団子串太郎 牢人討伐の依頼を受ける 2

それがしの村近くの廃寺を占拠した牢人集団、保知様にはそいつらを退治してほしいのです」

 保知を尾行していた少年・草吾そうご。彼の目的は自身の集落近くに居座って暴れている牢人たちを退治してほしいというものだった。しかも草吾曰く彼らはただの牢人ではないらしい。

「俺の腕を見込んで頼みに来たと言っていたな。ということはまさかその牢人たちは……」

 何かを察した保知に草吾は重苦しい顔で頷いた。

「はい。全員が新陰流の剣豪にございます」


 新陰流、あるいは柳生新陰流。

 戦国時代の兵法家・上泉信綱のぶつなによって創始された剣術流派・新陰流。それを信綱の弟子にして三厳の祖父・柳生宗厳むねよしが発展させたものがいわゆる柳生新陰流である。なお信綱の弟子は宗厳以外にもおり、そのため『柳生』以外の派生新陰流も存在しているが、この地方で『新陰流』と言えばおおよそ『柳生新陰流』のことを言っていると思ってまず間違いないだろう。そしてこの時代の柳生新陰流の最も特筆すべき点は、現当主である柳生宗矩が将軍家の剣術指南役に就いているという点であった。

 剣術指南役とは文字通り将軍に剣術を教えるお役目のことである。ただそれ以外にも遠出の際の護衛役だったり稽古時にちょっとした相談相手になったりと家格の割にはかなり将軍に近い役職であり、必然その分将軍からの覚えもめでたくなる。もちろん武術指南役は宗矩一人ではないが、宗矩は家康、秀忠、家光と三代続けて指南役となっているためその寵愛も頭一つ抜けているだろうというのが世間的な評判であった。

 つまり当時の柳生新陰流は体系立てられた武術としての強さだけでなく、政治的な強さも併せ持っていたと見做されていたいうことだ。

「なるほどな。相手が新陰流を名乗っているのならば並みの者では手も出せん。それで余計なしがらみを持たぬ俺を頼りにしたというわけか」

「左様にございます。お城に属しておらず、かつ新陰流でもない。そのようなお人をずっと探しておりました!どうかお力をお貸しください!」

 がばりと頭を下げた草吾を保知は「ふぅむ」と呟き観察していた。相変わらずおかしな気配を帯びてはいるが嘘をついている様子はない。また牢人退治の話にしても頼まれてやってもいいくらいには思っている。

「とりあえずそちらの事情は分かった。今のところ個人的には断る理由はない」

「本当ですか!?」

 色よい返事に顔をパアッと明るくする草吾。しかし保知は片手をあげて「まぁ待て」と制す。

「まぁ待て。頼まれてやってもよいが、その前に話を通しておくべき者がいるのだ」

「えっ!?と申しますと?」

「案ずるな。おそらく悪いようにはならんだろうから。……というわけだ!聞いていたのだろう、串太郎殿!一度出てきてはもらえぬか!?」

 保知がどことも知れぬ方に向かって声を張ると、彼の背後にあった廃材の山の陰から串太郎もとい三厳がぬうっと姿を現した。

「おぉ驚いた。どこかにいるだろうとは思っていたが、こんな近くにいらしたのか。……それでどうだ?聞いていたのだろう、今の話を」

「まぁ聞いてはいましたが……」

 新陰流を名乗る牢人を討つというのなら新陰流の三厳(串太郎)に声をかけておくべきだろう。そうして呼び出された三厳は少し困ったかのような顔で草吾を見た。

(まさか依頼が自称新陰流の牢人を討ってほしいというものだとはな。さぁて、どうしたものか……)

「えっと、そちらのお方は先ほどまで一緒に歩いていた方で、昨日保知様と共闘なさってたお方ですよね?」

 どうやら草吾は三厳の顔は覚えていたようだが名前までは知らないらしい。

(まぁ俺が名乗ったのはすべてが終わった後だったからな。その時にはもう離れていたのだろう)

 というわけで改めて名乗る三厳。もちろん本名ではなく偽名の方である。

「俺は串太郎。団子串太郎だ」

「へ?」

 あからさまな偽名を名乗られて一瞬あっけにとられる草吾。そこに三厳はもう一言付け加える。

「流派は柳生新陰流だ」

「へぇ柳生……って、えええっ!?や、柳生新陰流!?」

 思わぬところで出てきた柳生新陰流に草吾は勢い余って後ろに倒れ尻もちをついた。その取り乱しっぷりに保知はくっくと笑い、三厳は呆れるように溜め息をついた。

「落ち着け。俺は確かに新陰流だが、お前の言っていた牢人連中とやらとは何のつながりもない。むしろそいつらが新陰流を語って悪事を働いているというのなら協力してやってもいいくらいだ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。ただ今のままでは情報が足りないからもう少し詳しく話を聞かせてもらうぞ。受けるかどうかはそれ次第だ。わかったな?」

 三厳はそう言って威嚇がてらに鋭い眼光を飛ばす。これに草吾はごくりと唾を呑んで「は、はい。承知いたしました」と頭を下げた。


 草吾が落ち着いたのを見計らって三厳は牢人たちについていろいろと尋ねてみた。

「ではその牢人連中についてもう少し詳しく教えてもらおうか?確かお前の村近くの廃寺をねぐらにしているのだったな?」

「その通りでございます。某の村はここ上野から南西三里ほどのところにある谷瀬たにせ村という村で、寺はそのさらに南西の山あいにあります」

「数は何人ほどだ?」

「出入りが激しいのではっきりとは言い切れませんがおおよそ十数人かと。奴らを調べた村の者曰く、どうも奴らは明確な徒党を組んでいるわけではなく、金がなかったり暇だったりする牢人が自然に集まって暴れて回っているとのことです」

 草吾によると牢人たちは上下関係のある組織ではなく、その日の気分で集まり必要になれば互いに手を貸す一種の互助組織的な関係なのだそうだ。

(そういえば昨日伝兵衛を助けようとした牢人たちも偶然居合わせたという感じだったな。このあたりではその方が主流なのだろうか?)

「ふむ。適当に集まるとは虫のような連中だな。とはいえ中核を担っている人物くらいはいるのだろう?」

 三厳の問いかけに草吾は頷き、一人の男の名を挙げた。

「私は見たことはありませんが、勝信かつのぶという者が奴らの実質的な頭領だと聞いたことがあります。年は四十や五十ほどだそうですが筋骨たくましく、剣の腕も一番優れているとのことです」

「勝信か。そやつも新陰流を名乗っているのか?」

「左様で」

 三厳は頭の中の人物帖をめくってみるが、少なくともパッと思い出せる範囲に勝信という名の門弟はいない。渋い顔をする三厳。そしてそれに気付いたのか保知が訊いてくる。

「これもまた語りか?」

「……実際に剣筋を見るまでは何とも言えませんね。まぁ新陰流の名を出して悪事を働いている時点で成敗する対象なのですがね」

「おぉ恐ろしい。それでは受けるのですかな、この依頼を?」

 だが三厳は慎重に首を振った。

「いや、もう少しばかり訊きたいことがあるのだが……。保知殿、申し訳ありませんがこやつと少し内密な話がしたいので連れて行ってもよろしいでしょうか?」

 三厳の思わぬ提案に保知と草吾は一瞬キョトンとした。

「聞かせられない話かな」

「はい、申し訳ありませんが……」

 三厳が真摯に頭を下げると、保知もそれ以上追求せずに「お好きにするといい」とおどけて小さく肩をすくめた。

「ありがとうございます。では小僧、こっちにこい」

 三厳の指示に草吾は緊張した様子で「は、はい……」と立ち上がった。


 内密な話があるからと保知から距離を取る三厳と草吾。距離を取るといっても話の内容が聞かれなければいいだけなのでそこまで遠くに行く必要はない。三厳は適当な場所を見繕ろうと、「こっちに来い」とやや強引に草吾を廃材の山のそばに立たせた。

 草吾はおびえた目で三厳を見上げる。

「あの、それで内密な話とは何でしょうか?」

 三厳は保知と十分に離れたことを改めて確認したのち問いただした。

「単刀直入に訊こう。お前、人に化けた獣だな?」

「ひゅぅっ!?」

 唐突に正体を言い当てられた草吾は両目をひん剥いた。なにせ絶対にバレないと思っていた変化の術がバレたのだ。生まれた感情は驚愕と疑念、そして本能的な死の直感。草吾は反射で逃げ出そうとしたが、ここでようやく三厳が自分を逃げ場のない角に連れてきていたことに気が付いた。自分が完全に罠に嵌ったと悟った草吾は顔面を真っ青にし、奥歯をがたがたと鳴らす。

「はぁっ……!お、俺は……騙すつもりなんかなくて……!」

「落ち着け。お前を切るつもりはない。ただしそれはお前が余計なことをしなければの話だ。もし何かを偽ったり隠そうとすれば……あとはわかるよな?」

「は、はいぃっ!」

 血の気の引いた顔でこくこくと頷く草吾。それを冷徹な瞳で見下ろしながら三厳は(まぁこれくらい脅せば素直にしゃべるか)と考え、そして声のトーンを若干柔らかくして話を続けた。

「脅かすような形になってしまったことは謝ろう。新陰流を語る牢人を成敗したいという思いは本当だ。ただそのためには余計な誤解が生まれないようにするべきだと俺は考えている。つまりお前の正体を含めたもっと正確な話が聞きたいのだ。当然話してくれるよな?」

「は、はい。何なりとお尋ねになってください……!」

 どうやら『格付け』はうまくいったようだ。三厳は「うむ」と頷いてから改めて草吾の出自について尋ねてみた。

「とりあえず先の話のどこまでが本当なのかは確認しておきたい。村だの寺だの言っていたがそれらは本当に存在するのか?また他にもあやかしはいるのか?」

「はい、先程某がした話はおおよそ本当にございます。強いて伏せていたところを挙げるなら村人の大半や襲われた者が人ではなく人外――仲間の獣であるという点でしょうか。ただ某含め彼らはごくごく普通に暮らしており悪事の類は一切働いておりません。その点に関しては某の首をもって保証いたしましょう」

 草吾の真剣な様子から嘘はついてはいないと思われる。しかし不可解な点はまだあった。

「なるほどな。ただお前らは人に化けられるくらいの力を持っているのだ。ならばその牢人たちも術なり何なり使えば対処できるのではないか?」

 実のところ三厳が規格外だっただけで、ほとんどの人に見破られなかった草吾の変化の術はかなりの練度のものである。そしてそれほどの力があるのならば何かしらの方法で牢人たちを追い払うこともできただろう。だが草吾はそれは無理だと頭を振る。

「無茶を言わないでくださいよ!相手は新陰流で、そして新陰流と言えば柳生家なんですよ!?そんな相手に俺たちが敵うわけないじゃないですか!?」

「……『柳生家だから敵わない』?」

 まくし立てる草吾に若干引きつつ、三厳は草吾の言葉に疑問を抱いた。


「……小僧、お前今『柳生家だから敵わない』と言ったな?それはどういうことだ?」

 当然だが柳生家として上野のあやかしたちに何かお触れを出した覚えはない。しかしこれに草吾は呆れたように溜め息をついた。

「はぁ……。まぁ串太郎様のような普通の人間は知らなくて当然ですよね。私たちのような者の間では『柳生家には手を出すな』というのが一つのはやり文句となっているんですよ」

 ますます身に覚えのない話に今度は三厳の方が目を丸くする。

「……なんでまたそんなことになっている?」

「理由を挙げていけば切りがないですよ。単純な強さだとか、当主が江戸の将軍様とつながりがあるだとか……。ただ私たちのような者からすれば、やはり恐ろしいのは柳生家のとある二人ですね……」

「とある二人とは?」

「一人は都の陰陽頭。今の陰陽頭は柳生家に縁がある者が務めているんですよ。しかも陰陽頭は代々とある家が継承していたにもかかわらずそれを押しのけての就任。これはもう絶対人知を超えた力を持っていることでしょう。そしてもう一人、それが先程申し上げた柳生家当主の嫡男・『江戸のあやかし切りの剣士』です」

「え、『江戸のあやかし切り』……」

「はい、そうです。名前は忘れましたがなんとこの男、人の身にありながらあやかしが見えるようで、すでに何人もの江戸御公儀に反抗したあやかしを切り殺しているともっぱらの噂です。あぁなんと恐ろしいことか……!普通の人間相手ならまだどうにかできたでしょうよ。でもそんな二人がいる柳生家にケンカを売るような馬鹿はいませんよ!……どうかなされましたか、串太郎様?」

「……いや、なんでもない」

 草吾の話を聞いて三厳は思わず頭を抱えていた。草吾の話に心当たりがありすぎたからだ。

 まず『都の陰陽師』であるが、これは現陰陽頭・幸徳井こうとくい友景ともかげのことだろう。彼は元は安井なにがしという者の子であったがのちに宗厳の養子となり、そこからさらに陰陽師の名門である幸徳井家の養子となった。つまり広義で言えば柳生の人間であり、父・宗矩とは義兄弟、三厳からは義理の叔父にあたる人物である。しかも彼は単なる陰陽頭ではなく、当時代々陰陽頭を独占していた土御門家を退けて着任したほどの実力者であった。なるほど彼のような者が関係者にいるならばあやかしたちが畏怖するのも納得である。

 そしてもう一人、『江戸のあやかし切りの剣士』。これはいうまでもなく三厳のことだ。

(まいったな。まさかここまで名前が知れ渡っていたとはな……)

 三厳の活躍については今更語るまい。若干尾ひれがついているのは否めないものの、大筋では間違ってはいないため否定のしようがない。

「そうか……。それは確かにお前たちのような者からすれば恐ろしいのだろうな……」

「ええ、その通りです。しかも最近その『あやかし切り』が大和の領地に戻ってきたそうで皆戦々戦々恐々としてますよ。噂を聞いて逃げ出した者も少なくないですし、それで勢力図が狂った結果牢人たちが集まるのを阻止できなかったというのもあります」

「おぉそれはまた……」

 その話が本当なのだとしたら三厳の知らぬところであやかしたちの勢力図に影響を与えていたということだ。

(俺が来たことで辺境のあやかしが活動を控える。彼らが活動を控えたことでただの牢人たちが幅を利かすようになる。そしてその牢人たちが新陰流を語ることで我が家の評判が傷つけられそうになっている。……畜生!原因は俺だったとでもいうのか!?)

 愕然とする三厳。そんな三厳の態度を見て草吾が心配そうに声をかける。

「あの、大丈夫ですか、串太郎様?お顔の色がすぐれないようですが……」

「あぁ、いや問題ない。……先の話だが、新陰流の者が全員あやかしが見えるというわけでもあるまい?やはりお前たちだけでもどうにかできるのではないか?」

「無茶を言わないでください、そんなのわからないじゃないですか!現に今、某の目の前に『あやかし切り』以外のあやかしが見える新陰流の剣士がいるというのに!」

「あぁ、うむ、それはそうなのだが……」

 三厳は一瞬「俺がその『あやかし切り』だ」と言ってしまおうかとも思ったが、それはあまり利のないことだと思い踏みとどまり、そしてあきらめたように大きく息を吐いた。

「……わかった。お前の依頼、引き受けよう」

「ほ、本当にございますか!?」

「ああ、本当だ。最善を尽くしてやろう」

(俺と御家のためにもな……)

 どうやらこの事件は思っていた以上に自分に関係があるようだ。三厳は今後のわが身のためにも草吾からの依頼を受けたのであった。

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