柳生三厳 保知たちと対峙する 2

 牢人たちがねぐらとしていた村近くの廃寺。その境内に踏み込んだ三厳と友重であったが、逆に待ち伏せしていた牢人たちに囲まれてしまうという窮地に陥った。

 数は十人ほど。これが全員ただの雑兵だったならば三厳たち二人でも難なく抜けることができただろう。だが三厳たちの前に姿を現したのはあの保知であった。

「待っていたぞ、串太郎殿。いや、三厳殿と言った方がいいかな?」

「保知殿……」

 三厳は牢人側についた保知をキッと睨みつけた。


「……保知殿。消えたと聞いたときはもしやと思ったが、やはりそちらに着いたのか」

「すみませんなぁ、三厳殿。だがこうでもしなければ貴殿とは本気で戦えないでしょう?」

 保知は強者との腕試しに飢えていた。そんな中現れた三厳という名も力もある剣豪。彼が戦うために牢人側につくことは短絡的ではあるが予想はできた。

「……なるほど、それもまた武士の生き方だ。否定はするまい。だがそれで取る手が待ち伏せの上に数で囲むとは、存外狡い手を使うのだな」

 三厳が嫌味っぽく言うと保知は楽しげに笑って見せた。

「ふふふ。勘違いしないでくださいな、三厳殿。彼らはただお二方が逃げ出さないように囲っているだけ。あるいはただの観客と言ってもいい」

「観客だと?」

 三厳と友重がざっと目を動かし確認してみれば確かに周囲の牢人らには殺気がなく、その距離も攻めるというよりは逃げようとする相手に対処できるような程よい距離を取っていた。あるいは保知の言う通り本当にただの観客のつもりでそこに立っているのかもしれない。では何の観客か?それはおそらくこれから始まる三厳たちと保知との大一番の観客だろう。

「酔狂な……。ここまでするか」

 呆れる三厳であったが戦意がないなら都合がいい。三厳は囲む牢人らをぐるりと見渡したのち、試しに一つ宣言してみた。

「貴様ら、そこの者から訊いていると思うが一応言っておこう。某は大和柳生庄領主・宗矩が長男・柳生三厳である。此度は貴様らを討ちに来たわけだが、ここいらに二度と近付かないと誓えば逃げる者まで追うつもりはない。素直に引き下がるというのならこちらも無理に追ったりはしないが、どうする?」

 敵中であるにもかかわらず肝の据わった三厳の名乗り。三厳はこれで何人かが怯んで逃げてくれることを期待したが、牢人らは若干視線に動揺が見られたものの結果として誰一人として逃げることなく三厳らを囲み続けていた。

「……無駄だったか」

「ふふふ。そりゃあそうでしょう。こちらはまだ手傷すら負ってはいない。そういうのは一人くらい倒してから言うものですよ」

「道理だな。それで誰が相手をしてくれるのだ?周りは観客だと言っていたが、貴殿が我ら二人を相手してくれるのか?」

 三厳が尋ねると保知は残念そうなポーズをとった。

「個人的には俺一人でお二方とも食ってしまいたかったのだが、さすがにそれでは交渉が成立しなかった。友重殿の方はこちらの方が相手をなさるそうだ」

 そう言うと保知は隣に立つ初老の牢人に目を向けた。


(あれは……)

 三厳も囲まれた時からこの男には目をつけていた。それは単に保知の隣に立っていたからではない。彼の隙のない立ち姿やそこから立ち昇る自信にあふれた闘気。それらが彼がただ者ではないことを如実に示していたからだ。おそらく彼こそが……。

「三厳殿も気付かれたようだな。そう、彼こそが何度か話に出ていた凄腕の剣客、勝信殿だ」

 草吾の話で何度か出てきた牢人側の凄腕・勝信。保知が紹介すると勝信は小さく頭を下げ一歩前に出る。そして三厳と友重の顔をじっくりと見たのち思いがけぬことを口にした。

「お久しゅうございますね、七郎(三厳の幼名)様。といってもそちらは幼かった故、某のことなぞ露ほども覚えてないのでしょうがね」

「なっ!?」

 なんと勝信は幼少期の三厳と会っているかのようなことを口走ったのだ。しかもその言いぶりは遠くからちらと見たという風ではない、ある程度近しい距離にいたことが窺える。これには三厳と友重、何なら保知までも少し驚いたような顔を見せていた。

 三厳は内心動揺するが弱いところを見せてはならないとすぐさま自制し、何でもないというような口調で返答する。

「……申し訳ないが俺は貴殿のことは知らないな」

「はっはっは。仕方ありますまい。某が柳生の里を離れたのは七郎様がまだ刀も握れなかった時分。覚えていらっしゃらないのも無理はない。しかし……」

 そのまま勝信は友重の方を向いた。

「貴様も久しいな、友重。互いに随分と老いたが、まだ剣は振れるのか?」

「……!」

 やはり顔見知りのような台詞。これに友重は戸惑いつつも、やがて思い出したのかハッとする。

「お前、いや、お主……勝一殿か!?」

 勝信は返答こそしなかったが否定もしなかった。三厳がこそりと尋ねる。

「お知り合いですか?」

「……かつての新陰流の同士です。まだ宗厳様がご健在だった時に共に剣に励んでおりました。奴は宗矩様にはついていかず柳生庄に残り、宗厳様が亡くなられてから数年後、二十年ほど前に出奔してそれっきりです」

 二十年ほど前。三厳がまだ乳飲み子だった頃で話にも合う。

「勝一殿!貴殿は自分が何をしているのかわかっておられるのか!?新陰流の名を語り悪行を行えば流派の名が汚れることなど自明の理。宗厳様に申し訳が立たないとは思わないのですか!?」

 友重は叫ぶが勝信はそれを鼻で笑ってあしらった。

「名を語る?何を異なことを。確かに認可こそ受けてないものの、我が剣は宗厳様より教わった新陰流そのものなり。ならばそう名乗って何が悪い?」

「くっ……!」

 勝信の主張に三厳たちは一瞬言葉に詰まった。

 ややこしいことに、一口に『柳生新陰流』と言ってもそのすべてが同じ思想・価値観というわけではない。わかりやすい例を挙げればいわゆる『尾張柳生』がそうだろう。彼らは柳生利厳を頂点とした剣術体系・思想を持っており、宗矩を頂点とした江戸柳生とは一線を画している。同様に勝信にとって新陰流とは宗厳から教わったそれであり、三厳ら江戸柳生は全くの別物と見ているようだった。

 故に友重の言葉は勝信には届かない。それは言ってみれば三厳が尾張柳生に命を下すほどに無茶なことだった。だがだからと言ってここで言いくるめられるわけにはいかない。友重達にもまた自分たちなりの守りたい『柳生新陰流』がある。

「いい加減にしてください、勝信殿!もう戦ばかりの時代は終わったのです。ならばそれに合わせて剣の形も変えるべきだ!」

「ほう?情勢が変わればそれまでの剣の道を捨ててもいいと?某は古くからの新陰流を貫いているだけだ。貴殿らこそ新陰流を何も出来ぬまがい物に改悪して、自らの地位のために利用している張本人ではないか」

「そう言って考えなしに剣をふるって落ちた先が牢人か!」

「権力者に認められた方が正義だとでも?武術とは戦う術だ。ならばその優劣は戦うことでのみ決められるものだろう!」

「その戦場がない時代が今だと言っているんだ!」

 平行線のまま睨み合う三厳たち。しかしそこに気の抜けた声で「まぁまぁ」と割り込む者がいた。

「まぁまぁ、勝信殿も三厳殿もそのあたりでいいじゃないですか」

「保知殿……」

「互いにくだらない問答をしにここに来たわけではないことはわかっているのでしょう?」

 そう言うと保知はごく当たり前という風に刀を抜いた。

「なっ!?保知殿!?」

「何を驚いていらっしゃる。これが一番わかりやすい解決法ではないか。それに荒事での解決はそちらも承知の上だろう?さあ、刀を抜いてくださいな、三厳殿」

 薄ら笑いを浮かべながら正眼に構える保知。その瞬間その場にいた全員が――三厳たちのような強者だけでなく雑多な牢人たちですら、保知の変化を感じ取り息を呑んだ。

 それまでのどこかあっけらかんとした雰囲気は完全に鳴りを潜め、腰を据えて構えた保知はまるで彼自身が一本の刀剣になったかのような研ぎ澄まされた剣気をみなぎらせていた。

(本気を見せてはいないと思ってはいたが、まさかこれほどとは……)

「三厳様……」

「わかっている……」

 どうやらもう話し合いでどうこうできる段階は過ぎてしまったようだ。

(まぁいい。荒事はもとより承知の上だ)

 三厳もまた刀を抜いて正眼に構え、大きく息を吸い丹田より剣気を放つ。二人の若き剣豪が放つ気迫は凄まじく、何人かの牢人は思わず後ずさりをしたほどであった。

「さすがだな。……中条流、菊山保知だ」

「……新陰流、柳生庄領主・柳生宗矩が嫡男・柳生三厳。参る!」

 名乗りを終えると二人は同時に一歩目を踏み出した。


「はあっ!」

 初手、いきなり飛び込んできたのは保知であった。彼は大きく一歩目を取るや上段に構え、そのまま勢いに任せて豪快に兜割りを放った。

「はあぁぁぁぁぁっ!」

「ふっ……!」

 だがそんな大振りの攻撃が三厳に当たるはずがない。三厳は最小限の動きでかわし保知の隙を突こうとする。無理な攻めで態勢が崩れたところを狙うのは新陰流の基本である。しかし三厳は寸でのところでそれを踏みとどまった。保知の体幹がまったく揺らいでないことに気付いたためだ。

(誘いか!癪な真似を!)

 後先考えぬ大振りをしたかに見えた保知であったが、実は彼はしっかりと次の攻撃に向けて踏ん張っていた。三厳が迂闊に踏み込めばカウンターとして下段の突きあたりが飛んできたことだろう。保知は三厳が誘いに乗ってこないと気付くや「ちぃっ!」と舌打ちをし、今度は振り下ろした低い姿勢のまま一気に距離を詰めてきた。

(早い!)

 三厳はこれを右に動いて避けようとした。この場面で怖いのは突き、薙ぎ、そして体当たり・タックルである。これらは右に、保知から見れば左に回ればある程度回避しやすくなる。

 しかし保知はその回避行動を読んでいた。彼は間合いが重なる直前で強く大地を踏みしめ進行方向を変更、傾いた態勢のまま逆袈裟に似た軌道で切り上げてきた。常道ならぬ切っ先が三厳に向かう。

(くっ!間に合わん!)

 慌てて刀を合わせる三厳。二本の刀が交差し、キィンと甲高い音が境内に響き渡り、そして両者は数歩離れた。

(なんて衝撃だ!?刀は無事か!?)

 二人は勢いに任せて距離を取り、そして自分の刀が折れていないことを確認する。鋼鉄製の刀といえども強い力でぶつかると折れることがあるからだ。幸いなことに両者の技能のおかげか、ぶつかった衝撃は受け流されたようで互いの刀身には若干の擦り傷がついているだけであった。

(今のは危なかった……!やはり侮れぬな、中条流!)

 三厳は「ふぅ」と鋭く息を吐き再度正眼に構えた。


 さて、ここで二人の流派の違いを説明しておこう。

 二人の流派は三厳が新陰流、保知が中条流である。この両派にはわかりやすい違いとして刀を『合わせる・合わせない』の違いがあった。ここで言う『合わせる』とは、時代劇で見られるような、切り合いの最中に刀をぶつける行為のことを指す。

 もう少し具体的に言えば、まず新陰流は刀を『合わせない』ことを前提としている。間合いの管理やフェイントなどで相手の空振りを誘い、その隙を突くというのが新陰流の基本であった。対する中条流は刀を『合わせる』技が多い。刀身を傾けたり鎬を使ったりして相手の刀の自由を奪い、その隙に本命の攻撃を通す。つまり保知は刀を『合わせたい』側であり、三厳は刀を『合わせたくない』側であると言えた。

 その点を踏まえて見れば保知の二撃目のすごさがわかる。彼は大胆に踏み込むことで数尺分三厳の予想を上回り結果両者の刀が交錯した。『刀を合わせたくない』三厳に対し保知が『刀を合わさせた』のだ。これはこの瞬間保知が三厳を上回ったことに他ならない。三厳は久方ぶりに背すじが寒くなっている自分に気付いた。

(さすがは中条流……いや、保知殿といったところか。このまま調子に乗らせれば俺でもマズイだろうな。ならば……!)

 保知の攻めの技量が高いことを認めた三厳は受けてばかりはいられないと、今度は自分から打ちにいった。

「はぁっ!」

 三厳は間合いを詰るや大ぶりの袈裟切り――に見せかけての小手打ち――に見せかけてから片手に持ち替え、腕をグンと伸ばして保知の胴の中心に向けて突きを繰り出した。

「ちぃっ!」

 これに保知は間一髪で刀を合わせて弾くものの、その刀の軽さからこの胴突きすらもフェイントであることを悟る。保知が慌てて全神経を集中させると三厳の切っ先が自分の顔面に向かってくることに気付いた。こちらは大きく身を反ることでかわしたが必然態勢は大きく崩れる。そしてこれを見逃す三厳ではない。三厳はすでに次の突きの姿勢に入っていた。

「くぅっ!?」

「はぁぁぁぁ!」

 そこからは三厳の連打だった。突き、薙ぎ、振り下ろし。虚実を混ぜた多彩な攻撃で保知を押していく。保知はそれらを致命傷を避けるようにしのいでいたが、やはり初めに大きく態勢を崩したのがまずかったのか、徐々に傷が増えていき息も上がってきた。結局保知が大きく砂利を蹴飛ばし転がったことで両者の間合いは離れたが、そのころにはもうすでに保知の体のいたるところに切り傷ができていた。

「っ……。……ふっ、ふふふ。さすがですな、三厳殿。よもやここまで追い詰められようとは!」

「……いや、保知殿も見事だ。こちらも全力で攻めたのだがな」

 三厳のこの発言は本心だった。三厳は多くの手を打ったが、そのすべてが保知を行動不能にさせるための全力だった。だが保知の体には薄い切り傷くらいしかない。

(腕は俺の方が若干上。しかし油断をすれば一瞬でひっくり返される。もはや猶予はない。次の一手で決めなければ!)

 覚悟を決める三厳。そして保知の方も同じように覚悟を決めていた。

(驚いた。まさかここまで強いとは。だが勝機がないわけではない。一瞬……一瞬だけならば三厳殿を上回ることもできるはず!)

 はからずも二人は同時に次の一手を最後と決め、そして互いにそれを悟る。

(これで……)

(決める……!)

 そして間合いまで拳二つほどとなったところで両者は止まり呼吸を合わせる。次の一瞬が勝負。その緊張は周りにも伝わっているのだろう、周囲の牢人たちも皆息をひそめ決着の瞬間に向けて神経を集中させていた。

 だからだろう、その怒声は実によく境内に響いた。


「おいっ!そこのお前、何者だ!?……待てっ!」

「くそっ!まだ残ってやがったのか!」

 その怒号は廃寺の中から聞こえてきた。

(何だ?中で何かあったのか?)

 それはちょうど三厳たちがじっと構えていたタイミングだったため全員の耳に入り、視線が思わず寺の方に向かう。そして一同注目の中、廃寺の正面扉から二人の男が飛び出してきた。一人はいかにも牢人といった格好の中年太りの男。そしてもう一人の黒覆面で顔全体を覆った男であった。

(な、何だあれは……?まだ牢人が潜んでいたのか)

 思わぬ展開に困惑する三厳だったが、それは何故か牢人たちも同じだったようで「誰だ、てめぇ!」と口々に叫んでいる。よく見れば黒覆面の男は逃げ回っており、中年太りの男はそれを追いかけているようだった。

(ん?こいつらの仲間ではないのか?ということは、まさかあの覆面は……)

 答えにたどり着きそうになる三厳。しかしその思考は視界の端から迫ってきた影によって中断させられる。

「はあっ!」

「くぅっ!?」

 ガキィィィン。

 鉄塊同士がぶつかり合う鈍い音が体の芯に響く。影の正体は保知であり、彼の剣と三厳の剣とが交錯し二人は鍔迫り合いの形となった。

「くっ!」

(これは……!)

 互いの額が引っ付きかねないほどの鍔迫り合い。しかし三厳は押し合いをしながら保知の変化を感じ取った。先程までの死闘とはまるで違う圧のない、まるで子供の遊戯のような腰の入ってない剣である。

「保知殿、これは……」

 未だ状況がつかめぬ三厳に保知がこそりと呟く。

「伝兵衛だ」

「なっ!?」

「あの覆面は伝兵衛だ。あとはわかるだろう?上手くやってくれよ……はぁっ!」

 そう言うと保知は鍔迫り合いを押し返すふりをしながら三厳を廃寺の方に、伝兵衛の方に押し出した。

「くっ……!どけぇぇぇぇぇ!」

 三厳は押された勢いのままやたらめったらに刀を振り牢人たちの囲いを突破。そのまま伝兵衛の近くにまで寄り抑えた声で状況を確認する。

「伝兵衛か?誓紙は手に入ったのか?」

「馬鹿が!名前を出すなよ!ほら、これだ!」

「寄越せ!」

 三厳は伝兵衛が懐から出した紙の束をひったくり素早く確認し、そしてそれを牢人たちに見えるように高く掲げた。

「お前たち、これがわかるか!?これはお前たちがここに泊まる際に書いた誓紙だ!これには名前が書いてあるから、お前らがここに集まっていた確かな証拠となるだろう!」

 三厳の言葉に牢人たちが「ひっ」と後ずさる。

 この時代、治安維持のために御公儀は牢人たちの集会に目を光らせていた。そしてこの時代は現代のように厳格な逮捕状も弁護士も存在しない。言ってしまえば怪しい、犯罪を犯しそうだというだけで役人の胸三寸で逮捕できる時代であった。

 そんな中でこの誓紙である。実際の役人がどう評価をするかは不明だが、これが公開されれば彼らは今後『集会を催した牢人』として御公儀に目を付けられることとなるだろう。最悪捕まえるための口実に使われるかもしれない。

 急に自分たちの身が危うくなったと悟り慌てふためく牢人たち。そこに三厳は続ける。

「だが安心しろ。お前たちが徒党を解散し、新陰流を名乗ることをやめると誓うのならばこれは俺の胸の内にしまっておこう。さぁ好きにしろ。俺は逃げる者まで切るつもりはない」

 これは温情ではなく実利を取った判断だった。もとより三厳たちが二人となった時点で牢人たちを全員捕らえることはほぼほぼ不可能だという話になっていた。ならばとりあえずは脅すだけ脅して、後のことは改めて考えればいいだろう。そしてその目論見通り薄情な牢人たちが一人また一人と逃げ出していく。

「ひいぃぃぃ。逃げろぉ!」

「畜生!覚えてろよ!」

(所詮はこんなものか)

 散り散りに逃げていく牢人たち。だが何人かは逃げずに、三厳と勝信を見比べながらどうするべきか迷うような素振りを見せていた。おそらくは元からの勝信の仲間なのだろう。そんな連中に向けて勝信が叫ぶ。

「お前たちもさっさと逃げろ。三厳殿の言う通り下手な真似さえしなければ大丈夫だろう」

「で、でも勝さんは……!」

「……『過去』にケリをつけるだけだ」

「っ!……無事に帰ってきてくれよ!」

 勝信の覚悟を感じ取ったのか残っていた牢人たちもすべて背を向け消えていく。最終的に境内には三厳と友重、保知と勝信、そして黒覆面のままの伝兵衛だけが残った。

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