ぜ込んでいたのだろう」

「具体的にはどういったものだ?」

「よく使われるのは爪や髪の毛だな。これらを混ぜ込むことで、言ってみれば『あらかじめ術の影響を受けた自分』を用意しておくのだ。これを仲介役とすることで効率よく薬の効果を発現させることができる。……ただし今回混ぜ込んだのはこういった体の一部ではなさそうだな」

「なぜそう言える?」

「複数人が同じ薬を使っていたからだ。当たり前だが爪や髪は自分のものでなければ意味がない。もちろん個別に作るという方法もあるが、こういったのは大体一括で作るものだからな。だから今回のはおそらく『共有できる象徴』のようなものを混ぜ込んだのだろう」

 ここまで何とか説明についてきていた三厳であったが、耳慣れぬ『象徴』という概念に一度話を止めた。

「ちょっと待て。その……『象徴』と言ったか?そんなもの俺は初めて聞いたのだが?」

「あぁここまでくるともう調伏ちょうぶく術の領域だからな。専門家でもないお前が知っていなくても仕方あるまい。だがそう難しい話ではない。そうだな……わかりやすい例を挙げるなら、互いに血判をした誓紙などか?これを焼いて灰にしたものを混ぜれば、血判をした者複数人に効果が出る薬を作ることができるだろう。強い思いは時に血肉を越えた強いつながりになるからな。とはいえこの程度の象徴では大した効果にはならないはずだ。おそらく残党たちはもっと力の強い、怨念のこもった何かを使ったのだろう」

「何かとは何だ?」

「さすがにこれ以上は推察が過ぎる。現物があればもう少しわかるかもしれないが、それはないんだろう?」

 雅行の言葉に三厳は残念そうに首を振った。

「すまんが回収できなかった。呑んだ奴の腹も裂いたのだが、それもすでに溶けてなくなっていた」

「ならばこのあたりが限界だな。下手に考えすぎると逆に先入観となって害となる。これより先は新たな物証を待ってから推察した方がいいだろう。……すまんな、あまり役に立つ話ができなくて」

 申し訳なさそうにする雅行であったが、三厳はとんでもないと否定する。

「とんでもない、十分参考になったさ。それにまだあやかし退治の外出が残っている。俺が里から離れている間に何か進展するかもしれない。友景様はそれを見たのかもしれない」

「なるほど。俺が来たことではなく、俺と共に出ることが吉報へとつながるということか。……しかしあれだな。聞いてて思ったんだが、もしかしてこれは運が悪ければ俺もその残党とやらに襲われかねないということか?」

 己の置かれた状況に気付いた雅行。確かに三厳と行動を共にするということは、彼を狙う輩からついでに狙われかねないということだ。

「まぁ奴らが里ではなく俺を狙えばそういうことも起こりうるかもな。だが安心しろ。二人くらいなら捌いてやる。三人以上で来たときは頑張って逃げてくれ」

「おいおい……。協力を頼みに来たはずなのに、それじゃあこっちの方が大損じゃないか。まったく、恨みまするぞ、友景様」

 冗談めかした雅行の恨み節に三厳は思わず噴き出した。


 それから一夜明けた翌日早朝、三厳と雅行は旅装束姿で柳生屋敷の前にいた。依頼の内容があやかし退治と単純なものだったので昨日の今日で早速発つことにしたのだ。

 また彼らとは別に門前には頼元や荘田之平といった者の姿も見えた。こちらは見送り兼三厳がいない間の柳生庄を任される側である。もし雅行が来たことに何か意味があるならば、この遠征中にどこかで何かが起こるはずだ。そしてそれが柳生家を救う鍵となるやもしれない。装備を確認し終えた三厳は改めて頼元たちに里の留守を任せる旨を伝えた。

「それでは行ってくる。……俺が里を出るのを見計らって残党らが動くかもしれないから努々気を抜くなよ」

「承知いたしました。三厳様もどうかお気をつけて」

「わかっているさ。……それでは行こうか、雅行」

「おう」

 こうして三厳と雅行はまだ太陽が稜線を越えぬうちに柳生庄を後にした。目指すは近江・太神山であった。

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