荘田之平 柳生庄へと向かう 4

 上野の町まで戻ってきた之平と康成は、利助の協力を取り付けることに成功した。

「それでは利助様、善祐殿たちへの助力、よろしくお願いいたしますぞ」

「ええ、お任せください。お二方もお気をつけて」

 そして二人はそのまま休むことなく柳生庄を目指す。心情としては忍びたちが伊勢方面に発つのをしっかりと確認してからこちらも旅立ちたかったが、残念ながらそれほど時間に余裕はないのだ。

 上野から柳生庄まではおおよそ六里(約24キロメートル。一里は約4キロメートル)。ただし途中舗装のされていない山間部を通るため、慣れている之平たちの足であっても二刻以上はかかる(約四時間。一刻は約二時間)。加えて空模様は昨日からの曇天。山中は相当暗いだろうし、最悪途中で日が暮れるかもしれない。それでも信じて送り出してくれた善祐たちのためにも之平たちは進むことにした。


 之平たちが上野の門まで来たとき、ちょうど四つの鐘が鳴った、この時期の四つは現代で言えば午前十一時ごろになる。そこから二刻半かかると見積もれば里への到着は午後四時くらいになるだろう。この時期の午後四時はだいぶ日が傾いている上に、山間の道を進むことを考えればやはり急いだほうがいい。

「ともかく急ぎましょう。なんにせよ早いに越したことはない」

 こうして上野を発った二人であったが、意外にもその足取りは重かった。

 よくよく考えればそれも仕方がないことである。旅も七日目。連日歩きっぱなしの上に坂崎家残党の襲撃のような精神的な疲労も重なった。それに加えて利助の助力を得られたことで心が一段落ついてしまったのだろう、二人の足はどうにもこうにも前に進もうとしなかった。

 そのあまりに愚鈍な足取りにとうとう之平は休憩することを提案する。

「康成殿、向こうの辻で一度休みましょう。このままでは道の途中で足が止まってしまう」

「……そうですな。難所はまだ先。今のうちに足を休めておきましょうか」

 二人はすぐ横の木津川で水を汲み、程よい木の下に腰を下ろした。その際二人はふぅと大きく息を吐く。どうやら思っていたよりもはるかに心身は疲れていたようだ。これでは笠置の山道は越えられまいと、二人は体だけでなく心もしっかりと休めることにした。


 上野郊外の土手に腰掛けた二人はしばらくぼおっと景色を眺める。

 季節は十月中旬。猛威を振るっていた残暑もここ最近はすっかり鳴りを潜め、日が出ていなければ日中でも肌寒く感じるような季節である。見れば周囲の山々も半分以上が赤や黄色に色づいており、川の近くではトンボが群れを成して飛んでいる。それを近隣の子供たちがわぁわぁと叫びながら追っている。そこにはのどかな秋が広がっていた。

「……平和だ。昨日襲われたというのがウソのようだな」

「ええ、本当に。残党らもさすがに昨日の今日では追いつけなかったようですね。……あるいは伊勢の方に向かったのか」

 康成と之平は自然と東南の方、伊勢の方角に目をやっていた。視線の先には伊賀と伊勢とを分ける山塊が立ち並び、その山頂付近は雲に隠されている。善祐と長右衛門はあの向こう側にいるはずだ。

「……利助様の手配した忍びの方たちはもう上野を発ったのだろうか?」

「おそらくは。なにせ忍びですからね。利助様も手練れを送るとおっしゃってましたし、今日のうちに向こうと合流するのではないでしょうか?」

「そうだといいのだが……。善祐殿……、そして長右衛門……」

 之平は心配そうに目を細める。特に長右衛門は養子とはいえ息子なのだ。やはりいろいろと後ろ髪を引かれるのだろう。だがここから見えるのは遠く霞む山塊ばかりである。

 そんな之平を気遣ってか、康成はわざと陽気に立ち上がる。

「ほらほら、之平様。若旦那たちを心配なさる気持ちは重々承知しております。しかし今は考えても仕方がありません。某たちは某たちのやれることをやりましょうぞ」

 一回り以上年下からのわかりやすい励まし。これに之平は苦笑半分うれしさ半分で立ち上がった。

「そうだな、すまなかった。それでは急ごうか」

 一時の休息だったが心の回復は十分にできた。二人は気を取り直して笠置街道を進み、そして道はいよいよ笠置山地の谷間へと入っていった。


 笠置街道とは伊賀・上野から大和・平城京までを繋ぐ街道で、その大半は山城国(現京都府)の南部、笠置山地の谷間を流れる木津川に沿って走っている。谷間かつ川沿いということで道には砂利やぬかるみが多く、さらに全体的に薄暗いためうっかりすると滑って転びかねない、そんな道である。

 二人は細心の注意を払いながら足早に進み、やがて柳生庄まであと一里ほどというところまで来た。まもなく見える横道に入れば里はもう目と鼻の先である。

 そんな折、康成の耳に路肩で休んでいた行商人の世間話が入ってきた。

「しかし何だったんだろうな、さっきの牢人連中。こちらをじろじろと見て、まったく、いきなり切りかかってくるんじゃないかと肝を冷やしたよ」

「ありゃあ誰かを探している様子だったな。金を貸した相手が逃げたのか、あるいは喧嘩した相手でも探していたのか。どちらにせよあんな殺気丸出しで居座られたら俺らが困るってんだ」

 この会話に康成がすぐさま反応する。

「も、もし!ちょっとよろしいか!?この先に誰かを探している様子の牢人がいたんだな?」

「な、なんだい、あんたは?」

 行商人たちは急に声をかけてきた康成に驚いたが、詳しく話を聞きたいと請われると同じ旅人のよしみで話してくれた。

「ああ。四、五町(約500メートル)ほど先だったかな?道行く奴らの顔をじろじろと検分する牢人風の三人組がいたんだ。奴ら岩陰で休んでいる風を装っていたが、ありゃあ間違いなく誰かを待ち伏せしてるな。……まさかあんたらか?」

「……」

 康成と之平は断言しなかったが心当たりなら十二分にあった。行商人に礼を言って離れた二人は早速これからどうするかを話し合う。

「どう見ますか、康成殿。やはり坂崎家の残党でしょうか?」

「断言はできませんが、おそらくは……。しかし仮にそうだとすると随分と動きが早い……」

 之平らは上阿波宿で一泊したものの、そこ以外では最小限の休息でここまで来た。にもかかわらずこの先で待ち構えているのが坂崎家の残党だとすると、彼らの動きはだいぶ早いと言える。

「やはり夜中に先回りしたのでしょうか?しかし昨日は雲が出ていたはず……」

「おそらく異常に夜目が効く者がいたのでしょう。昨日の峠の男といい不思議な力を持つ者が向こうにはいるようですからね」

 康成が例に挙げたのは昨日善祐を負傷させた怪力男のことだ。善祐の予想では何か外法の薬を使ったのではないかとのことで、それならば他にも常識外れな効果を発揮する薬があってもおかしくはないというのが康成の見立てである。

「なるほど。ということは先に待ち構えている者の中に、昨日の刺客と同じような力を持つ者がいるかもしれないと?……これは道を変えた方がいいのではないか?」

 之平が心配そうに提案する。

 確かに上野から柳生庄に向かうには笠置街道を進み、途中で横道の山道に入るのが一番早くて安全だ。だがそれが唯一の道というわけでもない。一応他の山村からでも、ほとんど獣道のような道を使えば柳生庄に行くことはできる。もちろん地元民に話を通したり険しい山道を進まなければならないため今日中の到着は望めなくなるが、それでも残党三人を相手にするよりは確実な道だろう。康成は之平の意見に頷いた。

「そうですな。ただこの時間ではその山村に向かうことすら難しい。仕方がありません。一度上野に戻り計画を練り直しましょう」

 ここまで来て引き返すのは少々もったいなく感じたが、今は何より無事の帰還が第一である。之平たちは反転してきた道を戻り始める。

 しかししばらく歩いたところで何かに気付いた康成が顔を険しくする。

「……前方、上野方面よりこちらに向かってくる者がいます!」

「えっ!?」

 康成の言葉に之平も急いで目を凝らす。二人のいた場所は他より若干小高くなっている場所だったため背後の街道の様子がよく見えた。そしてその街道上には康成の言う通り、こちらに向かって駆けてくる二つの影が見える。

「あれは……旅人という風ではないですね……!」

 駆けてくるのは腰に大刀を下げた尻端折りの男たち。その格好は旅人にも地元の農民にも見えない。――はっきりと言えばそれは明らかにを狙っている、気の昂った牢人たちであった。

「ど、どうします?隠れられるような場所などありませんよ!?」

 折り悪く場所は見通しのいい河原で、近くに隠れられるような岩も木もない。かといって迎え撃っても必ず勝てるという保証はなく、だからといって待ち伏せされているところに突っ込むなど論外だ。

 康成はこの状況を把握するとすぐさま山の方を向いた。

「どうするのですか、康成殿!?」

「山を突っ切ります!それしかありません!」

「なっ!?」

 康成は藪を力任せにかき分け山に踏み入ろうとする。対して之平は一瞬躊躇した。何の手入れもされていない原生林に入るなど自殺行為と言ってもいいほど危険な行為だったからだ。

 だが手段を選んでいられるような場面でないのもまた事実。今なら道のうねりの影になって山に入ったところも見られないだろう。

「さぁ早く、之平様!追いつかれます!」

「ええい、ままよ!」

 もはや安全な道はないと悟った之平は覚悟を決め、康成の後に続いて山に踏み入った。


 残党たちから逃れるために山の中へと踏み入った之平たちであったが、手入れのされていない山中は想像以上に過酷な環境だった。現代のような植樹された山ではないため木々は生え放題で枝は伸び放題。倒木や大岩は放置されたままであり、ぬかるみや小さな崖になっているような場所も少なくない。少し進むごとに小袖が枝に引っかかり、藪の密なところでは本当に一歩も進むことができなくなる。之平たちはちょっとした獣道がどれだけありがたいものだったかを知る羽目になった。

 だがそのおかげか、割かし早い段階で二人は街道から見えないところにまで来ることができた。

「ふぅ。とりあえずはこれで大丈夫でしょう。待ち伏せをしていた奴らはもちろん、追ってきた奴らにも見られてはないはずです」

「大丈夫でしょうか?こちらから見えたということは、向こうからも見えたということ。顔までは見られてないでしょうが、道の先にいたはずの者が通っていないと知れば奴らも何か気付くのでは?」

「問題ないでしょう。暗かったがための見間違いか何かだと思うはずです。仮に気付いたとしても里の方にまでは来ないはず。来るほどの気骨があるならばあんなところで待ち伏せなんかしてませんよ」

「そういうものですか……。ではこれからどうします?近くの村を目指しますか、それとも……」

「このまま柳生庄を目指しましょう。少し遠いですが場所がわかっている分確実です」

 この周辺の山中には他にも集落があったが、原生林をかき分けてたどり着けるほど正確な位置を把握しているわけではない。それならば場所を知っている分柳生庄を目指した方が確実だというのが康成の考えだった。之平もこれに同意し二人はそのまま南に進む。

「笠置山の山頂を目印にすれば大きく外れることもないでしょう。太陽が見えていればなおよかったのですが、まぁ言っても仕方ありませんね」

 そんな軽口を言い合いながら原生林を進む二人。面白いもので山に入ってすぐは人の手の入っていない自然に翻弄されていたが、少し経つと歩くためのコツのようなものがわかってきた。大事なのは無理をしないということだ。無理に自然をかき分けるのではなく、単純に楽な方楽な方へと進んでいく。枝を折ったり藪を払ったりするのは最後の手段で、落ち着いて周囲を見渡せば存外通れるようなところはあった。康成たちはそういったところを踏みしめて少しずつ進んでいく。既存の獣道もこうやって作られていったのだろう。

 そうしてしばらくの間二人は順調に進んでいた。しかしとあるところで不意に之平が康成を呼び止めた。

「や、康成殿!少し待ってくだされ!」

「おっと、すいません。早すぎましたか?」

「いや、そうではなく……、今背後から声がしたような気がして……」

「えっ!?そんな馬鹿な!?」

 康成たちは残党たちに見つかる前に原生林に入った。当然追ってこられるはずがない。おそらくは之平の空耳だろうが、万が一ということもあると二人は立ち止まり後方に耳を澄ます。すると……。

「おい!本当にこっちにいるんだろうな!?」

「ああ、間違いない!近いぞ!」

「っ!?そんな馬鹿な!?」

 驚愕する康成と之平。聞こえてきたのは自分たち以外の荒々しい声。間違いなく残党たちが二人の後を追ってきていたのだ。

(馬鹿な、ありえん!?山に入ったところは見られてはないはずだ。なのに何故こうも正確に追ってきているのだ!?)

 まるで猟犬でも使っているかのような正確な追跡。その人知を超えた行動に、康成は昨日襲ってきた相手を思い出した。

(そういえば昨日の刺客も常人離れした力を持っていたな。善祐様曰く、薬を使っているのではないかとのことだったが……なるほど、鬼のような力を引き出す薬があるのなら、犬のように嗅ぎまわれる薬があってもおかしくはない!)

 もちろんこれは推察で当たっているかどうかはわからない。だがこの際その正誤はどうでもいい。大事なのは残党らの追跡が正確で、このままではやがて追いつかれてしまうという点だ。

 康成は急遽進行方向を大きく西に変えた。

「くっ!之平様!こっちに!」

「ど、どちらに向かうつもりで!?」

「柳生の山道に出ます!ここで鉢合わせるよりははるかにマシですし、もしかしたら里の者がいるかもしれない!」

 康成らは直接柳生庄を目指していたが、ここで進路を変え柳生庄と笠置街道とを結ぶ山道に出ることにした。走りやすい道と助っ人の可能性に賭けての判断だ。

 二人は残っている体力を振り絞って木々を払いながら進み、やがてほんの少しだけ開けた場所に出た。康成がすぐに周囲を見渡すとそこは見覚えのある場所――柳生庄から笠置街道へと続く山道の途中であった。しかし当然ながらそこに味方となってくれるような者はおらず、代わりに同じように飛び出してきた残党たちがいよいよ二人を視界内に収めた。

「ふへへへへ。ようやく追いついたぜ。やっぱり手前ら、柳生家の奴らだったか」

 その数三人。その口ぶりからやはり彼らは坂崎家の残党のようだ。

(三人か……。待ち伏せてしていたのが三人で後ろから来ていたのが二人だったから二人足りないな。山中ではぐれたか、あるいはどこかに潜んでこちらの隙を窺っているのか……。いや、考えるのはよそう。今は目の前のこいつらに集中しなければ)

 残党たちは残忍な笑みを浮かべながら各々刀を抜いた。合わせて之平たちも抜刀する。こうして柳生庄へと続く山道にて二対三の戦いが始まった。


 互いに抜刀して睨み合う之平たちと残党たち。一触即発のその場面で康成は之平に小声で尋ねた。

「之平様。昨日某が申したことを覚えておいでですか?」

「!」

 之平はすぐに康成が何を言わんとしているかを悟った。彼らは昨日のうちに、もし残党らに絡まれた時は康成を殿にして之平は逃げるようにと打ち合わせてあった。

 之平が苦悶の顔で頷くと康成は満足そうに微笑んだ。

「某が機を作ります。その時が来たら迷わず走ってくださいね……!」

 残酷な話だがこれもお役目を全うするためである。

 しかし康成がそこまで覚悟を決めたにもかかわらず、その時はなかなか訪れない。その原因は二対三という戦力差にあった。

「ほら、どうした!?こっちだ!」

「ちっ!小癪な!」

「今度はこっちががら空きだぞ!」

「くそっ!またか!」

 柳生庄はもう目と鼻の先。それ故に残党らもどちらか片方が走ることを警戒して、常に一人が対処できるようにして攻勢をかけていた。こうなると安易に背を向けて走ることもできず防戦一方となる。

 そして数合打ち合えば互いに互いの力量に気付く。残党たちは康成よりも之平の方が劣っていると悟り、之平を中心に狙い始める。しばらくは上手くさばいていた之平であったがそれも長くは続かず、とうとう残党の一人が放った突きが之平の右肩をえぐった。

「ぐっ……!?」

「之平様!?大丈夫ですか!?」

 之平はすぐに構えなおしたが、その剣先は力なくプルプルと震えていた。

「問題ない、とは言えませんな……。……康成殿、某が時間を稼いでいる間に逃げられそうですか?」

「っ!?それは……!」

 之平の捨て身の提案。確かにこうなれば康成が走る役になった方がいいだろう。しかし康成は首を縦に振れなかった。

 それは心情だけの問題ではなかった。仮に今ここで之平を置いて走ったとしても手負いの之平の相手など一人で十分。残る二人にすぐに追いつかれてしまうだろう。それならばまだ二人で固まっている方が長く生き延びれるはずだ。

(だがそこからどうする!?無駄に抵抗したところで助けは来ないし、こいつらが手を引く理由もない。ならばやはり一か八かで走った方がいいのか!?)

 悩む康成。だが残党たちの凶刃は待ってくれるはずもなく、慈悲なく二人に迫る。

「くくく。いよいよ年貢の納め時ってやつだな!」

(くっ!もはやこれまでか!?)

 いよいよ康成ですら死を覚悟した、その時だった。

「放てぇ!!」

「!?」

 唐突に響いた号令に合わせて何かが高速で康成たちの方に飛んできた。

 飛来物は小型で多数。それがとてつもない威力で康成たちの周囲の土や木をえぐる。一行はすぐにそれが何者かによる投石攻撃であることに気付いた。


 投石攻撃。石を投げると聞くとたいしたことのない攻撃だと感じる人もいるだろうが、戦場のそれはそんな生易しいものではない。戦場でのそれは紐や布で作った投石器・スリングを振り回し、遠心力を利用して放り投げられる。その初速は時速100キロを越えるほどであり、石の持つ質量と相まって当たれば骨や頭蓋など簡単に砕く、そんな危険極まりない攻撃である。

 故にその恐ろしさを知っている康成や残党たちは皆一様に混乱した。

「な、なんだぁっ!?」

「投石か!?くそっ!」

「誰がこんな真似を!?」

 全員が交戦の手を止めて地面に伏せ、少しでも被害を減らそうと顔や頭を手で隠す。だがそんなことなどお構いなしという風に再度号令が山道に響き渡る。

「二投目、用意!放てっ!」

「ひぃっ!?」

 またもや石弾の雨が康成たちの周囲を穿つ。……だが何かがおかしい。その違和感に最初に気が付いたのは康成であった。

(……なんだ?誰にも当たってないのか?)

 地面に伏せ頭を庇いながら周囲を確認する康成。見れば全員うずくまりおびえているものの、明確に石を当てられたような者は誰一人としていないようだった。

(奴らが動揺しているということは、これは奴らの攻撃ではない。そして誰にも当たってないということは……!)

 康成がこの攻撃の意図に気付いたところで、残党たちも自分たちが無傷であることに気が付いた。

「……な、なんだ?無事なのか?一個も当たってないぞ?」

「石を投げてきたのはあいつらか?あいつら、何がしたかったんだ?」

 残党たちが石の飛んできた方を見てみれば、そこには武士らしき男たちが数人立っていた。彼らは一町半(約150メートル)ほどの距離を取り、三投目の準備をしている。

「そ、そうか!きっとあいつら柳生の里の見回りか何かだ!道中で争っている俺たちを見て慌てて投石を投げたんだろう。しかしあの距離でこの暗さだ。当てていい相手なのかもわからず牽制にとどまった、というところだろう。はんっ!甘い奴らよ!」

 確かにそれならば誰にも当たらなかったことに説明はつく。

「なるほどな。しかしさすがに逃げた方がいいのではないか?合流されたら一気に不利になるぞ」

「わかってる。だがその前にこいつらだけは殺しておかなければな!」

 残党の一人が之平たちにとびかかる。之平たちの口さえ封じてしまえば情報の流出は防げると考えたのだろう。

「くっ!」

 身構える之平。しかし凶刃が彼らに届こうとしたその瞬間、近くの茂みから一つの影が飛び出し、襲い掛かってきた残党に不意の一撃を食らわせた。

「はぁっ!」

「ぐはぁっ!?な、なんだぁっ!?」

 右腕に一太刀浴びた男は慌てて飛び退き距離を取る。だが襲われたのは彼だけではなかった。

「ぎゃあっ!?」

「ぐぁあっ!?」

「なっ!?お前たち!?」

 残党の男が驚き振り向くと、仲間の二人はそれぞれ別の男に切りつけられていた。

(こいつら、一体いつの間に俺たちに近付いたんだ!?)

 そう疑問を抱くと同時に男はその答えに気付く。

(投石はこいつらが近付くための目くらましだったのか!?)

 そう、先程之平や残党たちに向かって飛んできた投石は攻撃が目的ではなく、残党たちの注意を惹き、その間に別動隊が近付くための囮だったのだ。

 こうして近付いた別動隊は死角から飛び出し残党たちを強襲した。

 そして之平はその飛び出してきた人物の顔を見て驚き目を丸くした。

「三厳様、どうしてここに!?」

「なに、里の近くに怪しい奴らがいると聞きましてな。無事ですか、之平殿?」

 之平たちの危機に現れたのは柳生三厳その人であった。

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