団子串太郎 牢人討伐に動く 3

 谷瀬村に入り牢人退治の打ち合わせを行った三厳たち。話し合いの末大枠を整えた彼らは続けて個々に分かれて追加の調査を行うことにした。

 振り分けは保知と伝兵衛が村から廃寺までの道の確認に。友重が付近の街道の視察に。そして三厳は谷瀬村の庄屋に挨拶に赴くこととなった。ここで言う庄屋とは村組織における頭領のことで村長、名主、肝煎などと同等の役職である。つまり村の顔役に『これから牢人退治で暴れます』と一言通しに行くというわけだ。のちのち事態をこじらせないためにこういったことが必要だということを三厳は小姓仕事でよく学んでいた。


 三厳は草吾の案内で村人の目を避けながら庄屋屋敷の前までやってきた。

「こちらが村の庄屋様――山根様のお屋敷になります」

「ほう、これはなかなか……」

 草吾によると現在の庄屋は山根平右衛門へいえもんという者らしく、彼の一族が世襲で村の庄屋を務めているらしい。そのためか屋敷はこじんまりとしていたが世代分の年季があり、そしてむせかえるような獣のあやかしの香りが染みついていた。

(やはりあやかしの村の村長はあやかしか。この感じだと犬系統の者だろうな)

 産毛のひりつく感じからそう予想する三厳。そして奥座敷にて彼らを迎えたのは老齢の人間……に化けた狐のあやかしであった。

「庄屋様、こちらがお話しした串太郎様にございます」

「これはこれは、草吾より聞いておりました。此度は我が村のためにご協力いただき心より感謝いたします。某、この谷瀬村の庄屋を務めさせていただいております、山根平右衛門にございます」

「ご丁寧にありがとうございます。某は団子串太郎にございます」

 三厳は一礼を返しつつ目の前の人の姿をした狐に感嘆していた。

(見事な変化だ。獣の気配も最小限に抑えられているし、これは前情報なしに会っていたら俺も気付けなかったかもな)

 おおよそ変化の術というのはその場しのぎのために使われる術である。ある一瞬、ある一時だけ相手を騙せればいいため必然その精度もそれに準じたものとなる。

 だが今三厳の目の前にいる平右衛門のそれは訓練を積んでいた三厳ですら一瞬判断に困るほどの変化であった。耳やしっぽが見えないのは当然として肌の張りや体毛の質感、骨格の差異といったものをものの見事に隠している。

(さすがは村の長と言ったところか。これは油断できないな)

 気を引き締める三厳。だが次に平右衛門がとった行動はそんな三厳にとってかなり意外なものであった。

「さて、すまんが草吾よ。わしは串太郎殿と少し込み入った話がしたいのでな、退出してくれるか?」

「え、あ、はい。承知しました。では私は門の所で待っておりますね」

 なんと平右衛門は草吾を部屋から下げ、三厳と二人きりになろうとしたのだ。これには三厳も真意がわからず困惑する。

(何だこの老狐、俺を警戒していないのか?)

 普通三厳のようなどこの馬の骨ともわからぬ武士がやってくれば多少の警戒はするものである。ましてや事前に新陰流であること、およびあやかしを見破れるということも聞いているはずだ。向こうの現状――新陰流の牢人に悩まされている現状を考えればおおよそ二人きりになりたい人物ではない。

 しかし平右衛門は落ち着いた様子で退室する草吾を見送り、そしてその気配が完全に遠のいたことを確認すると居住まいを正し改めて三厳に頭を下げた。

「……改めまして、此度はこのような場所においでいただき恐悦至極にございます、

 『串太郎』ではなく『三厳』呼び。これに三厳はほんの少しばかり目を見開く。

「……気付いていらしたのですか」

「つい数日前に上野で暮らす同族に教えてもらいました。驚きましたよ、まさか柳生家のお方が直々にお出でになされるだなんて」

 どうやら平右衛門は村長格なだけあって独自の情報網を持っていたようだ。そして平右衛門はそのまま感慨深げに呟く。

「血縁であられることは一目でわかりましたよ。若い頃の石舟斎様によく似ておられる」

「おや、若い頃のおじい様をご存じで?」

「ええ。実は某は貴君のおじい様、石舟斎様と共に戦場に出たこともありましてな。まぁ私はへっぴり腰で長槍を振り回していただけなのですがね。いやはや懐かしい思い出です」

 遠い日を懐かしむように目を細める平右衛門。なるほど妙に警戒心がなかったのは宗厳(石舟斎)の知人だったためか。ならば話は早いと三厳は本題を切り出した。

「……では本日某が赴いた理由もお分かりになられているのでしょうか?」

「それは……」

「単刀直入にお訊きします。廃寺に居着いた牢人に対処できなかったのはやはり『新陰流』の名のせいでしょうか?」

 変化もできるし地の利も持っているあやかしたち。そんな彼らが牢人たちになすがままにされているのは、彼らが語る新陰流の背後に柳生家があると思われていたためなのか?

 三厳が尋ねると平右衛門は少し言いにくそうな顔をしてから「柳生の方々の責任ではございませんよ」と漏らした。実質的な肯定である。

「やはりそうでしたか……。草吾から他のあやかしたちの集落でも対処に難儀していると聞きましたが、それもその通りなのでしょうか?」

「……そういう話も聞かないこともないですね」

「くっ。至らなくて申し訳ありません」

 恥じ入る三厳。実のところこのやり取りの直前まで三厳は牢人とあやかしとの小競り合いにはさほど興味を持ってはいなかった。彼らのそれは結局のところ縄張り争いに過ぎず、三厳が気にしていたのはあくまでそこに『新陰流』の名がかかわっていること、およびその問題が柳生家にまで波及してくることを恐れていたのだ。

 だがこうして祖父・石舟斎の知り合いにまで迷惑をかけていたと知った今、三厳の胸中に現れたのは柳生家嫡男として自らの無知無力が恥ずかしくなるという思いであった。

「某の不徳と心に刻みます」

「い、いえいえ、深刻に考えないでくださいまし。ここ数年牢人の動きが不穏となっているのは重々承知しております。それに元より某どもは荒事は不得手。今回はたまたまそれが悪い方に転がったというだけのことでしょう」

「そう言ってもらえると幸いです。……差し支えなければ被害のほどをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……やはり一番の問題は同胞たちの被害でしょうね」

「と申しますと?」

「変化の得意でない、あるいは山で過ごすことを好む同胞――狸や狐、野干やかんといった者たちが彼らに狩られてしまうのです」

 平右衛門の言葉の意味を理解した三厳は「あぁ」と悲痛な声を漏らした。

「しかたのないことですが牢人たちから見てみればただの狸や狐。肉は食い物になるし毛皮は売れる。人を射るより罪悪感もなく、またお上にも人ではないため助けを求められない。追い払おうにもどんな報復が来るか未知数のため手も出せない。それでもなお何とかしようと周囲の村々の若い者たちが動いた中で草吾が三厳様を見つけたのでしょう。不徳を責められるというのなら何もできなかった私の方が責められるべきでしょうな……」

「そんなこと……!」

 顔を伏せる平右衛門に三厳は見た目以上の老いを感じた。気付けば三厳は平右衛門のそばに寄り、その背中を慰めるように撫でていた。

「……平右衛門様。かの廃寺の牢人らは必ずや我らが退けましょうぞ。そして同じようなことが起こらぬよう、今後は方々に働きかける所存にございます」

「おぉ実に頼もしいお言葉、心強い限りにございます。きっと多くの同胞らが喜ぶことでしょう」

 三厳は柳生家嫡男としての気持ちを新たにし、そしてそれを受けた平右衛門の声は今度は感動で震えていた。


 さて、こうして三厳が領主の跡取りらしく気を引き締めていた同時刻、彼の目の届かぬところでとある不測の事態が起きていた。

 それは保知と伝兵衛が廃寺の視察を終えてお堂へと帰ってきたところで起こった。

「ははは。そんなことがあったのか。城の中もだいぶ爛れてるなぁ」

「あぁまったくだ。これを聞いたときは全員呆れて、そのあと腹がよじれるくらいに笑ったもんだ」

「怖いもんだなぁ、痴情のもつれってやつは」

 保知と伝兵衛の二人はなぜかすっかり意気投合した様子で視察から帰ってきた。どうやらこの二人、道中で仕方なしに喋っているうちに意外と気が合うということに気付いたようだった。

「しかしお前がこんな話が分かるやつだったとはな。出会いがしらの印象とは恐ろしいもんだ」

「まったくだ。これが終わったら一度うまい酒でも飲みに行こうか」

 こうして楽しげに話しながら帰ってきた二人であったが、お堂が見えてきたところでふと保知が何かに気付いた。

「……おや?」

「ん?どうかしたのか?」

「……誰かいるな。お堂の中を窺っている」

「なんだって!?」

 伝兵衛が慌てて目を向ければ保知の言う通りお堂の前でウロチョロとしている一人の男が見えた。しかもその格好は村人のそれではなく武士の旅装束である。もちろん三厳でも友重でもない。二人は急いで近くの茂みに隠れて観察する。

「あの格好、村の者ではないよな。まさか寺の奴らが探りに来たのか?伝兵衛、見覚えは?」

「いいや、俺も知らねえ奴だ。といっても俺だってこのあたりの牢人全員を知っているわけじゃあないからなぁ。……意外と普通の旅人で、ここで一晩明かすつもりなだけかもしれないぞ」

 その可能性もなくはなかったが保知はしばし考えたのち首を振った。

「まだ日が高いのにこんな街道から外れた村にわざわざ来るか?それに泊まりに来たのだとしたら、さっさとお堂の中に入っているだろう。だがあいつはそうではない。あれは明らかに誰かを探している素振りだ」

 言われてみれば確かに謎の旅装束の男は中には入ろうとせずに、扉の前で誰かが来るのを待っているかのような動きをしていた。単なる旅人ではない。しかし緊張感なくお堂前で待っている姿は探りに来た牢人という風でもない。では奴の目的は一体何なのか?保知と伝兵衛はそれを確かめるためにしばし隠れて観察していたが、男は帰るでもなく動くでもなく扉の前でただ待つばかりであった。

「はぁ、ダメだ。あいつ、あれ以上動くつもりはないようだな。どうする?いっそ思い切って声でもかけてみるか?」

 しびれを切らした伝兵衛がそう提案すると、退屈していたのは同じだったのか保知はそれを承認した。

「そうだな。俺が行ってくるからお前はここにいろ。万が一お前の顔を知っている者だったら面倒だしな」

「おう。気ぃつけてな」

 こうして保知は一人、今来た風を装ってその旅装束の男の前へと現れた。

「……おや、見知らぬ顔だな。そのお堂に何か用でもあるのか?」

 保知が気さくに声をかけると男は若干警戒しつつも口を開いた。

「む、その格好、もしやこのお堂に泊まっているお方ですかな?」

「いかにも、今日はここで一晩過ごすつもりだが、貴殿も泊まりに来たのか?」

 この問いに男は首を横に振る。

「いえ、某は人を探しておりまして……。三厳様がこちらにいらっしゃられると聞いて来たのですが、ご存じでしょうか?」

「三厳?」

 怪訝な顔をする保知。確かにここに『三厳』は来ているが、保知はその名前に心当たりはない。なぜなら彼は『串太郎』という偽名しか知らないためである。

「いや、俺以外にもここで一晩明かそうとしている奴はいたがそんな奴はいなかったな」

「そうなのですか?では友重様は訪れていないでしょうか?」

「友重?いや、そいつも知らんな」

「あれぇ?確かにこの村に来ていると聞いて来たんだけどなぁ……」

 謎の男は心底困ったかのように頭を掻いた。どうやらこの男はその『三厳』と『友重』とやらを訪ねにここまで来たようだ。……と、ここで保知は串太郎たちが偽名を名乗っていたことを思い出した。

(あぁそういえば串太郎殿と切彦殿は偽名だったな。もしかしてその二人がこやつの探している奴なのか?)

 気付いた保知は確認のために男に尋ねてみようとした。しかし「もしやその二人とは……」と呟いたところで妙な引っ掛かりを覚えて保知は固まった。

(……なんだ?俺は今、一瞬何かを思い出しそうになったぞ?俺は……この二人を知っているのか?)

 不思議な感覚だった。『三厳』も『友重』もどこかで聞いた覚えもある。しかも二つセットの状態でだ。

(そう、二人の名前だ。俺はどこかでこの二人の名前を並べて話題に出した覚えがある……。あれは確か……)

 しばらく記憶をさまよった保知はやがて答えにたどり着いたのか、大きく目を見開いて声を上げた。

「もしや……来ている!来ているぞ!その二人は」

「なっ!?どうしたのだ、急に!?」

「なあ!あんたが探しているのは柳生三厳と木村友重で間違いないのだな!?」

「そ、そうだが?着ておられるのか、お二人が?」

(やはりか!やはりそうか!)

 思えば気になるところは多々あった。旅の身だと言っていたにもかかわらず上野に留まっている件。新陰流に対する執着にも似た何か。どこからか情報を集めてくる妙な人脈。そして何より伝兵衛らと戦った時に見せたあの立ち振る舞い。

 本人に確認したわけではないが保知はもはや確信していた。

(あぁ貴殿だったのか、『串太郎』殿!柳生庄領主・柳生宗矩が嫡男・柳生三厳!そして柳生家家臣の中でも随一の腕前と評される門弟・木村友重!)

 そして保知はにやりと笑った。

(この機を逃せばもう二度と会うこともないだろう。是非とも、是非とも戦ってみたい!)


 それから半刻ほど過ぎた頃、谷瀬村近くの廃寺――三厳らが襲撃予定だった寺に保知が現れた。

 保知は大きく息を吸い込んでから「たのもう!誰かいるか!」と叫んだ。張り上げた声になんだなんだと牢人たちが顔を出す。

「貴様らがここをねぐらにしているという牢人たちか?」

「そうだが……そういうお前は何だ?一晩泊りにでも来たのか?」

「いや、貴様らの仲間になりに来たのだ。仲間と言っても数日だけでいい。迷惑はかけない」

 牢人らは保知の唐突な話に互いに顔を見合わす。

「……わけがわからねぇ。いったい何が目的だ?」

 彼らの反応は至極当然だろう。それに対し保知はにやりと笑ってこう返した。

「まもなくここに柳生庄の領主の息子がやってくる。新陰流の本家本元だ。その意味は分かるだろう?」

「なっ!?それは本当か!?……いや、だとしたら尚更わからねぇ。お前は何がしたいんだ?」

「なに、難しい話ではない。そいつと俺を戦わせてほしいのだ。このくらいの状況にならないと奴は本気で戦ってくれないだろうからな」

 狂人のように口角を挙げる保知。その不気味な雰囲気に牢人らは思わず一瞬言葉を失った。

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