団子串太郎 牢人討伐の依頼を受ける 3
草吾の話によると今あやかしたちは『あやかし切り』三厳をはじめとした柳生家の異能者たちを恐れているそうだ。それは巡り巡って新陰流を名乗る牢人たちが幅を利かす遠因となっていた。
(まさか俺が原因でここら一帯の勢力図が変動していたとはな……)
在野の勢力争いにかかわる気はなかったがこのままでは牢人たちがさらに増長してしまいかねない。そのため三厳は現在の界隈事情を知るためにも草吾の依頼を受けることにした。
「おや、話はもういいのですか?」
「ええ、まぁおおよそ……」
草吾との話を終えた三厳は保知の元へと戻った。そして帰ってきた二人の顔を見た保知は三厳が依頼を受けたのだと悟る。
「その顔……依頼を受けることにしたのですか?」
「はい。正式な新陰流の者として流派の名を語って悪事を働く輩は見逃せませんからね。……あ、すいません。勝手に話を進めてしまって」
「お気になさるな。俺個人としてはすでに引き受けるつもりでいたからな」
「そう言ってくれるとありがたいです。しかし本当に協力してくれるおつもりで?これは見方によっては新陰流の問題です。敵の数も多いでしょうし保知殿が無理をする必要はないのですよ?」
三厳の発言は一見すると保知の身を案じているように聞こえる。だが実のところ第一の目的は身バレを防ぐためであり、彼にはあまり来てほしくはないというのが三厳の本音であった。
しかしそんな裏事情を保知がわかるはずもなく、彼は三厳が新陰流の問題に巻き込んだことに後ろめたさを感じているのだと解釈して笑った。
「ははは、心配などしてくれるな。俺と串太郎殿とが手を組めば雑兵の十や二十くらい物の数ではなかろう。腕試しにちょうどいいくらいだ」
ここまで乗り気だともう引き留めるのは無理だろう。三厳は「頼もしい限りです」と曖昧な笑みを浮かべながら返答した。
「それで串太郎殿、これからどうする?早速その何とかという村に行ってみるのか?」
保知は腕をぐるんぐるんと回し意気込みを見せる。しかし三厳はそれをやんわりと制した。
「もう二三日ほど時間をください。上野には新陰流つながりの知人がおりますので、その者から話が聞けるかもしれません」
「おや、まだ何か知りたいことがあるのですか?」
「いっぱいありますよ、はっきりさせておきたいことなんて。例えばその牢人たちが本当に柳生庄の領主とは無関係なのかとかです。可能性は低いですがもしそいつらが本当に柳生庄領主の息のかかった奴らだったら俺たちはその領主様に弓を引いたことになりますからね。今のご時世にそんなことをしたらそれはもう大変なことになりますよ」
もちろん三厳はそんなことはないとわかっているが保知たちの目線では知りようのないことである。
「確かにそれはあるな。俺も新陰流とは手合わせしてみたいが、それでお上たちのゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁願いたいからな」
「でしょう?全容を把握するのはさすがに無理でしょうが手を出しても大丈夫かぐらいなら二三日もあればわかるはずです。というわけでもうしばらくお待ちください。小僧の方もそれで構わぬな?」
三厳が尋ねると静かに控えていた草吾はこくりと頷いた。
「お二人のやりやすいようになさってください。私は一度村に戻ってお二方のことを話してこようと思います。みんな不安がってましたからきっと喜ぶことでしょう」
「ん、それは構わんが俺たちの存在を伝えるのは最低限にしておけよ。どこに牢人たちの耳目があるかわかったもんじゃないからな」
「承知しております。ではまた後日、お待ちしております」
丁寧に頭を下げたのち三厳たちに見送られて草吾が去っていく。そしてその数十秒後、廃材の陰から友重が現れ、三厳たちに目で合図をしたのち草吾の後を追っていった。
「……あれは切彦殿(友重が名乗った偽名)か?」
「ええ。おそらくあの小僧の言っていた村が本当にあるのか確認しに行ったのでしょう。そういう段取りでしたからね」
「ほぉ。目端が利きますな」
保知の感嘆する呟きに三厳は(おっと、うまくやりすぎたか?)と自戒する。一応三厳たちは旅の途中という設定なのだ。あまり手際よく物事を運んでしまっては土地勘があるのがバレてしまうだろう。
「……江戸ではこのくらい普通ですよ。なにせ百を超える大名旗本がひしめいているんですからね。油断なんかしていたらすぐに弱みを握られてしまいます」
「そういうものなのか?江戸暮らしも大変なのだな」
「ええ、まったく。それより何か食いに行きませぬか?ほら、俺らはどこか飯屋に行く途中だったじゃないですか」
「おお、そうでしたな。それでは昨日とは別の店を紹介しますよ」
うまく話を逸らすことに成功した三厳は保知と共に材木置き場から出て上野の中心街へと戻る。その後飯屋に入った二人は今回の依頼について所見を述べたり情報の確認をしたのち、最後は互いの宿の場所を教え合って別れた。
「では串太郎殿、何かありましたらいつでも連絡をください。……勝手に一人で抜け駆けなどしないでくださいよ?」
「それはお互い様ですよ。ではお気をつけて。……さてと」
昼飯を食い終わり保知と別れ一人になった三厳。彼はその足で宿に帰るのではなく利助の長屋へと向かった。
利助とは三厳たちが上野に到着した際に挨拶に出向いた上野の裏の顔役的な男である。彼の情報網ならば例の牢人たちについても何かわかることだろう。
三厳が長屋の戸を叩くと利助はすぐに部屋に入れてくれた。どうやら彼も昼食後だったようで、彼のかたわらには空の茶碗が転がっている。そんな利助は三厳の顔を見るなりにやりと笑った。
「おや、三厳様。昨日は大活躍だったそうですね」
「さすがに耳が早いですね」
「あれだけ騒げば寝ている子供だって気付きますよ。それで今日はいかがしたのですか?昨日の傾奇者たちの情報でもお求めで?」
「いえ、牢人については違いありませんが知りたいのは別の牢人についてです」
「ほう?お聞きしましょう。どうぞ楽にしてください」
腰を下ろした三厳は膝を詰めてここまでの経緯を説明した。もちろん正確な情報を得るために新陰流の問題やあやかしの勢力図の変化、草吾の正体といった細かいところも包み隠さずすべて話す。さしもの利助であってもあやかし関係の情報はそうそう入ってくることがないようで、彼は三厳の話に終始興味深く耳を傾けていた。
「ふぅむ、あやかし界隈は今そんな風になっていたのですか。彼らの噂はなかなか入ってこないから存じませんでしたよ。いやはや、向こうの世界も大変なのですね」
「向こうだけで完結している話ならばよかったのですがね。それでご存じですか、その村は。……いえ、そもそも小僧の言っていた村は本当にあるのですか?」
「谷瀬村ですね。確かに存在しますよ。戦国の頃に居場所をなくしたあやかしたちが集まって出来た村だと聞いております。ですがそれ以上のことは知りませんね」
「そうですか……」
どうやら草吾の言っていた村は本当にあるようだが、そこは利助をしてよくわからないと言わしめるほどに情報がない村だった。不吉な予感に表情が曇る三厳であったが利助は逆に気にすることではないと言う。
「いやいや、これはそれほど悪い傾向ではないですよ」
「どういうことですか?」
「彼らの話題がないということはそれだけ彼らが噂になるようなことをやっていないということです。ここは狭いですからね。何かあれば必ず私の耳に入ってきています。それがないということはそれだけ地味に、品行方正に暮らしていたということでしょう。このご時世にわざわざ変なことをするとも思えませんし、人となりについては信用してもいいと思いますよ。……あやかしですけどね」
利助の解釈に三厳は一理あると頷いた。
「なるほど。では小僧が言っていた牢人についてのお心当たりはありますか?」
「そちらの方は何とも……。牢人がどこぞで集まっているなんて別段珍しい話ではないですしね。新陰流を語っていた牢人なんてのもいちいち情報を集めていたらキリがありませんよ」
「それは……まぁそうですよね……」
利助の言う通り自称剣豪の牢人など雨後の筍並みに存在している。残念がる三厳。しかし利助はここに「ただ……」と付け加えた。
「ただ、もしかしたらの話ですが、そやつらが小規模とはいえ何度か集まって悪事を働いたことがあるというのなら、お城の方で動向を追っているかもしれませんね」
「お城……上野の御公儀がですか?」
「あくまで『もしかしたら』という話です。彼らだって領内の牢人の動向には目を光らせているはずですからね。とりあえず関係者に確認してきますので……一晩待ってください。この時間ならば明日の朝までには何かわかりましょう。宿は私が勧めたところで?」
「はい。友重殿と共に『三厳』の名で泊まっております」
「では明日の五つ(午前八時頃)あたりに使いの者を送ります。情報が得られなかった場合もその旨をお伝えいたしますのでお待ちになっていてください」
「お手数をおかけします」
頭を下げる三厳。そしてここでできることはもうこのくらいだろう。その後三厳はいくつか情報を確認したのち再度謝辞を述べ利助の長屋を後にした。
利助の長屋から宿へと戻るとそこでは先に帰ってきていた友重が団子を肴に一杯やっていた。
「おや、帰ってらしたのですね、友重殿。……ふふっ、昨日と同じような構図ですね。首尾はどうでしたか?」
「上々でした。あやかしと聞いていたので深入りはできませんでしたが、あの小僧はここから南西の小さな村に帰って行ったのを確認しました。街道から外れた辺鄙な村でしたね」
「ふぅむ、そこが谷瀬村でしょうな」
三厳は草吾から聞いた話や利助から得た情報を友重と共有した。
「なるほど、戦火に追われたあやかしたちが寄り合って出来た村ですか。そんな村があるというのは聞いたことがありましたが存外近くにあったのですね」
「俺も知りませんでした。ここら一帯の情勢についてもね」
「ええ。まさか三厳様の名がそこまで広がっていらしたとは。ふふふ。これは喜ぶべきところですかな?」
友重の冗談に三厳は苦笑する。
「御家に影響がなければ素直に喜べたのですがね。ただ考えようによってはこれは好機でもあります。うまくいけばあやかし界隈に楔を打ち込めるかもしれません」
「とおっしゃりますと?」
「あやかしたちだって馬鹿ではない。牢人の名乗る『新陰流』が語りである可能性はちゃんと理解しているはずです。それでも『万が一』で自重した結果いつの間にか『新陰流に手を出すな』という暗黙の了解が生まれてしまったのでしょう」
「そんなところでしょうね。それをどうするのですか?」
三厳はお猪口を傾けながらにやりと笑った。
「ということはですよ?こちらの動き次第ではあやかしたちに『狙った相手にだけ手を出させる』ということもできるはずです」
「……あやかしたちを従えるおつもりで?それこそ向こうも素直に従うほど馬鹿ではないでしょうに」
思っていたよりも不穏な案に友重は思わず眉根を寄せるが、三厳はそれは勘違いだと手を振って制す。
「いやいや、そこまで本格的な関係になるつもりはありませんよ。あくまで境界線を明確にしてやるだけです。柳生庄や江戸に弓を引けば容赦はしないが牢人たちは範囲外であるとね。仮にそいつが『新陰流』を名乗っていたとしてもです」
「うぅん……。確かに不埒な牢人らの牽制にはなるでしょうが……」
友重は三厳の案に危険な香りを感じ取った。それは若さ故の危うさのようなものである。しかし牢人問題が逼迫しているのは事実であるため安直に否定もしづらい。故に友重はとりあえず今は目先の問題に集中するように促しこの問題を後回しにすることにした。
「とりあえずまずは依頼された牢人討伐に専念いたしましょう。利助様からの使いが明日の朝にいらっしゃるのでしょう?」
「ええ。城から情報を得られれば、あるいは得られなくとも来るとおっしゃってましたね」
「でしたらやはり明日に備えましょう。実を言うと二日続けて尾行したせいか少し足が重くてですね……」
「おっと、そうでしたか。それは気が利かずに失礼しました。ではもう今日は休みましょうか」
こうして二人は話を打ち切り、やや早い時間であったが床に就いた。そして先に寝息を立て始めたのは三厳の方であった。
早く休みたいと言っていた友重はそんな寝息を聞きながら先程の三厳の案について考えていた。
(まさか三厳様が統治についてお考えになられるとはな。案自体は性急であったがこれはいいことだ。なにせいずれ本当に柳生庄の領主にならせられるのだからな)
三厳に自覚があったかは定かではないが、先程の案は柳生庄周辺の治安維持のための政策案である。今までも柳生家のために動いたことは多々あったが今までのそれが短期的・対処療法的な行動だったのに対し、今回のそれは長期的でかつ政治的な案であった。もちろん内容は少々詰めの甘いものであったが、今はそのようなことに積極的に取り組む姿勢を評価するべき時期だろう。
(江戸で御小姓役をなされていた頃とは大違いだ。殿(宗矩)はこれを見越して三厳様を柳生庄におやりになったのだろうか?……わからんな。わからんが、そこはどうでもよいか。今は三厳様の変化を喜ぼう。……もう単なる『剣豪』では生きてはいけないのだからな)
もう単なる剣豪では生きてはいけない。太平の世の今、武士たちはその存在意義が問われている。それは熟練の剣豪である友重ですら感じ取っていた。
(にもかかわらず、ただ『新陰流』を名乗るだけの牢人たちか……。彼らはいったいどこに行きつくのだろうな……)
時代に取り残された武士たちを憂う友重。ただそれもまどろみまでのささやかな時間でのこと。やがて自然と瞼が重くなると彼は考えるのをやめ、静かに今日という日を終えた。
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