団子串太郎 牢人討伐に動く 2

 城から伝兵衛を紹介された数日後、三厳たちは依頼人である草吾の村へと向かうために上野の町はずれに集まっていた。面子は三厳、友重、保知、伝兵衛の四人。全員が偽装のために旅人風の格好をしている。

 また保知と伝兵衛はあの日以来今日初めて顔を合わせたこととなった。

「げぇっ、本当に仲間だったのか……」

「ほう、あの時の傾奇者か。ははっ。そっちの格好の方が似合っているのではないか?」

「畜生が。これが終わったら覚えておけよ」

 早速不機嫌になる伝兵衛であったがこの程度ならば予想の範囲内である。三厳は特に気にすることなく「では向かおうか」と上野の町を後にした。


 目的地である草吾の村・谷瀬村は上野の南西、主要な街道から外れたところにある。場所は尾行した友重が知っていたが、信用できるかどうかを見極めるのも含めて案内は伝兵衛に任せることにした。つまりは伝兵衛が先頭に立ち、その後ろに見張りとして友重、そのさらに後ろに三厳と保知が並ぶ形である。最後方に位置した二人はここで少し話をする時間が持てた。

「とりあえず寺の牢人と柳生庄領主との間に関係性はなさそうでした。これで手を出してもお上のごたごたに巻き込まれることはないでしょう」

「それは僥倖。思い切り暴れられるな。しかしそうなると例の牢人らはまた偽物の新陰流ということか。そろそろいい加減本物の新陰流と手合わせしてみたいものなのだがな」

 保知は残念そうに道に転がっていた小石を蹴った。彼にとっては強者と腕試しできることの方が重要なのだろう。

「……串太郎殿が相手をしてくれるのならば話は早いのだがな。どうだ?寺に乗り込む前に軽く汗を流してみるというのは?」

「『汗を流す』程度で終わらせる気などないくせに。制圧の際にはおいしいところを用意してやりますんで今しばらく我慢してください」

「むぅ、取り付く島もなしか」

 ふてくされた保知の蹴った小石は二三度跳ねた後、脇の田んぼへと落ちていった。

(どうやら数日待たせてしまったせいで、すっかり鉄火場に飢えてしまったようだな。まぁ強い相手と手合わせしてみたいという気持ちはわからんでもない。相手が取るに足らない奴らだったら帰る前に少しくらい相手をしてやってもいいかもな)

 三厳がそんなことを考えながら歩いていると、先頭の伝兵衛が振り返りまもなく到着すると告げた。

「そろそろ見えてくるぞ。あんたらの目的の村が」

 その言葉通りほどなくして小さな里山の陰から幾軒かの家々が見えてきた。

(なるほど、戦火を逃れて集まったのが起源というだけあって目立たぬ村だ)

 そここそがあやかしたちが寄り合って出来た村――谷瀬村であった。


「さて、このまま向かうのか?」

 村が見えてきたところでこう訊いてきたのは保知だった。この質問に伝兵衛が首をかしげる。

「なんだ、行かねぇのか?あそこが目的の村なんだろう?」

「それはそうなんだが俺らが村に入るところを牢人らに見つかるのはマズいだろう?特にお前なんかは顔が割れてるんだし」

「ふぅむ、気にしすぎのような気もするがねぇ。まぁ俺はただの案内役だ。どうするかはあんたらに任せるよ」

 一同の目が三厳に集まった。

「とりあえずはこのまま旅人の振りをしながら村に近付こう。草吾に手紙を出していたので何かあれば村に入る前に教えてくれるだろう」

 こうして三厳たちが村に近付くと、ふと道の脇から一行を呼び止める声がした。

「皆様、こちらにございます」

 声のした方を見てみれば近くの茂みの中に身を潜めた草吾がいた。三厳たちは他に人目がないことを確認してからそそくさとその茂みの中に踏み入る。

「皆様方、本日はご足労いただき本当にありがとうございます」

「うむ。挨拶はわかったが何故このように隠れているのだ?まさか村の中に裏切り者でもいたのか?」

 三厳の問いに草吾は首を振る。

「いえ、念には念を入れてです。どこから噂が漏れるかわかったものではありませんからね。村の者にも極力見つからない方がいいと思いまして」

「まぁ妥当だな。それで俺たちはどこに向かえばいい?」

「皆様方には村のお堂を用意しました。村のはずれにありますのでそこまで案内いたします」

 草吾の先導で村の裏手をぐるりと回った一行はやがて村はずれの小さなお堂までたどり着いた。こじんまりとした折衷様のお堂で、柱の日焼け具合からそれなりに古いことが窺える。

「こちらになります。ここは普段から旅の方々が使っておりますので数日くらいならば誰も気にしないはずです」

 この時代、旅人が立ち寄った村のお堂を一夜の宿代わりに利用することは珍しいことではなかった。

「なるほど、了解した。ところで俺たちがここにいることを知っているのは何人くらいいるのだ?」

「皆様方の正体を知っているという意味でなら某と村の上役の合わせて五人ほどです。連絡役は不肖ながら某が務めますので、それ以外でお堂に近付く者がいたならば……」

「怪しい奴だと思ってもいいということだな?」

「はい。ここの者はあまり外の方と関わり合いになろうとしないので。もちろん絶対とは言い切れませんが……」

 交流が少ないのは村の成り立ちが由来だろう。目立ちたくない三厳たちにとっては都合がいい。

 三厳は「承知した」と返答し、周囲に人影がないことを確認したのちお堂の中へと足を踏み入れた。


「へぇ。古臭い外観だったが中は案外ちゃんとしてるんだな」

 そう呟いたのは伝兵衛であったが、おおよそ全員が同じような感想を抱いた。

 お堂は古いながらも何度か手が加えられたようで床や壁に穴などはなく、カビ臭さのようなものも感じられない。強いて言えば穴が一つくらいあった方が外の監視に使えるため都合がいいのだが、それは高望みしすぎだろう。

「これならゆっくりできそうだな。ところで草吾、このあたりの地図などはあるか?明るいうちにいろいろと確認しておきたいのだが……」

「それならばこちらに」

 草吾は事前に用意していたのであろう、お堂の隅に置いてあったつづらからここら一帯の地形をまとめた地図を取り出し広げた。

「準備がいいな」

「恐縮です。こちらをご覧ください。これが谷瀬村。このお堂は大体このあたりにあります。そして件の廃寺は村の南西のこのあたりですね」

 地図には村と廃寺が丸印で描かれており、両者の間にはおそらく道を表しているのだろう、墨で一本の線が引かれていた。また寺からはもう一本別の線が伸びているのも見て取れた。

「これは……寺に行く道はもう一本あるのか?」

「はい。こちらは大きな街道へと続いている道です。牢人たちが使っているのは主にこの道ですね」

 確認の意味を込めて伝兵衛をちらと見ると伝兵衛は頷いて肯定した。

「俺らがわざわざ村のど真ん中を突っ切って行くと思うか?」

「それもそうだな。村の者以外はここを通るというわけか。この道は村から見えるのか?」

「いえ、間に小さな丘がありまして互いの行き来は見えないようになっております」

 なるほど言われてみれば二つの道の間には木々のような絵が描かれている。

「村からの監視は無理か。だが逆にこちらの動きも把握しづらいだろうな」

 三厳はそのまま伝兵衛に尋ねる。

「寺の奴らは村からの道を監視してたりはするのか?」

「いや、少なくとも俺は知らねえな。そういうのに頓着なかった連中だし人数も少ねえしな」

「ふぅむ。ならば寺のある山まで近付くのは容易そうだな。いや、牢人の振りをすれば本堂まで行けるのか?」

「ああ、きっと大丈夫だろうな。俺が行った時も本堂の外から声をかけてようやく人が来たことに気付いたくらいだしな」

 伝兵衛の経験談を聞いて三厳はふぅむと考える。監視の有無は伝兵衛の主観のためどれほど信用していいかは定かではないが、牢人の振りをすればある程度の距離まで近付けるであろうことはわかった。仮に接近がバレて多少の警戒をされたとしても自分や友重、保知の技量なら少なくとも最悪の結果になることはないだろう。

 となると問題となるのはどうやって目標を達成するかだ。

「何をもって『退治』とするかだな……」

 受けた依頼は牢人たちの退治であり、そして新陰流を語る余計な牢人の排除は三厳の目的にも則している。理想を言えば牢人全員の拿捕が望ましいが現実問題それは難しい。

「こっちが四人なのに対し向こうは最低でも六人。滞在している他の牢人がいればそれ以上ですからな。漏れなく捕まえるのはまず無理でしょう」

「劣勢とみるや逃げ出す奴も出てくるだろうしな。そしてその逃げた奴がほとぼりが冷めた頃に戻ってきては元の木阿弥だ」

「となるとやはり『印象付ける』他ないですな」

 三厳らが出した結論――それは集まった牢人らに『負けた』ということを『印象付ける』ことであった。


 三厳たちの立てた作戦、それは牢人を捕らえて御公儀に引き渡すというものであった。これは一見すると非常に単純な作戦に思えるが、その真の目的は廃寺の牢人たちに『御公儀に襲撃された』ということを『印象付ける』ことにあった。

 この時代の牢人は日々好き勝手に生活しているように見えるが、実際は幕府・政府の厳しい目から逃げ回る毎日を送っている。必然彼らの生活圏は幕府の目が届かぬところであり、逆に言えば一度御公儀によってミソがついてしまえばそこはもう彼らの縄張りではなくなるということだ。それを利用して三厳たちは牢人らをこの谷瀬村から引き剝がすつもりであった。

「全員捕まえる必要はない。要は御公儀が捕まえたとわかればいいわけだから最低一人でも十分だ」

 三厳らが廃寺に討ち入りをかけて牢人を捕らえそれを御公儀に引き渡せば、寺にいた牢人らは自分たちを襲ったのが城の息がかかった者たちだとすぐに悟るだろう。それはつまり自分たちが御公儀の狩り場に入ってしまったことを意味する。

 それを悟った彼らはほとぼりが冷めたら寺に帰ってくるだろうか?いや、おそらくは帰ってこないだろう。なにせ一度襲撃された場所だ。捕まるリスクのある場所に好き好んで住む牢人はいない。

「無理して戻るより新天地を探したほうが楽だからな」

 特にこの地方の牢人は他者との関係に柔軟性がある分土着性がない。一度『ここは城の目が届く場所だ』と印象付けることができればあとは勝手に寄り付かなくなるという寸法だ。

 ただそのためにはまず何より彼らに『敗北』を刷り込まなければならない。

「一人でも構わないとおっしゃってましたが、やはり印象深い者の方がいいでしょうな。具体的に言えば敵の首魁を討ち取れば向こうの意気も消沈することでしょう」

「首魁か……。首魁ではないが連中のなかで一番腕が立つのは確か勝信という男だったな。そやつが討ち取られれば奴らも相当参るだろうな。それと……」

 三厳が伝兵衛に目をやると向こうも悟ったのか、したり顔で一つ頷いた。

「牢人たちの誓紙というわけか」

 誓紙とは誓いの文句を書き記した一種の契約書のことである。伝兵衛曰く例の牢人たちは廃寺に誰かを泊める際、『絶対に裏切らない』という誓いを込めて利用者の署名をさせていたそうだ。

「といっても血判を押したような立派なやつじゃねえ。何もせずに泊まらせるのはあまりに無防備すぎるってんで始めたもんで、言ってみりゃあ宿帳みたいなもんだ。抑えたところでどれだけ効果があるかはわからないぞ」

「構わんさ。要は牽制になればいいんだからな」

 確かに血判も何もない誓紙では法的にどうこうすることは難しいだろう。だが牢人心理として『自分の署名が入った誓紙』が御公儀に奪われれば当然気が気でなく、またそんなケチのついた場所に再度居着くようなことはないはずだ。それはそれでこのあたりから牢人たちを退けるという目的は達せられる。

「それでその誓紙がどこにしまわれているのかはわかるか?」

「断言はできないが、ねぐらの奥に連中が小物入れ代わりに使っている古い薬棚がある。おそらくだがそのどこかにしまわれてるだろう。ただ言うまでもないが、そこは本堂でも奥の方で見つからずにたどり着けるような場所じゃない。こっそり盗み出すなんてまず無理だぞ」

「ふぅむ……。やはり正面から切り結ぶのは避けられないか……」

 これに保知は「望むところだ」と返し、伝兵衛はうへぇと嫌そうな顔をした。


 その後も三厳たちは細かなところを確認し合って打ち合わせはおおよそ煮詰まった。ちらと外を見てみれば日はまだ高い。

「あとは……一応廃寺までの道の確認はしておいた方がいいでしょうな」

「そうですな。ですがこの人数では目立ってしまう。何人かに分けて確認に向かいましょうか」

 話し合いの結果保知と伝兵衛は廃寺までの道の確認に、友重は街道の調査に、そして三厳はこの村の村長・庄屋に顔を見せに行くことでまとまった。

「各々気を付けて。何かあっても旅人の振りをすればいいということをお忘れなく。では草吾、案内を頼めるか?」

「はい、お任せください。庄屋様も串太郎様の来訪を待っていることでしょう」

 こうして一行は互いの無事を祈りつつ、それぞれの持ち場へと散っていった。

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